秋はどこへ
2023.11.15 08:11
一気に寒くなりましたね。
年々暑さに鈍感になって、
寒さに弱くなっていくおひょい、
すでにズボン下にタイツを履いている今日この頃です。
さて、季節が移り変わるたびに思い出すのは、中也の詩です。
彼は空や気候から感じることが多かったのでしょう、
とても上手に季節を扱います。
冬になると必ず思い出す詩もいくつかあります。
肌を刺す厳しい寒さにおのれを律しようとする、
(彼はとても自堕落で破滅的な暮らしであった)
飲みの帰りの月夜に詠んだような詩も、
そのひとつです。
寒い夜の自我像
1
きらびやかでもないけれど、
この一本の手綱(たづな)をはなさず
この陰暗の地域をすぎる!
その志(こころざし)明らかなれば
冬の夜を、我は嘆かず、
人々の憔懆(しょうそう)のみの悲しみや
憧れに引廻(ひきまわ)される女等の鼻唄を、
わが瑣細(ささい)なる罰と感じ
そが、わが皮膚を刺すにまかす。
蹌踉(よろ)めくままに静もりを保ち、
聊(いささ)か儀文めいた心地をもって
われはわが怠惰を諌(いさ)める、
寒月の下を往きながら、
陽気で坦々として、しかも己を売らないことをと、
わが魂の願うことであった!……
沁みますねー。
「自画像」でなく「自我像」なのがいいですね。
この詩には2も3もあるんですが、
そちらの出来はあんまりというか、
1が突出しすぎています。
いつものように酔っぱらって悪態をついたのでしょう。
誰にも好かれず認められない情けなさを、
嚙みしめながら歩いていたのだと感じます。
私は酔っぱらいません。
しかし似たような感覚で歩くことはあり、
めちゃくちゃ共感します。
彼は死ぬまで「陽気で坦々」ではなかったと思いますが、
己を売らないプライドだけは通したんじゃないでしょうか。
私も私を維持して、
生きていけますように。