「風を切って歩いているんだ」
54歳全盲の男性が盲導犬“トラヴィス”と出会って知った感覚 別れの瞬間かけた言葉は
東北放送より転載
目の不自由な人を支えるのが、盲導犬です。宮城県石巻市の男性と8年をともに過ごした盲導犬が先日、引退を迎えました。男性が盲導犬に最後に贈った言葉とは。
若山崇さん:
「トラ、カム。ハーネスをつけた最後の姿…。トラお別れだ」
石巻市桃生町の若山崇さん。視覚障害のある若山さんは、8年をともに過ごした盲導犬の「トラヴィス」と特別な朝を迎えていました。
若山崇さん:
「寂しくないと言えばうそになるが、きょうをもって盲導犬トラヴィスが普通のトラヴィスになる門出のお祝い」
3日後に10歳となるトラヴィスが、11月6日で引退するのです。盲導犬は、人間の還暦に相当する10歳を目安に引退するルールがあります。このため、貸与を受けていた訓練センターにトラヴィスを引き渡すことになり、若山さんは、バスを乗り継いで仙台に向かいました。
■全盲の若山さん、盲導犬と出会う
若山さんは、1999年、30歳の時に「網膜色素変性症」という難病を患い、視力が徐々に低下。2012年、全盲となりました。
視力を失った後、しばらくは白杖=白い杖を使いました。しかし、障害物を探りながら歩くことへの抵抗などから、閉じこもりがちになっていた頃、盲導犬の存在を知らされました。体験してみると、新しい世界が広がっていました。
若山崇さん:
「見えていた時には感じたことのなかった、風を切って歩いているんだという実感を受けた」
その後、日本盲導犬協会に貸与を申請し、2015年11月、相性の良さを感じたトラヴィスに巡り会いました。
若山崇さん:
「性格は自分と同じで、のんきかなと思っている」
■よみがえったスティックさばき
元々外向的だった自分を少しずつ取り戻しました。6年前には視覚障害者の支援団体を立ち上げ、同じ境遇の人たちとの交流も図ります。
若山崇さん:
「家族に対していやなことを言った時期もあったが、トラヴィスとの生活の中ではあんなことが出来る、そんなことが出来るとか意外とやってみると出来た」
見事なスティックさばきもよみがえりました。学生時代に始めたドラムの演奏も再び楽しめるようになったのです。
飲食店でのランチも楽しみのひとつでした。もちろん、トラヴィスも一緒です。
若山崇さん:
「トラヴィスに限らず、盲導犬は決められたドッグフードしか食べないので、食べることに興味は示さない」
■歩く楽しみ教えてくれたのはトラヴィス
別れの1週間前。若山さんは地元のラジオに出演しました。雨の中、聖火ランナーを務めたことを話しました
若山さんラジオ出演:
「トラヴィスと私、雨男だし、やっぱりその通りになったかと思って」
パートナーへの感謝もしっかりと伝えました。
若山さんラジオ出演:
「トラヴィスも生き物なので、一緒に出掛けるかという感じが生まれてくる。そうなるとちょっとした2人の歩きが、もやもやした頭の中がすっきりする。歩くことの楽しさを教えてくれたのはトラヴィス」
■トラヴィス引退の日、若山さんは…
こうして迎えた引退の日。若山さんは、充実したこの8年を振り返りました。
若山崇さん:
「トラヴィスがいないままの生活だったら、いろいろな人との出会いはありえなかった」
手続きを済ませると、いよいよ別れの時。盲導犬協会のスタッフにリードを託します。「トラ!じゃあな」若山さんが声を掛けました・・・。
若山崇さん:
「盲導犬じゃないトラヴィスと、何かの奇跡があって出会うことがあるかもしれない。その時のためのじゃあなです。また会おうぜと。これからいろいろなことをやってみたいということがたくさんあり、歩くことがとても大切。そのためには盲導犬というパートナーがとても大切なので、トラヴィスと生活を送ったことを大切にしながら、これから(新しい)盲導犬との生活をまた楽しいものにしていきたい」
引退したトラヴィスは、飼育ボランティアのもとで余生を過ごすことになります。盲導犬は、日本盲導犬協会から視覚障害者に無償で貸与されます。若山さんは、すでに新しい盲導犬と出会い、一緒に歩行訓練などを始めています。協会によりますと、今年3月現在、県内では21頭の盲導犬が活動しているということです。