修行不足
緊張ってしますか?
人前で話す、
憧れの人に会う、
見知らぬ経験をする、
スポーツの大事な場面を迎えると、
声は震え、ヒザが震える。
ま、誰しもアガる経験はありますよね。
それでも驚くほどムダに緊張する人が多いことに驚く、おひょいです。
「おひょいさんって、なんでそんないつも堂々としてるんですか?」
「おひょいさんって、緊張したことあるんですか?」
「おひょいさんって、常に自信があるんですよね?」
と、地球外生命体おひょいのナゾを解こうと、
社内報担当者にインタビューで聞かれたことがあります。
「あのね、
わたしゃ重度のアガリ症だったし、
緊張する自分がイヤで死にたくなったこともあるし、
堂々ともしてなけりゃ自信なんて微塵もない!」
と言ってやりました。
「でも全然そう見えないし、なんなら今も全然緊張してないじゃないですか!」
「そうだね・・・だってどうでもいいもん」
これが答えです。
緊張するかしないかは、
どうでもいいと思ってるかどうかなのです。
手のひらに「人」って書いて飲むとか、
関係ないことこの上ないのです。
今やってるコレが大失敗で恥をかこうが、
「あいつショボい、ダサい」と思われようが、
どうでもいいのです。
人は(とくに日本人は?)、
良く思われたい人で溢れてるし、
悪く思われたくない人でいっぱいです。
どっちかというと褒められるかどうかより、
ダメージを負うことを嫌いますよね。
プラスもマイナスもなく、
できるだけ無傷・穏便に済み、
自分に無関心でいてくれればいいなーと思う人が多いですね。
そんなゼロなんてありえないんですけどね。
虫が良すぎる。
要するに、
緊張する人っていうのは
他者の評価が怖いんですね。
他者にどう思われるかが怖くて仕方ない。
褒められたいし、優秀さを見せようとすれば、
そう評価してもらえるだろうかと緊張しちゃう。
「アイツ使えねー、なんもわかってない」って思われたくないから、
そう見られるかどうか気になって緊張しちゃう。
だって会議やプレゼンやスピーチの聴衆が
こけしや漬物石やパタスモンキーだとしたら、
緊張する人って誰もいないですよね?
彼らは評価しないですもんね。
私はいつからか、
そうした商談や発表なんかで緊張することが一切なくなりました。
それを「あなたはデキる人だから」と片付ける周りは全然わかってない。
どうでもいいのです。
どう思われてもかまわないのです。
「わたしゃしょせんこんなもんですよ」と思っているのです。
私なんぞこの程度、見たまんまです、と。
どうぞ煮るなり焼くなりご自由にしてくださいと。
だけど、伝えたいことはある。
噛んでも、グダグダでも、
これだけは!って伝えたいことがある。
もちろん否定されても構わない。
だって話す以上は何かしらテーマがあるんだから、
それは伝えますよ。
それだけのこと。
たぶんそれが、自信があるように見えるんでしょうね。
でもどう取られるかなんて自分じゃコントロールできないじゃん。
そんなものに構ってる暇はない。
だから私は
バッシングされて凹むこともなければ、
称賛されてドヤることもない。
ただね。
いまだに電話は緊張しますね。
「あ、あの、あのですねー」
みたいなイタイ人に変身してしまう。
たぶん相手の反応が見えないからでしょうね。
ほら、他者の評価が気になってる。
ステキな女性はさらに緊張しますよ。
だって良く思われたいもん!
まだまだ修行が足りない、おひょいでしたー