花の様な貴女
友人が、とある廃墟に言ってからおかしくなってしまった。
一日中ぼうっと呆けては眠り、夕方になると虚ろな足で出かけてしまう。
そしてさらに不思議な事に、彼から甘く、なにかもどかしくなる様な不思議な匂いがするようになった。
そんな日が4日ほど続き、さすがに心配になり「どうしたんだ」と聞いてみた。
すると「あの、あの廃墟に彼女がいるんだ。花の様な、花の、花の様な・・・」
そういって彼はまた不思議な匂いを携え、フラフラと出かけて行ってしまった。
どうにも気になり、僕もその廃墟に行くことにした。
意外にも足が速く、何かに曳かれるように歩く彼の後ろを付いていく。
匂いは一層強くなったように思えた。
そこは山の中にあった。
自然に囲まれたそれは、古び朽ち果て、人が住めるようすは無い。
しかし夕日を浴び、オレンジ色と黒色に輝くその建物は寂しい美しさがあった。
友人はズンズンとその建物に入っていく。
床の軋みや天井のかけらなぞ物ともせず進んでいく様はやはり異常であった。
友人は歩みを止めず、二階の奥の部屋に向かっている。
バン。
大きな音を立てて友人は扉を開けた。
そこには女性がいた。そして花がいた。
黒く長いノースリーブのワンピースを着た女性なのだが、その女性の首から上が「花」になっていたのだ。
その異形が退廃し、すっからかんになった部屋の真ん中で、夕日を背に椅子に座っている。
そしてこちらを静かに見ていた。
友人が言っていた「花の様な彼女」とはこの異形の事だったのか。
叫ぼうと声を出すその一寸前に部屋を不思議な匂いが包み込んだ。
あの匂いだ。甘く、もどかしく、理性を消し去るような匂い。
「あああ・・・・」
グラグラする。足が勝手に動き出す。しかしこの足の動きに身を任す快楽よ。
これが本能。これが本心。これが野生。
友人はもう彼女の元へ行き、縦膝をついて彼女の太ももに頭を置いている。
心なしか花が一層美しくなった気がする。
ああいけない。
頭を働かそうと周りを見てみると、匂いと彼女に気を取られ気付かなかったのだが、
部屋の隅に骸骨が置いてあった。
よく見てみると一つなんてものじゃない。
部屋中に無数の、無数の骸骨が散らばっているではないか。
「うわあああ!!!」
絞り出した声を筆頭に身体は動くようになり、一目散にその廃墟から逃げ出した。
その夜、友人は行方不明になった。
きっとあの廃墟にいるのだろう。
しかしそれを他人に言う気にはなれなかった。
それはあの本能にまみれた部屋でそれに従う事はとても気持ちのいい事で、彼はそれを止めたいと思っていない事は分かり切っていた事だったからだ。
そして何より、あの異形、彼女を他人の目にさらしたくは無かった。
美しかったのだ。全てが生きているこの生活のどれよりも、死んだ部屋で咲いていた彼女の事がとても。
それからの僕はあの友人と同じ通りだった。
一日中呆けて夕方になると彼女に会いに行く。
僕はまだ死にたくない。だから毎日帰るのであって死ぬのなら彼女の元が良い。
それが80年後なのか1年後なのか、はたまた明日なのか、明日でもいいか。
「なあ?」
彼女の足元で崩れ落ちた友人であった者に問いかける。