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おひょいさんのおたより

確かなこと

2023.11.17 02:19


精神的な病を抱えた21歳の娘を安楽死で見送った、

母親の記事を見ました。


諸外国ではそれぞれの言語でどのように表現されているかわかりませんが、

少なくとも日本では「安楽」という言葉が良くないイメージにつながっていると思います。


死ぬことを考えることは、それまできちんと生きることを考えることです。

死に方を選ぶ権利こそ、よりよく生きるための権利なんじゃないでしょうか。


基本的人権で心身ともに健やかに、

自由に生きることを尊重・保障されているのは、

理念上死ぬ選択を除外するものではないと思うのです。

生きることが心身ともに耐えがたく、

平安も自由もまったくない、という方を社会が生かし続けることは、

その基本的人権を侵すことにもなるんじゃないでしょうか。


だからそういう方々の意思を尊重し、

尊厳ある人生をまっとうしていただくという意味で「尊厳死」という表現に統一し、

その言葉で日本でも議論を始めていただきたいと願うばかりです。



私は中学生のころから、

自分の死に際や死というモノについて考えていました。

もちろん当時の私は完全な陽キャだったので、

そういうことを誰かと話すことはありませんでした。


高校に入って「ぼくは12歳」という、

12歳で自死を選んだ岡真史の詩集を知ったときは

今でもその衝撃を忘れません。


亡くなる3日前には

大好きなビートルズの話を母親に嬉々として話し、

2日前には私も大好きな濱口國男の有名な詩「便所掃除」を

両親の前で暗誦してみせた(けっこう長い詩…)、

ひときわ賢くて聡明な少年が、

12歳で人生に絶望するに至った理由は何か。


わかるわけないんです。


死後に発見した美しい日記や詩を編んだ両親も、

ついに理解することはできませんでした。


実は今年、つい最近

作家である岡くんの父親が亡くなったというニュースを知って、

岡くんの詩集を思い出していました。


ずっと持っていたものの、

何度も読める作品ではないのです。

二度と観たくない名作アニメ「火垂るの墓」と似ていますね。

岡くんほどでないにしろ、

私も感受性が高いほうなので、やられてしまうのです。

ほんと、人間なんて

鈍感なほど幸せなんだろうなーと思います。


では一部紹介します。



ひとり


ひとり

ただくずれさるのを

まつだけ



ぼくはしなない


ぼくは

しぬかもしれない

でもぼくはしねない

いやしなないんだ

ぼくだけは

ぜったいにしなない

なぜならば

ぼくは

じ ぶ ん じ し ん だ か ら



時間


ひえたコーヒーをぐいと

のみほす

さとうを

入れていないことがわかった

角ざとうはもうない

時間がすぎさったから

かみをとかそうとする

くしが

おれていることがわかった

あたらしいくしはもうない

時間がすぎさったから

たびに行こうとする

でもいっしょにいく友が

いないことがわかった

アアあの人がいたならば

さとうはいつも用意して

おれたくしもかいなおす

たびもいっしょに

いけたのに

でもあの人はもういない

時間がすぎさったから



ごめんなさい


一つぶのなみだは

一てきの雨にあたいする

思いちがいのなみだは

雨上がりの葉からほとばしる

一てきの雨にあたいする

ごめんなさいというほほえみは

雨上がりのにじにあたいする



ちっこい家


ぼくは

でっかあ〜い家より

ちっこ〜い家の方が

スキだ

しょうじやガラス

たたみなどに

なんとなく

人間のアイが

人じょうが

こもっている

でっかい家の

こおりのような

つめたさがない……



つばき


つばき

おちてしまうとみんなは

「ワアきたない」という

はじめの

美しさもわすれてしまって



ためいき


ためいきばかりついている

自分がおかしい

ためいき たいくつ

おもしろくない

雨の日の午後

体に

カビがはえるときって

どういうとき?

こういうとき……



自分


たくさん人がいると

自分がきちがいになる

そして人は

自分だけがきちがいと

思っている

つまり

みんなが自分のことを

きちがいと

思っているのだ



じぶん


じぶんじしんの

のうより

他人ののうの方が

わかりやすい

みんな

しんじられない

それは

じぶんが

しんじられないから



読書と音楽を愛した、天才・岡くん。

その短い12年で、

彼は人生を燃焼しきったのだと思いたい。

そういう役割だったのだと、思いたい。



昨日、この詩集を13歳の息子と並んで読んだ。

賢さも感受性も私以上の息子、

「この一行がとびきりスゲーな、わからんレベル」

とか言いながら、

「こりゃ死んだ原因は恋じゃねーか!?」

とのたまう。


息子よ、すまん。

DNAが伝わりすぎてるな。