弓と禅(1)
弓と禅
オイゲン・ヘリゲル著 福村出版
「弓と禅」は以前より、気になっていた本。「菊と刀」を読んだのは十数年前ですが、その時に「弓と禅」を読みたいと思っていました。禅に傾倒していたアップルの創始者であるスティーブ・ジョブ氏の愛読書として、海外でも脚光を浴びている書です。
本を購入するきっかけとなったのは、ラジオ番組「武田徹也 朝の三枚おろし」のyoutube動画を拝聴していた時、呼吸法の件(くだり)と弓の師範の言葉「“それ”があなたに弓を射らせるので」という件があったからです。
著作の挿話は戦前1930年代の話です。哲学者でもあり、神秘的な現象に興味があり、禅の世界に引かれたドイツ人オイゲン・ヘリゲル氏東北帝国大学の哲学史の講師として招かれ、夫人とともに来日しました。
氏は環境に慣れるとすぐに、禅を体得せんがために禅寺への修行を画策したようですがその敷居はヨーロッパ人には高く、禅と通じる日本的芸道を習得することから始めることにしました。氏の妻は、華道と墨絵を始めることとし、氏は弓道から始めようとしましたが、これは氏が小銃の経験を持っておりその経験が役に立つと考えたようです(その経験は全くもって意味がなかったと氏は述懐しています)。弓道に至った背景に、同大学の同僚に小町谷氏という二十年来の弓道家がいて、小町谷氏が彼の師範である阿波研造師範に取り次いでくれたからに他なりません。
当初阿波研造師範は過去外国人を指導して非常に不愉快な想いをした経験から、ヘリゲル氏の入門を断ったようですが、「私を最も若輩の弟子として扱っていただいても構わない。なぜなら私は弓道を娯楽のためでなくその“奥義”を知るために学びたいから。」との宣言により入門を許されました。
その時、ヘリゲル氏の夫人も入門を許されました。
初の稽古にて、 師範はヘリゲル氏に一通り弓の説明をしたあと、一本の矢をつがえて弓を大きく引き絞り最後に引き放ちました。氏はこの動作について、大変立派であるばかりでなく、しごく造作もないように思えたと言っています。
そこで、師範がヘリゲル氏に言います。「あなた方も同じようにして下さい。しかしその際、弓を射ることは、筋肉を強めるためではないということに注意して下さい。弓の弦を引っ張るのに全身の力を働かせてはなりません。両手だけにその仕事をまかせ、腕と肩の力はどこまでも力を抜いて、まるで関わりの無いようにじっと見ているのだということを学ばねばなりません。これができて初めてあなた方は引き絞っていることが“精神的に”なるための条件の一つを満たすことができるのです。」
ヘリゲル氏は初めは中位の強さの弓を引きましたが、その弓でさえ殆ど全身の力を要しました。引き絞ったままの姿勢で持ちこたえると両手は震え始め、呼吸が苦しくなったと言います。
氏はしばらくの間(おそらく何週間か)、そのコツを見つけるために苦心をしましたが師範は氏のぎこちない姿勢を矯し、氏の熱心さを褒め、氏の力の浪費を指摘しましたがその他は氏のなすがままにさせておきました。
<呼吸法>
あるとき師範は「あなたにそれができないのは、呼吸が正しくないからです。」と告げました。
「息を吸い込んでから腹壁が適度に張るように、息を緩やかにおし下げなさい。そこでしばらくのあいだ息をぐっと止めるのです。それから息をゆっくりと一様にはきなさい。そして少し休んだのち、急に一息でまた空気を吸うのです。-こうして呼気と吸気を続けていくうちに、そのリズムは次第に独りでに決まっていきます。これを正しく行っていくと弓射は日1日と楽になってくるでしょう。というのはこの呼吸法によって、あなたは単にあらゆる精神力の根源を見出すばかりでなく、さらにこの源泉が次第に豊富に流れ出して、あなたが力を抜けば抜くほどますます容易にあなたの四肢に注がれるようになるからです。」 といい終わると、師範は最も力の強い弓を引いた状態で師範の筋肉を触るようにヘリゲル氏に指示しました。
氏が師範の腕を触ると、全く力がはいっていない柔らかな状態でした。この新しい呼吸法は当然ながら氏が慣れるまでしばらくの時間を要したようです。師範は息を吐くときできるだけゆっくりと連続的に吐き出して次第に消えていくようにすることに非常に重点を置きました。
そして、「吸気は結び結び合わせる息をいっぱいに吸ってこれをグッと止める時一切がうまく行く。また呼気はあらゆる制限を克服することによって解放し完成する」と教えましたが、当時オリゲル氏はこのことを理解することはできませんでした。
氏はこの呼吸法によって稽古を続ける中で成功したわずかな試射と多くの失敗の差があまりにも大きいので呼吸法により精神的に弓を引くことがどのような功徳をもたらすかを体感しています。
氏は呼吸法について、呼吸法は単なる技術的なコツではなく、心を自由にし、新しい可能性を開いていくということに気づいたとあります。