ジャーナリングで自分の気持ちの解放をしませんか?
こんにちは、富森ちひろです。
今日は「気ままで勝手な自由さをたまには味わってみませんか?」というお話です。
ジャーナリング、やったことがありますか?
私は元々モーニングページもどきというか、
ジャーナリングもどきというか、
「ひたすら思ったことを紙に書き出す!そして即捨てる!」
ということをやってきているのですが、
先日ジャーナリングのイベントに参加させていただいた際に、
「「時間を区切って」「テーマを決めて」書いてみよう!」
というのがとても面白かったので、
そこでいただいたテーマに沿って、思いついたときに
それについてのジャーナリングに取り組んでいます。
今日もあるテーマについてやってみたのですが、
そもそもその問いに対しての最初に一文が
「感動かー、そう思うと悪い方には心が動くけど、
良い方にはなかなか動かなくって、それってどうなんだろうな」
という、まぁ全く質問の答えではないところから入りまして。
そこからは最初に脱線したまんま突っ走り、
全然話が違うところに進んで行った結果、最初の質問に答えることなく終わる、
というなんというか、
「テーマどこいった?!」みたいな結果でした。
私が書いたものというのは、
おそらくジャーナリング上級者の皆様や、
普通にジャーナリングに取り組むような方からすると、
「本当、テーマどこいった?!」
と思われるようなことしか書いていなくて、
しかも思いついたことを思いついた速さで手書きで書こうとするから
まぁとんでもなく字が汚くて読めないレベルなのですが、
ただ、このただひたすらに書いている時間に、すごく「自由」を感じたんですよね。
ジャーナリングで感じる自由さ
ジャーナリングは、思いついたまま書き出している自由さ、
心の内側が文字化されるという開放感とともにある自由さ、
そんな物があふれてきているものなのではないかな、と思っていて。
普段、自分で自分のことを押さえつけていて自分の意見を言えていないな、とか、
そもそも自分の意見ってなんだろうな、とか。
そんな人こそ、ジャーナリングというか、
「自分の“その時思ったこと“を書き殴る作業」
ということをお勧めしたいと思います。
もう本当、書き殴るで正解なのではないかと。
誰かに読ませるものではないので、支離滅裂でいいのです。
読みやすいようにとか、
誰かに伝わるようにとか、
そんなことはどうでもいいのです。
ジャーナリングをするときの心得のようなもの
「そんなの、何も書くことないよ」と感じる人にこそ、
ジャーナリングはおそらく必要です。
そういう人は、多分自分の本心を感じにくくなっているので。
大丈夫、字は汚くてもいいし、
誰かに見せなくてもいいのです。
心配なら、裏紙に書いて、書いたそばから捨てたっていいのです。
本当は燃やしたらいいらしい、とか、
心配なら水に溶ける紙もあるらしい、とか、
いやいや一定期間とっておいて見直すところまでがジャーナリングだ、とか、
色々あるかもしれませんが、
自分が気にならなくて、本心を書き出せる方法ならなんでもいいのではないでしょうか。
時間も長時間でなくても大丈夫です。
もし、3分でも5分でも、自分のために使える時間があるのでしたら一度ぜひ
「ジャーナリングをする時間」をとってやってみてください。
テーマもあってもなくても大丈夫です。
私のようにせっかくテーマがあっても最初っから脱線しっぱなしの人もいますし。
テーマがあっても自由に書くことはできますよ。
そうやって、自由に何にも縛られずに書いていくうちに、
心の奥底の本音が漏れ出してくるというか、
「宝物発見!」みたいに感じることが浮かんでくるかもしれませんので、
ぜひ一度お試しくださいね。