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臍帯とカフェイン

PIED PIPER(0:0:6)

2023.11.20 05:59

(パイドパイパー)

【配役】

「慈しみ」:「人間」に憧れ、「人間」として必要なことを名に冠したモンストロ。少し、毛が生えてきてしまった。性別不問。


調律師:人の子オークション「サンタ・キャバリエ」主催、どこから人の子を浚ってくるのか。あいつの周りにはいつも「人」がいる。性別不問。


江売:「えうり」と読む。「人の子オークション」で売られている人間。商品番号007733。性別不問。

※少年として描いて居るため一人称が「俺」ですが、

 性別不問であるため、一人称と語尾をキャスト様の性別に合わせて構いません。


キロバステン:人の子オークション「サンタ・キャバリエ」、門番モンストロ。人の子の泣き叫ぶ声がすき。性別不問。


デイアフター:かつての王。性別不問。


語り:状況説明、場面説明など。兼役でも構いません。性別不問。

   ※ 女性推奨


♪:音響「推奨」指示です。書かれている音響を必ず入れなければいけないわけではありません。


ーーーーーーーー


【プロローグ】


 ■モノローグ

「慈しみ」:その前からも、その後からも。

「慈しみ」:どうしてその名前を冠したのか?だなんて。

「慈しみ」:覚えてもなかった。考えた事もなかった。

「慈しみ」:夜を越える度、私以外も、それ以外も。

「慈しみ」:等しく、「獣(けだもの)」はすべて。

「慈しみ」:愛に飢えていたことなんて、わかっていたのに。


ーーーーー

♪:がやがやとした音がフェードインする

♪:途中、台詞が始まる際に音が小さくなるのが好ましい。

ーーーーー


 ■場面転換:ダウナーホール「人の子オークション」サンタ・キャバリエ テントの中


語り:ほの暗いダウナーホールの一画、薄ぼんやりと灯るのはボロボロなサーカステントのあかりだ。

語り:怒号のような叫び声、うなり声が聞こえてくる。

語り:それは、もしかすると、歓声なのかもしれない。


調律師:さあさ、皆様。

調律師:今宵はひとつ、お耳を拝借。

調律師:ダウナーホールじゃ見当たらない、

調律師:ここじゃないなら必要ない。

調律師:誰もが喉から手が出るほどに

調律師:欲しくて欲しくて堪らない。

調律師:七つに割いては袋に詰めて、

調律師:転んで仕舞って這い回る。

調律師:「人の子」「甘美の」「ゆめものがたり」

調律師:我(われ)が自慢の!「人の子オークション」!

調律師:開廷!開廷ぃー!


0:「人の子オークション」会場、すみっこの檻の中。一人の人間と、檻の前に立つ大きなモンストロが会話している。

ーーーーー

♪:がやがやとした音がフェードアウトする

ーーーーー


 ■場面転換:「檻」


江売:……きたないやつら。

キロバステン:なんか言ったか?人の子

江売:ヨダレまみれで、ギラついた目

キロバステン:それがどうした?

江売:けがらわしい。

キロバステン:はっ!いいね、そういう気概のあるやつ、嫌いじゃない

江売:勝手に攫(さら)って、勝手に売りつけて、その後どうするつもり。

キロバステン:そんなの決まってるだろ?

キロバステン:俺たちゃモンストロだ。

キロバステン:食べるんだよ。おいしく、七つに分けてからな。

江売:……気色悪い。

キロバステン:お前も食べられるんだよ。

江売:俺は食べられない。

キロバステン:おお、おお、強気だねえ。

江売:絶対、食べられない。

キロバステン:そうやってな、強気なやつがよお。

キロバステン:最後の最後にさ。

キロバステン:くく、言うんだよ、泣きそうな顔して。

キロバステン:助けてください、ってな。

江売:……。

キロバステン:どうか出してください、ああ、どうか、一生のお願いですから。

江売:しない、そんなこと。

キロバステン:ああ!どうしてこんな!こんなことってないよ!だれか!だれかあ!!!

江売:言わない。

キロバステン:言うんだよお!!!!

キロバステン:どの人の子も、言うんだよ、そうやって、最後の、本当の最後の最後に、助けてくれって、無責任に、命乞いしやがるんだ!


語り:興奮気味なモンストロの目を見ず、人の子は落ち着いて

語り:息をするように言い放った。


江売:しない。

キロバステン:するよ、お前も絶対する。

キロバステン:この檻から出してくれたらなんでも、なんでもします、だから、だからぁ!って!

キロバステン:あんなに反抗的な、親の仇みたいに俺を見つめてた瞳がよぉ。

キロバステン:濁ってくんだよ、じゅんわりと、ぐっぞりと。

江売:……。

キロバステン:俺はさぁ、それをさぁ。

キロバステン:じんぼりと、ぶんずりと、見てるのが、だぁいすきなんだよなぁ、ふへ、ふへへ。

江売:……絶対、しない。

キロバステン:するよ、お前もする、絶対にな。

江売:しない。

キロバステン:楽しみだなあ、なあ、楽しみだなぁ。

キロバステン:なあ、人間。楽しみだなぁ。

ーーーー

♪:がやがやとした音がフェードインしてくる

♪:しばらく流れた後、音が消えモノローグが始まる。

ーーーー


 ■モノローグ

「慈しみ」:その前からも、その後からも。

「慈しみ」:どうしてその名前を冠したのか?だなんて。

「慈しみ」:覚えてもなかった。

「慈しみ」:夜を越える度、私以外も、それ以外も。

「慈しみ」:等しく、「獣」はすべて。

「慈しみ」:愛に飢えていたことなんて、わかっていたのに。

「慈しみ」:マッチ缶を振る度に聞こえた旋律は

「慈しみ」:調律師(ちょうりつし)の思うまま、誰も共感もせず

「慈しみ」:音の外れた音階がまさしく、ただしく、私の涙そのもので。

「慈しみ」:明日(あす)の黄昏(たそがれ)の中に

「慈しみ」:もう私の陰はないのだと、わかっていた。

「慈しみ」:「この街の夜は、愛情を吸っていくんだ。」って。

「慈しみ」:誰しもが、わかっていた事実だったのだ。


 ■タイトルコール

「慈しみ」:もうすでに、愛は存在していたなら。


語り:「パイドパイパー」


ーーーーーー

【本編】

ーーーーー

♪:カランコロン、と扉の鈴の音が鳴る。

ーーーーー


 ■場面転換:ダウナーホール 「慈しみ」の店


デイアフター:じつにちゅうちょはんぱであるな。


「慈しみ」:そんなの、わかってるわよ。


デイアフター:超へん。へん超である。


「慈しみ」:わかってるって言ってるでしょ。デイアフター。


デイアフター:人なのか、モンストロなのか。いいや、もう十分にモンストロであるのかもしれぬ。


「慈しみ」:黙って。


デイアフター:しかしそれも仕方のない事、そう、何せ生き物はどうあっても生き物であるからして

デイアフター:生きている以上は腹も減れば髪やひげ、爪も伸びる。

デイアフター:剥いた皮さえも、ふたたびその身に戻るのだから、いやはや実に生き物とは面白い。


「慈しみ」:あんたの皮も剥いてあげましょうか?デイアフター、少し黙ってて。


デイアフター:超怖いな!怖い超だな!慈しみよ!

デイアフター:許しておくれよ、どうしても話さずにはいられないのだ。

デイアフター:何せ私の中には二人いるようなものだからな。

デイアフター:言いたいことも話したいことも聞きたいことも聞いてほしいことも人の倍あるといった具合で


「慈しみ」:はいはい、わかったわよ、でも私の耳は二つしかないの。

「慈しみ」:脳みそは一つ。

「慈しみ」:二人がかりで話されても、物の半分しか理解できないわよ。


語り:そう言いながら、「慈しみ」と呼ばれたモンストロはバーカウンターから

語り:下敷きネズミを焼いた物を差し出す。


「慈しみ」:食べましょう、今日の糧に感謝して。


デイアフター:これまたうまそうな下敷きネズミ。


語り:少し、ほこりがかった床には、あの日の跡がまだ残っている。

語り:差し出された下敷きネズミをおいしそうに頬張ると、デイアフターは続けた。


デイアフター:……ところで、からだの調子はどうなんだね?


語り:ぴくり、と動きが止まる。

語り:少し目を伏せながら「慈しみ」が返す。


「慈しみ」:……なんのことかしら。


デイアフター:このデイアフターの目も、耳も、ごまかすことはできない。

デイアフター:御前(おんまえ)の一挙一動すべてが我には伝わってくる。

デイアフター:それこそ、かつての友の事のように

デイアフター:それこそ、愛した我が妻のように


「慈しみ」:あんた、妻なんていたの?


デイアフター:居たかもしれない。しかし、居なかったかもしれない。


「慈しみ」:どっちよ。


デイアフター:そんなことはどうでもよい!超どうでもよい!どうでもよい超!

デイアフター:……「夜の求愛」は、いつから起きていないのだ、「慈しみ」。


「慈しみ」:5日前からよ。


デイアフター:ふむ。

デイアフター:その間、御前は夜の間何をしている?


「慈しみ」:なにも。


デイアフター:なにも?


「慈しみ」:そう、何も。

「慈しみ」:案外、夜って長いのね。

「慈しみ」:獣になって這い回る人たちを眺めながらね。

「慈しみ」:考える事なんて、ろくなことじゃないのよ。

「慈しみ」:だからね、もう何もしないことにしたの。

「慈しみ」:何もしないし、何も考えない。

「慈しみ」:だって、もう私にはどうしようも出来ないことだらけだから。


語り:そう言う「慈しみ」の目には、涙が溜まっているようにも見えた。

語り:しかし、生え始めた毛皮の陰だったのかもしれないし、それこそそれはもう、誰にもわからないことだった。

語り:ぎーぎーと、冷蔵庫の中から下敷きネズミの声が聞こえる。

語り:店の外では、今日もモンストロ達がモンストロらしく、生きている。


デイアフター:調律師が、必要であるな。


「慈しみ」:・・・調律師?


デイアフター:マッチ缶をこじ開けたその街に、

デイアフター:調律師は既に居なかった。


「慈しみ」:それって。


デイアフター:このダウナーホールという街が出来たとき、刻まれた「碑文(ひぶん)」のひとつ。

デイアフター:モンストロを表すものでもあり、この街自体を表すものでもある。

デイアフター:超無数に空いた超穴のこの街では、未だに誰かがこの街を掘り進めている。


「慈しみ」:ええ、聞いたことあるわ。ずっとずっと深く、掘り進めている人たちがいるって。


デイアフター:そこに何の答えがあるのか、誰が答えを持つのかは知らない。

デイアフター:だが、大昔の記憶に、存在している。

デイアフター:調律師というものだ。

デイアフター:「慈しみ」よ、御前は、モンストロとしての役目を全うしようとしたに過ぎない。


「慈しみ」:そんな大層なことしてないわよ。

「慈しみ」:私はただ、「憧れ」と「欲望」をはきちがえて

「慈しみ」:ただ、求めるがままに食べてしまっただけだから、「人間」ってやつを。


デイアフター:しかし、それもまた、「役目」の通りである。


「慈しみ」:慰めとして、受け取っておくわ。ありがとう、デイアフター。


デイアフター:七つに割いて、分けるのは、その罪の数を減らすためだ。

デイアフター:人の背負いし、罪を、モンストロは「還して」いく。

デイアフター:それは「返して」いるのかもしれないし、「孵して」いるのかもしれない。

デイアフター:ここ、ダウナーホールは、「地獄」そのもの。

デイアフター:「冥府」とも呼ばれる、はたまた「リサイクルセンター」。

デイアフター:「浄化機関」。それこそ「海」のようなものかもしれない。


「慈しみ」:海ってなに?


デイアフター:あるのだよ、そういったものが。

デイアフター:超しょっぱいやつ!


「慈しみ」:しょっぱい超?


デイアフター:そうとも言う。


「慈しみ」:言ってたまるか。


デイアフター:で、あるからして


「慈しみ」:何もであってないわよ


デイアフター:しかし、御前はその役目を「全う出来ていない」。


「慈しみ」:出来てない・・・?


デイアフター:そう、実に、じーつーに。

デイアフター:ちゅうちょはんぱである。


「慈しみ」:中途半端、でしょ。


デイアフター:そうとも言う。


「慈しみ」:そうとしか言わないと思うのだけれど


デイアフター:御前は、人間を食べた。丸呑みにして。

デイアフター:だからこそなのであろう、御前の中には「浄化しきれない」

デイアフター:「消化しきれない」、罪の塊が七つ、そのまま残っているのだろう。


「慈しみ」:そのまま・・・


デイアフター:そう。だからこその調律師である。

デイアフター:大昔には、そう、このダウナーホールにまだ超穴が空いていなかった時代。

デイアフター:人間が多くいた時代。

デイアフター:ちょうりすし、違う、ちょうつりし、違う、ちょうりちしは


「慈しみ」:言いづらいわね。


デイアフター:調律師は!・・・ごほん。

デイアフター:調律師は、人間と、モンストロの調律をしていたという。

デイアフター:「罪」のバランスを保っていたのだろう。


「慈しみ」:罪の、バランス。


デイアフター:御前、死ぬぞ。


「慈しみ」:え・・・?


デイアフター:モンストロには、「夜の求愛」が必要だ。

デイアフター:しかし、御前にはそれが無くなってきている。

デイアフター:人間でも、モンストロでもなくなる。

デイアフター:それすなわち、御前、それは、御前、死ぬぞ。という意味である。


「慈しみ」:・・・。


デイアフター:なんとなく、気づいてはいたのだろう?その表情は。


「慈しみ」:・・・ええ、なんとなくは。

「慈しみ」:だって、そりゃ、そうよね、「夜の求愛」が一体なんの為にあるのか

「慈しみ」:私は未だにわかっていないけれど、でも、あったはずのものが無くなってるんだもの。

「慈しみ」:いつもと違うって事くらい、わかるわよ、私にも。


デイアフター:泣いておるのか?


「慈しみ」:どうなのかしらね。


デイアフター:使うか?ハンカチイフ。


「慈しみ」:ありがと、でもそれは、よだれを拭うものだから。


デイアフター:そんな事は無いぞ、涙を拭う人間もいたという。


「慈しみ」:だとしたら、人間っていうのは、とても優しいものだったのね。


デイアフター:その心を「慈しみ」と呼ぶそうだぞ。


「慈しみ」:ええ。

「慈しみ」:知ってるわ。知ってたの、わたし。


語り:外は次第に、光を失い、夜が始まろうとしている。

語り:獣たちのうなり声が、今はなぜだか心地よい。

語り:しばしの沈黙の後、デイアフターは続けた。

語り:「調律師を探せ」と。


ーーーーー

♪:がやがやとした音がフェードインする。

♪:まるでそこは本物のサーカスのようだ。

♪:段々とフェードアウトしていく。

ーーーーー


 ■場面転換:ダウナーホール「人の子オークション」 テントハウス


調律師:さあさ、皆様。

調律師:今宵も再び、お耳を拝借!借りたお耳は返せません!

調律師:ダウナーホールはまだまだ広がる、夢見、夢夜のおとぎの話。

調律師:永久に広がる地獄巡りも、残すはこの街ひとつだけ!

調律師:誰もが喉から手が出るほどに

調律師:欲しくて欲しくて堪らない。

調律師:罪の数だけ、人は増え、罪の数だけ獣吠える!

調律師:磨けば光る、落とせば割れる

調律師:「人の子」「甘美の」「ゆめものがたり」

調律師:我(われ)が自慢の!「人の子オークション」!

調律師:開廷!開廷ぃー!


キロバステン:ほら、聞こえてきたろ?

キロバステン:なあ、聞こえてきたな?

キロバステン:隣の隣から消えていって、悲鳴が聞こえたら今度はまた隣

キロバステン:なあ、どんな気持ちだ?なあなあ、どんな気持ちだ?

江売:話しかけないで


キロバステン:こうしてさ、がやがやとな、あいつらの声が聞こえる

キロバステン:こうしてさ、じーっと耳を澄ませるんだよ

キロバステン:するとな、ほら、ハンマーで木の板をたたく音

キロバステン:これが聞こえたらさ、「そいつ」はもう終わりなんだよ

キロバステン:こーん、かつーん、命の終わり

キロバステン:値が決まる音なんだよ、「そいつ」のさ

キロバステン:生きてきたことへの価値じゃないぜ

キロバステン:なあ、聞いてるか?

キロバステン:これから死ぬ事への価値が決まるんだぜ

キロバステン:なあ、聞こえてるよな?おまえにもさ

江売:うるさい!!!!話しかけるなって言ってるだろ!!!

キロバステン:あは、あは、あはははは。

キロバステン:久しぶりだな、なあ、そうやって、心を剥き出しにしたのも

キロバステン:こうして俺の目を見たのも、なあ、久しぶりだナァ?

江売:・・・・・・反応したわけじゃない。

江売:おまえの声がうるさかっただけだ。集中できない。


キロバステン:何に集中するってんだよ、なあ、だって、なあ、おまえにはもう何もないんだぜ

キロバステン:日々売られていく仲間達の悲鳴を、聞こえてるのか、聞こえてないふりをしてるのか

キロバステン:おまえは檻のシミを数えるだけしかできない

キロバステン:次は自分か、次は自分かと、ただ待つ事しかできない


江売:・・・・・・おまえ、なんでここにばかり張り付いてくるんだよ


キロバステン:決まってるだろぉ?なあ、そんなの

キロバステン:おまえが泣き叫ぶところを特等席で見たいんだよ、それ以外にあるかよぉ、なあ


江売:・・・・・・きもちわるい


キロバステン:あは、あははは!


語り:キロバステンの笑い声が、檻の中で反響する。

語り:耳に刺さり続けるそれに、顔をしかめながら江売は続ける。


江売:何がしたいのか、何の為なのか。おまえ達モンストロってやつは、気持ちが悪い生き物だよ。

江売:あの、調律師ってやつも。

江売:この、ダウナーホールってところも。

江売:おまえの笑い顔もな、キロバステン。


キロバステン:おまえ、俺の名前覚えてたのか。

キロバステン:うれしいね、うれしいねえ。


江売:なにが。


キロバステン:そうやって、俺と、おまえとの、関係が深まっていけば深まっていくほど

キロバステン:おまえの最後の瞬間が、最上に最悪なものになっていくだろ?

キロバステン:記憶ってのは、あればあるほどいい。

キロバステン:最期の瞬間!おまえが泣き叫んで命乞いをするときに!

キロバステン:ただの門番である俺を見るんじゃなく、キロバステンという門番の顔を思いながら

キロバステン:泣き叫ぶことになるだろお!?


江売:本当に、趣味がわるい


キロバステン:そこがぁ!俺のチャームポイントじゃないか!

キロバステン:なあ、人の子、なあ、俺をいやな気持ちにさせようって思っただろ?

キロバステン:一矢報いてやろうとおもっただろ?

キロバステン:少しでも、言い返してやろうって、なあ、なあ、思ったよな?


江売:・・・・・・。


キロバステン:なー!思ったんだよなぁ!!あははは!

キロバステン:もう、もうだめだな、もう忘れられないな、もう、おまえの中には俺が記憶されていて

キロバステン:それが、ずっと、おまえにこびりついたまま、おまえは七つに分けられて

キロバステン:その瞬間にも、悔しいとか、悲しいとか、感情が動いて

キロバステン:その最中にも、俺のことがむかついてむかついてしょうがないって!

キロバステン:そうやって、俺の事を想いながら、後悔していくんだなぁ!


ーーーーー

♪:近づいてくる靴音

ーーーーー

調律師:五月蠅いぞ!キロバステン!!!

調律師:御前の下品な笑い声が、「お客様」にも聞こえてしまうだろう!


キロバステン:へへ、へへへ、すいやせん、へへへ


調律師:・・・・・・まあいい。

調律師:「人の子」には傷をつけてないだろうな。


キロバステン:当然ですよ、へへ

キロバステン:ほら、こいつを見てくださいよ


調律師:商品番号007733か。


キロバステン:ええ、ほら、傷ひとつない、きれいなもんでしょ?

キロバステン:大きな瞳、細く流れる竜の髭のような髪に、透き通る肌。


江売:気色悪い・・・


調律師:ふむ、悪くないな。素晴らしい。

調律師:御前の働き次第では、私のほうから「門番頭(もんばんがしら)」に口添えしてやってもいい。


キロバステン:へい、でも、いいんです、そんな、俺、いいんですよ、調律師様

キロバステン:俺は、こうして、人の子とふれあえる、人の子と会話ができる

キロバステン:ただの平々凡々な門番がいいんです


調律師:珍しいやつだな、野心がないのか?御前には。

調律師:そんなことで、このダウナーホールでやっていけるのか?


キロバステン:大丈夫、何も困ったりしませんよ、俺はキロバステン

キロバステン:俺ぁ、『ニンゲン』が大好きなんです。


 ■場面転換:過去の回想 語り部の記憶

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♪:一節ごとにページのめくれる音

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語り:その国は「積み木の国」と呼ばれていました。

語り:おだやかな動物たちの住む国で、とても賢いライオンの王様が

語り:国の繁栄と、世界の秩序を守っていました。

語り:住民に愛され、信頼を得ていた王様は国の為にお祭りを開きました。

語り:そのお祭りには、国中の、すべての国民が王様万歳、王様万歳と大手を振るって大盛り上がり。

語り:いくら食べてもなくならないごちそう、たくさんの宝石に、きれいな踊り子。

語り:「積み木の国」は、幸せな国でした。

語り:あの、忌々しいホッペンケルケと呼ばれる蛙たちさえ居なければ。

語り:ある日、おたまじゃくし達や蛙たちが、積み木の国を覆いました。

語り:すべてを踏み潰して、積み木の国は阿鼻叫喚。

語り:積み木の国は、まるで子供がおもちゃを蹴飛ばしたみたいに終わってしまいました。

語り:益子と呼ばれる女と、一匹の黒うさぎが、王を殺すことで。

語り:住民は涙を流しました。

語り:涙を流しながら、喜んで、その崩れゆく国の一部となっていったのです。


  ■場面転換:「檻」

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♪:ページのめくれる音が数回

ーーーーー

江売:そうして、「罪の国」は、大きな蓋をされ、その上に街を作りました。

江売:その街は、魂だけになった動物たちが、ニンゲンのまねごとをしながら暮らす、「風化」された街。

江売:その街をいつしか皆、「フウドタウン」と呼びました。


調律師:ああ、いい声だ。悪くない。そのまま続けてくれ。


江売:この街では、食することに困る事は決してない。

江売:それがテーブルの上か、下かは別としても。

江売:必要なものも、不要なものもありふれたこの街は路地裏の静けさを除いて、

江売:あの大きく聳え(そびえ)立つ「風車城(ふうしゃじょう)」の、賑やかな舞踏会の音にあてられて。

江売:毎晩終わらない宴がいつのまにかはじまっていたのさ。

江売:いつのまにかはじまって、いったいいつ終わりを迎えるのか?わからぬまま。


調律師:心が籠もっていてとても素晴らしい。

調律師:そうして「積み木の国」は「罪の国」へ。

調律師:「罪の国」は「フウドタウン」へと形を変えた。

調律師:さあ、続きをくれ。


江売:この街では、食することに困る事は決してない。

江売:それがテーブルの上か、下かは別としても。

江売:ここが失楽園。ここが桃源郷(とうげんきょう)。ここがムー大陸。ここが黄金郷。あなたも、わたしも、誰しもがしあわせになれる街。

江売:ここが、フウドタウン。誰かが誰かを忘れた街。


調律師:そして、街は消え去った。

調律師:ただ、地獄の釜に蓋をしただけだった。

調律師:誰が言ったか、このダウナーホールの穴を掘ったのは誰なのか。

調律師:わかるかね、人の子よ。


江売:・・・・・・。


調律師:わからないか、いや、答えたくないか、それでもいい。

調律師:この穴は上から掘られたわけじゃない、下から、「我々」がこじ開けたのだよ。

調律師:こじ開けて、恋い焦がれた、また太陽の下で、また、優雅に暮らすのだと。

調律師:しかし、変わってしまった。この国は。

調律師:何もかもが変わってしまった。

調律師:だが、変わったのは我々のこの「穴」だけではない。

調律師:御前達、人の子の、ニンゲンの住む世界が変わったのだ。

調律師:だから、我々は「罪」を食らわねばならなくなった。

調律師:御前達が、「幸せ」になってしまったから。

調律師:なあ、人の子よ。


 ■場面転換:語り部

語り:そうして調律師は「檻」の扉に近づいた。

語り:手を差し伸べては、歌うのは「罪」の歌。

語り:誰もが知り、誰もが忌み嫌うようなそんな「罪」の歌。

語り:屑を集めて星に願い、塵芥(ちりあくた)の一生でさえも

語り:安堵の心はどこにも消えず、常夜灯のついた部屋からの

語り:夕陽の陰は、誰を想うか。

語り:幸か不幸か、その先は。

語り:捻って、炙って、また捻り。

語り:人の世の世の、営みは、いつしか夜の暗闇を消し。

語り:食って食われる、世の常すらも。

語り:流行りのラジオで説き伏せ、流す。

語り:幸せが当たり前になった。

語り:幸せが、より濃くなっていった。

語り:だから人は、いつの間にか、地獄を忘れたという。


 ■:道程


デイアフター:そうして、地獄の蓋は開かれた。

デイアフター:それでも、それは、仕方の無い事だった。

デイアフター:ダウナーホールとは、そういうところ。

デイアフター:「調律師」にすべてを投げ売り、結局はその「罪」から逃げ続けた。


「慈しみ」:そんな難しい話をされても、私にはどうすることも・・・。


デイアフター:いいんだ、「慈しみ」、御前にどうにかして欲しくて話すわけではない。

デイアフター:聞いていて欲しかっただけだ、友として、御前に。


「慈しみ」:・・・・・・ねえ、デイアフター。


デイアフター:何かね。


「慈しみ」:あんた、さみしくはないの?


デイアフター:なんのことだ?


「慈しみ」:あんただって、わかってるはずよ。

「慈しみ」:あんただって、後悔の一つくらい、あるはずでしょう?


デイアフター:ない。


「慈しみ」:・・・・・・そう。


デイアフター:ああ、いいのだ。それで。

デイアフター:・・・「僕」を軽蔑するかい?慈しみ。


「慈しみ」:しないわよ、そんなこと。


デイアフター:そうか。


「慈しみ」:そうよ。


デイアフター:そうだな、御前ならそう言ってくれると思った。


「慈しみ」:うん。


デイアフター:なぜ「慈しみ」だったんだ?


「慈しみ」:え?


デイアフター:ほかにも、多くの言葉がニンゲンには存在した。

デイアフター:それこそ「愛」、それこそ「夢」、多くの「ニンゲンらしい」言葉は無数にあったはずだ。


「慈しみ」:そう、ね。


デイアフター:なぜ、「慈しみ」だったのだろうか。


「慈しみ」:・・・・・・他人のために、生きようとする心に惹かれたのよ、私は。

「慈しみ」:もちろん、その美しい外見にも憧れたわ。

「慈しみ」:写真で見る「ニンゲン」は、みなきれいで、身なりがよくて

「慈しみ」:上品で、野蛮じゃなくて、私のいる場所とは違くて。

「慈しみ」:でも、どの写真のニンゲンも、どんなニンゲンの絵本を読んでも、そこには

「慈しみ」:そこには、隣にいる人に向けるまなざしがある。

「慈しみ」:そこには、声に出さずとも、そこにある「愛」が見えた。

「慈しみ」:そのまなざしを、人は、「慈しみ」と呼んだのでしょう?

「慈しみ」:だから私は、それに憧れた、はずだったのにね。


 ■場面転換:「檻」 語り部の記録


語り:調律師と呼ばれるモンストロは、何度も江売に「碑文」を読ませた。

語り:それは幾度となく行われる、営みのように。

語り:産まれては消えて、消えては産まれてを繰り返した。

語り:そこにあった「罪」を反芻(はんすう)しながら。

語り:そこにあった「幸せ」の形を捏ねながら。

語り:誰かが誰かを忘れて、本当にかわいそうなのは誰なのか、もうわからない。

語り:それでも、何度も何度も、調律師は「碑文」を読ませた。

語り:マッチ缶をこじ開けたその街に、

語り:調律師(ちょうりつし)は既に居なかった。

語り:音の外れたメッセージボトルで、

語り:明日(あす)の夜明けを恨みながらモンストロは

語り:口々に捨て台詞を吐いていく。

語り:「この街の夜は、愛情を吸っていくんだ。」って。


 ■場面転換:上野駅 入谷口 コンビニ前


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♪:現代の街の喧騒

♪:横断歩道の音や、車の音が聞こえる。

ーーーーー

ーーーーー

♪:スマートフォンの着信音

ーーーーー

江売:もしもし。

江売:・・・うん、わかってるよ、ちゃんと持ってきた。

江売:持ってきたってば。

江売:いや、でもそれは、流石に額が大きいよ。

江売:逆らうだなんて、そんな、そんなこと、しないよ、しない。

江売:わかってるよ、ごめんなさい、ごめん、すいませんでした。

江売:・・・・・・謝ってるじゃん・・・。

江売:母さんは、なんでこんな事ばかりさせるの?

江売:もう、いやだよ、こんな事ばかり。

江売:もう絶対、父さんには気づかれてる。

江売:新しい「母さん」にだって・・・。

江売:あ・・・・・・。

江売:ちがう、ちがうんだよ、ごめん、ごめんなさい、そんなつもりなかったんだ。

江売:ごめん、ごめんなさい、母さん、違う、すいませんでした、すいません、ごめんなさい、ごめん、ごめんなさい。

江売:ごめんなさい、産まれてきて、ごめんなさい。

江売:母さん、泣かないで、泣かないでよ。


 ■場面転換:「慈しみ」の独白。


「慈しみ」:それは、退屈な毎日をいっぺんに華やかにするには十分過ぎる出来事だった。

「慈しみ」:私の知る色とは違う、爆撃されたみたいな色が私の感情を襲う。

「慈しみ」:私の何もかもを消し去って、私の何もかもを肯定した。

語り:「肯定した?」

「慈しみ」:そう、あなたならやれるって。

語り:「他人と違う自分を認められるって?」

「慈しみ」:そう、すべてを許してあげられるって。

「慈しみ」:だから、痛みなんて我慢できたし、どんな事も耐えられた。

語り:「笑われたり」

「慈しみ」:馬鹿にされることも。

語り:「慣れてるもんね」

「慈しみ」:うん。

語り:「でも、なんでかな、何もうれしそうじゃない、あなた。」

「慈しみ」:わかってる。

語り:「もっと、笑ったらいいのに」

「慈しみ」:そんなこと、できない。

語り:「どうして?あなたはモンストロでしょ?本能に従ったんだよ?」

「慈しみ」:それはそうなのかもしれない、けど

語り:「けど、ずっとあなたは後悔してる」

「慈しみ」:そう、ずっと、後悔してる。

語り:「味がしなかったから?」

「慈しみ」:違う

語り:「中途半端だったから?」

「慈しみ」:違う

語り:「じゃあ、なんでそんなに嬉しくなさそうなんだろう」

「慈しみ」:それは、私が・・・・・・


 ■場面転換:「檻」

ーーーーー

♪:ノック音

ーーーーー


キロバステン:なあ、なあ、起きてるよな、なあ。


江売:・・・・・・。


キロバステン:起きてるだろ、もうさ、わかるんだよ、おまえの顔が見えてなくたって

キロバステン:おまえがいやぁな顔して俺の反対側を見てるのもさ

キロバステン:なあ、わかるんだよ、それくらいさ、もう、おまえの嫌がる顔をみちまったんだなぁ、俺は。


語り:江売はもう、キロバステンの言葉に耳を傾ける事をやめていた。

語り:極力、最期の日まで、この化け物の言葉に心を動かさずにいよう、そう思っていた。


キロバステン:なあ、ここから出してやろうか。


語り:絶対に、出るはずのない言葉に、江売の肩はほんの少しだけ固まった。


キロバステン:もう十分、おまえの嫌がる顔は見られたからナァ。

キロバステン:おまえはすごいよ、よくやってた、こんだけ長い間俺になじられたのに

キロバステン:本当に最期の最期が来るまで、泣き言一つ言わなかった。

キロバステン:俺の負けだよ、江売。


江売:名前、覚えてたのか。


キロバステン:当たり前だろ、ここにいた奴の事は全員覚えてる。

キロバステン:その中でもおまえは最高に気概のあるやつだったよ。

キロバステン:だから、おまえを出してやる、喜べ、おまえの勝ちだよ。

ーーーーー

♪:がちゃがちゃと鍵束を触る音

ーーーーー

語り:そう言うと、キロバステンは檻の扉を本当に開けはじめた。


江売:・・・・・・いいのか?


キロバステン:当たり前だ!おまえは堂々とこの檻を出るんだよ、江売!

キロバステン:おまえはおまえの為に、ここを出ろ!さあ!

江売:あ、ありがとう・・・・・・

語り:そして、檻の扉は開いた。

ーーーーー

♪:鍵の開く音

♪:鉄製の扉が開く音

ーーーーー


キロバステン:商品番号007733、出品決定おめでとうー!!!!!!


江売:・・・・・・え?


キロバステン:あは、あは、あはははは!!!!

キロバステン:未来を想像したよな?なあ、江売ぃ、ここを出て、元の世界に戻れる未来を想像したよなぁ。

キロバステン:本当は諦めてたもんな、もうだめかもしれないって、思っちゃってたんだもんなぁ?

キロバステン:わかる、わかるぜ、なぁ、わかるぜ、そのきもち。

キロバステン:あんだけ気色悪いだの気味が悪いだの、趣味が悪いだの思ってた俺に!!!!

キロバステン:ほんのすこし、希望が見えちまったよなぁ!!!


江売:・・・・・・さいていだ。


キロバステン:ほら!みせて、その顔を見せてくれよ!なぁ!

キロバステン:・・・・・・ぁー・・・・・・あぁぁぁぁぁぁ!!!!

キロバステン:ぐんぞりとして、ぼんむりとして、ぐっじょりとしたその瞳だよぉ!!

キロバステン:それそれ!その顔が見たかった!その瞳で睨まれたかった!

キロバステン:悔しいなあ、なあ、俺なんかに希望をもっちまったなぁ。

キロバステン:本当は良い奴なのかも?とか、思っちゃったよなぁ。

キロバステン:かわいそうに、ああああああ!!!かわいそうになぁあ!!!!


江売:おまえはさ、一体何がしたいんだよ・・・・・・


キロバステン:何がしたい?そんなの、決まってるだろ。

キロバステン:俺はよぉ、不幸なんだよ、モンストロなんかに産まれちまって。

キロバステン:幸せをたくさん持っていて、それでいて、こんなに醜くない。

キロバステン:昔はよぉ、このダウナーホールにもニンゲンがたくさんいたんだってよ。

キロバステン:なんでかわかるか?


江売:・・・しらない。


キロバステン:「しあわせ」じゃないやつらが多かったのさ。

キロバステン:戦争、飢饉、虐殺、口減らし、たくさんの「不幸せ」がよぉ

キロバステン:人々を殺し、たくさんのニンゲンがこの「地獄」に落ちてきた。

キロバステン:だが、みてみろよ、今じゃどうだ?

キロバステン:ほとんどのニンゲンは調律師が牛耳ってやがる。

キロバステン:それほど、地獄にニンゲンが落ちてこなくなった。

キロバステン:奴らは、しあわせの塊なんだよ。

キロバステン:そんな、しあわせの塊がよぉ、俺は、ざんばり大好きだ。こころの中がずどずどする。

キロバステン:そんなしあわせな奴らがよぉ、不幸せな俺の顔を見てよぉ。

キロバステン:助けてくれだなんて、すがるんだよぉ。


江売:さいていだ。


キロバステン:最高の間違いだろぉ!


語り:がやがやと、オークション会場に人が入ってくるのがわかる。

語り:調律師の、お決まりの口上が聞こえてきた。

語り:きっと、これが最後の口上だ。


調律師:さあさ、皆様。

調律師:今宵はひとつ、お耳を拝借。

調律師:ダウナーホールじゃ見当たらない、

調律師:ここじゃないなら必要ない。

調律師:誰もが喉から手が出るほどに

調律師:欲しくて欲しくて堪らない。

調律師:七つに割いては袋に詰めて、

調律師:転んで仕舞って這い回る。

調律師:「人の子」「甘美の」「ゆめものがたり」

調律師:我(われ)が自慢の!「人の子オークション」!

調律師:開廷!開廷ぃー!


語り:こんな時でも、思い出すのは現世でのことだ。

語り:どうして自分は、もっと自身を大切にできなかったのだろうと、

語り:そのことだけ後悔をしていた。

語り:本当に、しあわせなニンゲンなんているんだろうか。

語り:暗くもやがかった上野駅の空を、自分は忘れた事など無いのに。

語り:一回だけ、深く呼吸をする。吸って、吐いて。

語り:ただ、一回だけ。2度も、死ぬ苦しみを味わうのか、と江売の瞳は濁る。

語り:せめて、痛くないといい。江売の瞳は濁る。

江売:・・・・・・もう行くよ、キロバステン。負けだよ。おまえの勝ちだ。

江売:間違いなく、おまえのことを忘れられないし、後悔も、してもしきれないほどだ。

江売:こんなこと、あんなこと、しなければよかった。

江売:自分で命を絶つなんてこと、しなければよかった。

江売:でも、でもな、キロバステン。

江売:ひとつ、ひとつだけ、おまえに。

江売:一矢報いるために、言っておいてやるよ。

語り:モンストロ達の目が、ぎらぎらと、まるで本当の「獣」のように

語り:今か今かと、「人の子」の登場を待った。

江売:ニンゲンはさ。

江売:幸せになったわけじゃないさ、キロバステン。

江売:ただ、罪を感じなくなっただけだ。

語り:そう言うと、江売は二度と振り返らなかった。


 ■場面転換:ダウナーホール「人の子オークション」サンタ・キャバリエ テントの中

調律師:時はいくつか。

調律師:未だ人の子の多い、この地獄の釜「ダウナーホール」では

調律師:かつて、人とモンストロは共存関係にあったと言われておりました。

調律師:さて、では今はいかがでしょうか。

調律師:人の子が空から降るでもなく、我々モンストロは常に飢えているわけです。

調律師:しかし、ご安心ください、我が人の子オークション。

調律師:サンタ・キャバリエでは、常に!新鮮な!活きの良い!!

調律師:天然ものの人の子をご用意しております!

調律師:さあ!今日の人の子は鋼の意志を持つ、強靱な子!

調律師:5000バリエからの入札です!さあ、5000バリエ以上の方いませんか!


「慈しみ」:あれが、調律師。

デイアフター:人の子オークションとは、なんとも趣味の悪い。超きもー、きも超ー。である。

語り:二人の思いとは裏腹に、会場では多くのモンストロ達が

語り:6000,6500と今目の前にある「人の子」の「最期」に値踏みをしていく。

調律師:そちらの高貴なモンストロ様!7200バリエのご入札!ありがとうございます!

調律師:さあ、お次7200バリエを超える方はいらっしゃいませんか!さあ!お次!



語り:「ねえ、あなたはこれをどう思う?」


「慈しみ」:最低ね。


語り:「本当に、そう思う?」


「慈しみ」:かわいそうよ。とても。


語り:「誰が?」


「慈しみ」:人の子も。


「慈しみ」:モンストロも。


語り:「うん。」


デイアフター:さっきから何を一人でぶつぶつ話しているのだ?「慈しみ」。


語り:「私を食べたとき、あなたはどんな気持ちだった?」


「慈しみ」:怖かった。とても。


語り:「怖かった?」


「慈しみ」:ええ。

「慈しみ」:味が、しなかったことも。自分が、こんな滑稽さを持ち合わせている事実も。

「慈しみ」:私が、なりたいと思った、あの写真の、あの絵本の中の「ニンゲン」と


語り:「かけ離れていることが?」


「慈しみ」:そう。


語り:「変わってるんだね、「慈しみ」は。」


デイアフター:「慈しみ」?


「慈しみ」:よく言われるわ。


語り:「……私も、よく『変わってる』って言われてた。」

語り:「ここじゃないどこか。『モンストロ』なんていない、」

語り:「『ニンゲン』しか居ない街から来たの、私は、多分。」


「慈しみ」:そうね、ニンゲンだけの、ここじゃないどこかから。


デイアフター:「慈しみ」、しっかりせえ!


語り:「皮を剥ぐの、痛くなかった?」


「慈しみ」:痛いなんてもんじゃなかったわよ。

「慈しみ」:痛くて、何度も、やめたいっておもった。


語り:「でも、続けたんだね。」


「慈しみ」:うん。なりたかったから、あなたみたいに。


語り:「ニンゲンに。」


「慈しみ」:飲み込まれた時、痛くなかった?


語り:「痛かったよ。でも、痛みには慣れてたから。」


「慈しみ」:そうよね。だって。


語り:「うん。私、いじめられてたし、それに、私、自分で自分を・・・・・・。」


「慈しみ」:言わなくていいわよ、わかってるから。


語り:「うん、ありがとう。」

語り:「『ニンゲン』ってさ、自分と違うものとか」

語り:「周りと違うものがいたり、あるとさ」

語り:「それをこう、追いやってしまうみたいな所があって」


「慈しみ」:『モンストロ』だって一緒よ


語り:「そっか、じゃあ、おんなじなのかな」


「慈しみ」:「そう思う。毛が生えてるか、生えてないか、それだけよ、きっと。」


語り:「はは、そっか、じゃあ、なんだかあれだね」

語り:「私たち、おんなじなのだとしたら」

語り:「『ニンゲン』でもないし『モンストロ』でもないし」

語り:「……何になるんだろ?」


「慈しみ」:「んー、なにかしらね」


語り:「『益子』と……『慈しみ』?」


「慈しみ」:・・・・・・ううん、違う。

語り:「違う?」

「慈しみ」:私ね、「ニューロ」って名前なの。

語り:「そっか、じゃあ、『益子』と『ニューロ』だね。」

「慈しみ」:うん、そういう事になるわね。

語り:ふふ、変なの。私あなたに食べられちゃったのに

語り:こんなに穏やかに話してる。

「慈しみ」:・・・あのね。

デイアフター:なんだ?正気に戻ったか?

「慈しみ」:あんたじゃない。

語り:「うん、なあに?」

「慈しみ」:ごめんね。

語り:「・・・・・・いいよ、ニューロ。」

「慈しみ」:本当に、ごめんなさい。

語り:「うん、いいよ。ニューロ、許してあげる。」

「慈しみ」:うん、ありがとう。

「慈しみ」:私、ニンゲンみたいになれるかな。

語り:「・・・・・・それは。」

デイアフター:なれるよ、「慈しみ」。

「慈しみ」:・・・・・・。

デイアフター:なぜ、人は「人」なのか。

デイアフター:人とは、後悔する生き物だ。

「慈しみ」:後悔。

デイアフター:そう、後悔。

デイアフター:後悔は、罪の意識だ。

デイアフター:あのときこうしていれば、あのときなぜこうしてしまったのか。

デイアフター:ずっと、屑集めだけしていればよかったんだ。

デイアフター:何も変わらず、毎日を過ごしていればよかった。

「慈しみ」:口調、変わってるわよ。

デイアフター:友達の前でくらい、いいだろ。

「慈しみ」:そうね。そうかもしれない。

デイアフター:後悔、してるんだろ?ニューロ。

「慈しみ」:うん、後悔、してる。

デイアフター:それは、御前が・・・・・・いや、おまえが抱えた「罪」だよ。

「慈しみ」:うん。

デイアフター:だから、おまえはさ、誰よりもニンゲンらしいよ。

「慈しみ」:ありがとう、デイアフター。

デイアフター:なんもなんもである!!!

「慈しみ」:ありがとう。

デイアフター:・・・・・・なんもだよ。


 ■場面転換:壇上

調律師:さああ!オークションも佳境は佳境!!

調律師:今まで聞いたことも見たこともない!

調律師:84000バリエ!さあもう次は出ないか!

【モノローグ】

江売:こんな人生ならば、要らないと思っていた。

江売:誰も、助けてはくれないという諦めと。

江売:助けられたくもないという、プライドがそうさせた。

調律師:おっと、これは、これはこれは!

調律師:旧時代の巌窟王、「デイアフター」様ではございませんか!

調律師:皆様、さあ!ごらんください!

調律師:自ら「深層送り」となった、旧時代の愚王、「デイアフター」様ですよ!

調律師:さあ、さあさあ、そんな下民の席でぼーっとしてるなんて

調律師:上がってきてください、さあさあ。お連れ様も一緒に!

デイアフター:面倒だな。

「慈しみ」:行きましょう、デイアフター。

【モノローグ】

江売:ナイフを持つ手は震え、足下はすくんだ。

江売:それが一回目の死。

江売:思い切ってみれば、なんてことはなかった。

江売:心の臓が動く度、すこしずつ白くなる視界がむしろ心地よかった。

江売:脈動と、意識が、反比例しながら、自分という存在を消していった。


調律師:さあ、かつての王様さえも注目する今回のオークション!

調律師:いかがですか、王も!入札されては!!!

調律師:されない?あー!そうでございますね、王は王でも

調律師:深層送りにされた身でした、何もお持ちではなかった!

調律師:皆様、ここは笑うところですよ!


【モノローグ】

江売:だから。


「慈しみ」:・・・・・・下品な笑い方ね、あなた。


【モノローグ】

江売:だから。これは。


調律師:あら、あなたは何ですか?モンストロ?ニンゲン?

調律師:実に中途半端な・・・・・・あ!

調律師:そうか、そうですか、あなたがあの有名な!

調律師:ニンゲンを丸呑みにし、「深層送り」となった!

調律師:ニンゲンモドキの「慈しみ」!


【モノローグ】

江売:気が遠くなるほど、静かで。

江売:狂いそうになるくらい、穏やかな。


デイアフター:やめてもらおうか、調律師。友を侮辱するのは。


【モノローグ】

江売:「ダウナーホール」すべてへの、反逆だ。


語り:どさり、と江売がその場に倒れる。

語り:モンストロ全員が、息を飲んだ。

語り:倒れた江売の口からは、大量の血が噴き出している。


「慈しみ」:あ、あの子・・・・・・舌を噛み切ってる!!!

デイアフター:い、「慈しみ」!!!このハンカチイフを口の中につめるのである!!


【モノローグ】

江売:してやった。

江売:気が遠くなっていく、この感覚は二度と味わいたくなかった。


調律師:な、なななな、なんてことだ!!!!

調律師:しょ、商品が!!!は、84000バリエが!!!

調律師:キロバステン!!!キロバステンどこだ!!!

キロバステン:あは、あははは!!見てました!見てましたよぉ!!

キロバステン:江売ぃ!!やっぱりおまえの勝ちでいい!

キロバステン:こんなことするなんて、思っても見なかった!!!

キロバステン:死んだ後の地獄で、もう一度死のうとするなんて!!!

キロバステン:すげぇよおまえは!ずんぐりとすげぇ!!!

キロバステン:あはははは!!!

【モノローグ】

江売:うるせえよ、と思った。

江売:もう誰かの望む通りになんて、絶対に生きてやらない。

江売:自分の思うとおりにならないことなんて、享受してやらない。

江売:この人生は、誰でもない、自分だけのものだ。


キロバステン:ほら!!江売!!瞳が濁ってきてるぞ!!

キロバステン:しぬぞ!しんじゃうぞ!よかった、よかったなぁ!

キロバステン:もう言えないな!助けてくれなんて、命乞いすらもできないな!


調律師:いいから!この人の子をなんとか生かせ!キロバステン!

調律師:なんとかしろ!84000バリエだぞ!


キロバステン:知るかよそんなの。

キロバステン:今が最高に面白いところなんだ、邪魔するなよ。


調律師:キロバステン!!!!


語り:「どうする?」


「慈しみ」:ど、どうするって言っても。


語り:「あなたにしか、出来ないことがあるはずだよ」


「慈しみ」:私にしか・・・・・・?


語り:「うん。」


「慈しみ」:わ、私は何もできない。

「慈しみ」:何も、できなかったのよ・・・?


語り:「ううん。できてるよ。」

語り:「私の「罪」すらも、飲み込んでくれた。」


「慈しみ」:・・・・・・飲み込む・・・・・・?


 ■場面転換:血だまりの中

語り:ぶつぶつと問答を続ける「慈しみ」は、

語り:血だまりに倒れる江売に言う。


「慈しみ」:ねえ、あなたのこと、私は何もしらない。

「慈しみ」:でも、多分、きっと、自分を傷つけ続けたあなたの

「慈しみ」:痛みや、苦しみだけは、私にもわかる。

「慈しみ」:私もね、たくさん、たくさん後悔してきた。

「慈しみ」:どうにもならないことや、どうにかしたかったこと

「慈しみ」:私が悪いわけじゃないことも、私が悪いことも。

「慈しみ」:「罪」は、償える。

「慈しみ」:だから、「罰」があるんだもの。

「慈しみ」:でも、そこにある後悔は?

「慈しみ」:許されてはいけないの?

「慈しみ」:そんなことない。許されていいはずなのよ。

「慈しみ」:でも、誰も許してくれないなら、ねえ。

「慈しみ」:私が許してあげる。

「慈しみ」:私が、許してあげるから、その罪を、否定しないで。


ニューロ:私の名前は、ニューロ。ニンゲンに、なりたかったの。

ニューロ:あなたは、何になりたかった?


 ■場面転換:さいご

語り:マッチ缶をこじ開けたその街に、

語り:調律師(ちょうりつし)は既に居なかった。

語り:音の外れたメッセージボトルで、

語り:明日(あす)の夜明けを恨みながらモンストロは

語り:口々に捨て台詞を吐いていく。

語り:「この街の夜は、愛情を吸っていくんだ。」って。

デイアフター:では、愛情はどこに吸われたのか。

デイアフター:それが、すべて、誰かの為にあるものだったなら

デイアフター:何も、何も、悪いことなんてなかったのだ。

デイアフター:あの人の子を、ニューロは丸呑みにした。

デイアフター:その姿は、憎しみなどなく、美しいと錯覚してしまうほどだった。

デイアフター:母から子が産まれるかのように、飲み込まれていく。

デイアフター:その姿は、「慈しみ」と呼ぶのに相応しいとさえ思った。

デイアフター:飲み込んだと同時に、消えてしまったのは。

デイアフター:きっと、おそらく、すべての罪を抱えたまま。

デイアフター:彼女たちは、生きることに決めたのだろう。

デイアフター:マッチ缶の外に出て、夜明けを連れていったのだ。

デイアフター:赤く染まり、乾いたハンカチイフが。

デイアフター:まばゆい太陽の光と、

デイアフター:朝を迎えたこの穴の隅で、少しだけ揺れていた。

ーーーーー

♪:街の喧騒

♪:遠くで赤ん坊の声が聞こえる

ーーーーー


おわり。