9月14日、manos orar
2015.09.15 14:21
2014年9月1日の日記
半年間ずいぶんと振り回されていた。体に。気持ちに。
なのに足場がないような感じがする。
そのときそのときをやり過ごすのに必死だったせいか
何があって、どのように経過したのかを、もう うまく思い出せない。
りえに言われたみたいに、パチン!って治るものではないだろう。
思うよりも体が言うことを聞かない感触が大きい。
わたしはおそらくこのような自分と、
これから長く付き合っていく必要があるだろうし
“乗りこなす”必要があるんだろう。
未来を夢見て形作っていく意志や能力があまりに乏しいので
少し先にいる自分がどうなっていくかを予見していくのは
慣れないことだけれどこの場合、先回りはちょっと大切。
これまでの半年間をメモ。
+
春から消えたい気持ちが強く6月から通院開始。
抗うつ薬を飲んで躁転したのが1ヶ月ほど前
躁転のきっかけは勤務が週3から週5に変わり、
休みの日もほぼ予定が入っていたせいかなと思う。
8月10日からうつの薬から躁を抑える薬に処方が変わった。
活動的になって導入剤だけでは眠れなくなったため
睡眠薬も超短期型から短期型に変わった。
薬が変わっても軽躁状態は続き、
・常に走ったあとのような動悸
・やりたいことが次々に浮かぶ
・今ならなんでもできるという気持ちになる
・眠らなくても動ける(体がつかれているときは金縛りにあう)
・食欲と性欲の増進
・タバコを吸い始める
・職場でも家でもしゃべり続ける
・4月から貯めてたお金を使い果たす
8月いっぱいはこんな感じだった。
8月最終週あたりに日中の眠気と怠さ、フラつきを感じるが気分は悪くない。
病院でも元気ですよ~!調子いいです。薬合ってますね、すごいいい感じです。
治ったかも的なことを言っていて、先生にもう少し様子を見ましょうと言われる。
一変して、31日朝に調子が悪いと感じる。
フラつき、倦怠感、眠気に加えて目のピントが合わない。
きのうまで楽しかった仕事への不安感で通勤中に涙が出る。
仕事中も小さな子どもが叫んだり、お客さんが本を落としたり、
スタッフが作業中に出す音などしたときに気を抜くと涙が出て、叫びそうになる。
文具の棚にペン1本差すのも間違えたらどうしようと考えると不安になるし、
レジも間違えたらどうしようと考えると不安で不安でどうしようもなかった。
考えがまとまらず、呂律もまわらないので、自分が何を言っているのかわからなかった。
1日も同じ感じ。
午前中の業務はなんとかこなせたけれど
起きてからの体が動かないことへの焦り、
生きていても迷惑だという気持ちが仕事中も拭えず
昼休憩に涙が止まらなくなり、
頭も真っ白になったため早退させてもらった。
+
せめて振り回されて疲れてしまわないようにしたいと思う。
自分にとって、それが負担になるからでもあるし、
もう働いてるから、職場の人に心配をかけたり
任されてる仕事を疎かにしてしまうことを避けるためでもある。
だから、気持ちのいいものではないけど
すこしだけ体や心の調子、動き方みたいなのを記録しておきたい。
今置かれてる場所で、できることをやるのは簡単なようでむつかしい。
当たり前のことを1つやるのに人よりも時間がかかっていて
もどかしさがどうしようもなくある。
焦りだって感じる。申し訳無さや、不甲斐なさも。
それで勝手に押しつぶされそうにもなる。
そんなときに、そう感じるのは見当違いだよって言い聞かせるのも自分で
うまく励ましてやれることもあるし、自問自答だから疲れてしまうこともある。
それでも、いつも見えている景色がすべてではないこと
良くも悪くも 想像以上のことで世界は成り立ってることを知っていたい。
見つけた天使の名前をお守りのようにこの胸の真ん中に置いていたい。
まなざしは柔らかく持ちたい。祈る手は休めたくない。
好きな時間を生きられる瞬間がなるべく多くありますように。
そこに体が傾きますように。
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