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オムツと涙とハーバード

金融危機10年。景気と戦った経済学者達。

2018.10.02 02:17

さて、少し経ってしまったが、リーマン・ショックから10年。


当時は(も)金融部門にいたので、

NYのリーマンのビルから箱を持って出てくる

解雇された社員達のテレビ映像に衝撃を受けつつ、

自分たちの仕事でも部門全体で大変な危機感だったことを覚えている。


***


そんな大変な時代にオバマ政権の経済アドバイザーだった教授、

ジェフリー・リーブマン先生が講義の半分を受け持つ経済政策の授業、

「American Economic Policy」が本当に面白い。


リーマン10年と言うことで、彼が体験した


金融危機後の財政政策についての振り返りをしてくれた。


経済学では、

教科書上の理論ではなく、こういう生の体験、

理論の現実への適用が成功したのか?

その成功要因・阻害要因はなんだったのか?

を考えたりすることが一番面白い。


一見、浮世離れしたモデルの意味や限界を考えさせてくれる。


***


まず、危機前後で各経済学者達がどのように経済を見ていたのか。


同じく授業を受け持つマーティン・フェルドスタイン教授は

景気の折り目への反応が早かった一人と言われており、


2007年12月には

「50%の確率で不況が訪れるので税還付による景気対策をすべき」

と発信した。


2008年1月には元FRB議長のバーナンキ、

同じ頃に元財務長官サマーズ教授も景気刺激策を提唱。

この時点でサマーズが景気対策に必要と訴えた規模は

$50−70bil(5-7兆円:以下簡易的に100円/USDで記載。)程度だった。


2008年1月には当時まだ大統領選候補であった

オバマ(とその経済アドバイザーのリーブマン教授達のグループ)は

GDPの1%程度の刺激策:すなわち$140bil(14兆円)程度を訴えた。


結果、2008年2月には当時の政権であったブッシュ大統領が

$168bil(17兆円)の景気対策を署名。


そして、

アレヨアレヨとそんな小規模な経済対策は飲み込んで金融危機に突入し、

2008年9月にはついにリーマンブラザーズの倒産により大混乱が生じる。


2009年の1月にオバマが大統領に就任するが、


この時に著名な経済学者達は、

と皆、一年前とは桁が違うレベル(しかし、それぞれは近しい金額)で

提言していたようだ。


ちなみに、、一人だけその時点でも景気対策に疑義を呈して数字を出さなかったのは

経済学の教科書でも有名なマンキュー教授だったそう。。。


***


リーブマン教授がアドバイスしていたオバマ政権が財政政策として

最終的に繰り出した数字は、$800bil(80兆円)程度である。


しかし、いきなり80兆円と言う資金を使うのは大変な作業である。


危機的な状況の中で、いち早く景気に効果を届けるためにはどう分配すれば良いのか?

ここに教授達の苦難があったそう。



様々な政治的しがらみを乗り越え、時間と戦いながら

バランスを考えたプランを実行したそうだ。


***


このオバマの景気対策、

American Recovery and Reinvestment Act of 2008 (通称ARRA)は


結果的に米国の景気回復に時間がかかったことから、

人によっては「失敗だった」と言う評価をしているようだ。


ただし、ARRAが無ければ欧州を見れば明らかなように

更に回復に時間がかかっていたかもしれないので、

「効果があったのか?」

を評価するのは非常に難しいところだ。


しかし、リーブマン教授からすると、

「火事が思ったより大きくて、もっと水をくれ、と言っているのに、

お前の放水は火が消えてないから失敗だ!と言われているようなもんだよね。」

とのことで、


彼の振り返りとしては:


1) 対策を考える時点でのGDP統計(推定)よりも

  実際の確定値の方が、相当悪かった。

 2008年4月時点で分かっていたGDP成長率はマイナス3.8%で、

 ここから対策規模を推定したものの、実際の確定値はマイナス8.9%で

 結果的には倍程度の対策が理論上は必要な状況だった。


2) 政治的な判断で最適なパッケージングになっていなかった。

上述の通り、何に対策を使うかは経済学者的な視点以上に、

共和党が多数を占めていた議会を通過できる内容か否かが大きくなってしまう。

また、巨額の赤字支出をすることは、経済学理論上正当化されていても、

小さな政府派、緊縮財政派などにより揺り戻しがすぐにきてしまう。


3) 外部のマイナス要因が想定より大きかった。

海外の減速はアメリカよりも大きく、輸出減等、想定より大きな影響を及ぼした。


と言うような点が読みきれなかったと振り返っていた。


リーブマン教授の戦いぶりを垣間見れて、

一緒に手に汗握ってしまった講義であった。


***


ちなみに、この「American Economic Policy」は

ハーバード大学の経済学部との共同授業で、

ケネディ・スクールではなく「ヤード」と呼ばれる

かの有名なジョン・ハーバード像のある学部(undergrad)や

社会科学系大学院(GSAS)の講義棟がある場所で開講されている。


通常Martin Feldstein、Jeff Liebman、Larry Summersという3人が

受け持っているの授業で、(今年はサマーズ教授はサバティカル中)

授業の内容はかなり基本的なマクロ・公共経済なのだが、

とにかく、この教授達が面白い。


共和党のイデオロギーを体現したようなフェルドスタイン教授と、

民主党のイデオロギーを体現したようなリーブマン教授。


この二人の師弟でもあり、意見の相違もあり、というのを見るのが

この授業の醍醐味である。


リーブマン教授は、

常に「マーティはそう言うけど」とか

「マーティはこのデータが好きだけど僕は反対で・・・」とか言う。


曰く、

「二人のコンフリクトで楽しむ(amused)だけじゃなくて、

なぜ意見の相違が発生するのか・・・

前提条件なのか、データなのか、理論なのか、適用なのか、

その辺もちゃんと考えてね。」


・・・ということで、

二人のコンフリクトを見て学生達が喜んでいるのは

先生ももちろん承知であるし、意図された醍醐味らしい。


ちなみに、リーブマン教授は、

まさにこの授業の過去の卒業生から


「今、Harvard Law Schoolの有名な卒業生で

政治家になろうとしている素晴らしい候補がいるんですが、

経済政策についてアドバイスしてもらえませんか?」


という電話をもらって、

実はその有名な卒業生、と言うのがオバマで、

結果政権アドバイザーになったらしい。


将来この授業を受けてる人の中から

オバマのような人/そのアドバイザーが出たりして?

と周りを見回してみるのでした。