ショートショート81~90
81.友人が写真を見せてきた。
それは少しレトロで綺麗なホテルのフロントだった。
行き交う人々の服装も心なしか古めかしい。
「これね、廃墟で撮ったの」
そう言ってすっかり退廃した、同じ間取りの廃墟の写真も見せてきた。
どうやらその廃墟は、在りし日の思い出を反芻している様だ。
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82.ある日、近所の空き家の塀に
「いるよ↓」
と落書きされていた。
意味がわからないなと思いながらその落書きを尻目に通勤した。
残業終わりの深夜。
その塀の前を通ると、電灯に照らされた「いるよ↓」の落書きの下に、いるはずのない女性らしき影が浮かび上がっていた。
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83.伯父から貰ったその望遠鏡からは海が見える。たとえそれを山に持って行こうが家の中で覗こうが、必ず広くて静かな海が見える。
その望遠鏡を買ったのは東北の海の見える工房だそう。
この望遠鏡で見ているのは、きっとそこの海なのだろう。そう思いながら今日も僕は望遠鏡の思い出に付き合う。
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84.真っ黒な雨雲から一本の大きな腕が降りてきた。
それは丁度人を指す仕草でゆっくりと遠くの地面に触れたのだが、その瞬間閃光と轟音が辺りを制した。
目を開けるとそこには腕は無く、その方面から悲鳴が聞こえるだけだった。
その夜、「逃亡犯が雷に打たれ死亡」という地方ニュースが流れた。
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85.最近同じ夢を見る。
それは翁のお面が僕を追いかけてきて、それが無性に怖くて逃げ回るというものだ。
「こんな夢をみた」
そう友人に話した夜、ついにお面に捕まった。
その日から毎晩、その友人を追いかける夢をみるようになった。
とても楽しい夢なのだが、やけに視野が狭いのが不思議だ。
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86.とある女性が不審死を遂げた。
なんと喉が内側から大きく損傷するという例の無いものであった。
聞き込みをしていくとその女性は盗み癖がある人だった様だ。
丁度女性の喉の傷は直径16㎝程。
また彼女の口癖は「喉から手が出るほど欲しい」だったという。
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87.娘が動物を内緒で飼っている様だ。
こっそり何か確認して、ママに了解を取ろうと思い娘の部屋に入ったのだが、これを誰が想像できただろうか。
それは成人男性の様な大きさの、またそれらしい存在だった。
ただ影も凹凸もなく平面的な姿で、渦巻き続ける青いマーブル色だったのだ。
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88.昨日の夜、自分が亡くなって何年か経つという夢を見た。
次の日私は普通に起き、仕事をし家に帰るという何の変哲もない生活を過ごし、正夢ではない事に安堵していたのだが、ただ何かが違う気がする。
上手くは言えないが、まるでそっくりだが違う次元に入り込んだような…
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89.ニワトリの卵からトカゲが産まれた。
「何かの拍子にトカゲの卵が紛れ込んだのだろう。」
そう言われていたが、果して両手を挙げ二足歩行で走るトカゲなど北海道にいただろうか。
余談だが、ニワトリは恐竜の先祖だと言われている。
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90.足が重かったのだ。
生前から動かなかった僕の足は、先程の事故に巻き込まれ千切れた様だが、
その途端、僕の体は浮き出した。
不思議と痛みも無く、僕は初めて手にした自由な移動を楽しんでいる。
下には泣き声や叫び声、救急車の音が響いているが、まあ、どうでもいい。