インド旅〜北インド・ガンガー編・Rishikesh
前回の続きです。
前回から随分と・・・
時間が空いてしまいました(^^;;
インド旅日記🇮🇳
マイペースに続いていきたいと思いますので
ゆるりとお付き合いお願いいたします🙇♀️✨
今回はインド旅の前半・
北インドで訪れた聖なる川
ガンガーの事を書きたいと思います。
インドといえば、ガンジス川。
ここには、いつの日か訪れて、
ガンジス川を一目見てみたい!
とかねてより思っていました。
ヒマラヤ山脈からコルカタへと流れる大河。
北インドで訪れた学校が、ヨガの聖地・リシケシとヒンドゥー教の聖地の一つハリドワールのちょうど真ん中に位置する学校でした。
リシケシもハリドワールもガンジス川に沿って点在している聖地の一つです。
北インド滞在中、学校がお休みの日に、
相乗りの力車に乗り、リシケシ方面へ行きました。
その時に隣に座った学校帰りの可愛い女の子から思いがけずブレスレットをいただきました☺️
北インドはどこへ行っても人が沢山で
力車もぎゅうぎゅう、道も渋滞、クラクション鳴らしながら走る
カーブの道では大きなトラックが横転していて荷物が散乱!
周りの人はちょっと興奮気味!
お店も人いっぱい、昔の竹下通りみたいに人いっぱい。
どこもかしこも飽きることのない、魅惑のインドの世界!!
リシケシのローカルベジレストランで。
地元の人気店らしく満席120%(笑)
メニューもヒンドゥー語でよくわからず注文したカレー。いまだに何カレーだったのかわからずにいる謎のカレー(笑)
一体何カレーだったのだろう??
とても辛くかったけど美味しかった!熱々の全粒粉パラタもとても美味しい!
北インドのカレーはギーがたっぷり使われていました。ギーもとても身体にいいです。
また北インドのカレーや食事のことは別に書きたいと思います。
リシケシの街にはヨガのアシュラムもたくさんあるので、世界中からヨガを学びに来ているヨギー達が歩いていました🧘
ガンジス川沿いのカフェ🍹
カフェにはヨガを学びに来ているのであろう、様々な国の人がいて、国際色豊かなリシケシ。
川まで歩いて下りていくと...
初お目見え。リシケシのガンジス川。
川幅も何もかもがとても広大でした!
ちょうど夕暮れ時で、夕日が美しかったです✨
想像していたよりも水量も多く、流れも速く、茶色く濁っていて、深さは不明。。
ガンジス川はその深さと濁りと流れで
何もかもをまるっと飲み込んでしまうような、勢いと雄大さを兼ね備えた、大きな大きな川でした。
川沿いは「ダート」といって階段形式になっており、川の水量が増えても減っても、好きな深さでガンジス川に入れるようになっています。
川向こうにはポールが点在してはいるのですが、特にちゃんとした柵があるわけでもありません。
もしうっかり流されたとしても、助けることも、助けられることもないであろう
そのまま永遠に川に流されていくでしょう・・・
完全なる自己責任の世界。
開放的〜!
インドに行って感じたことの一つとして
「死」が普通に身近にあるということでした。
そしてそれは決して悪いことだけではないのだな、ということです。
ガンジス川の水は、ヒマラヤからの雪解け水。
リシケシはヒマラヤから少し下にある場所で
気温は暑いインドですが、川の水はなかなかのひんやり度。
私も沐浴を楽しみに来たのですが
事情により足のみを沐浴。
幸せでした〜♡♡♡
日本から遠く離れたインドに来て
こんなに雄大で、なーんにもなくて
濁った茶色の聖なる川に足を浸し
夕日を眺めながら、ポケーーっと水と戯れていることは
何とも言えない幸せなひとときでした。
インドの人は、夕方になるとガンジス川に家族や友人とで訪れて、沐浴やプージャを行います。
「沐浴」をすることは「すべての罪を浄化する」と言われていて
老若男女、子どももみんな、楽しそうに沐浴をしていました。
結構な勢いの流れの中、気持ちよさそうに泳いでいる少年たち。
何度も往復して目の前を通り過ぎていきました。
それはとても心地よさそうで楽しそうで、平和な光景でした。
足を浸しながら、まわりを見るともなく見ていると
みんな各々それぞれの沐浴を楽しんでいる姿。
それもまたほんわかした気持ちにさせてくれました。
穏やかないい時間でした🕊️
川のひんやりとした冷たさが気持ちいいし
濁り具合は「豊か」な感じだったのです。
ガンジス川をひと目見たときの第一印象として
「あぁ〜豊かだな〜!全部あるんだ〜!」と感じました。
「濁り」って、「豊か」なのだということがここリシケシでの新たな気づきでした。
それは
4.5年程前に、屋久島を訪れたことがあったのですが、屋久島の自然の美しさ
あの透明で清涼で、心も身体も魂も洗われるような、聖なる森と、透き通る水が湧き出して出来た川の美しさ、自然から放たれる透明感とその神聖さにとても感動したのですが
ガンジス川の大きく濁った川は
その時の屋久島で感じた神聖さとはまた違い
まるでいろんな絵の具を混ぜた後の色水みたい。
それはなんというか、絵の具で絵を描いた際に、バケツで筆を洗いますが、洗うたびにいろんな色が混ざり合って水が濁っていく様を連想させました。
濁りの中には、時間も経験も、感情も学びも、喜びも悲しみも、あらゆるすべてのエッセンスが溶けて混ざり合っているのようなのだと感じました。
「全部ある・含まれている」
なんというか
清濁あわせ持つ・そんな雄大さと神聖さを感じました。
全部含まれてる・・・これってすごいなぁ〜!!と思いました。
「沐浴するとすべての罪が浄化される。」
そんな風に伝えられている意味が少
しわかった気がしました。
「生」も「死」も包み込み、飲み込む、ガンガー。
インドの人たちは
家族や友人とそんなガンガーに訪れて
沐浴をして、花籠を流したり、火を灯したり、お香を焚いたりして
手を合わせてお祈りをしていました。
ここは神聖な場所なのだということと同時に
家族や友人達と夕日を見ながらお祈りをし
一日の終わりのホッとできるようなひと時のようにも見えました。
それはすべてのインドの人にとって今日1日の終わりにハートを温めるような、分かち合い慰め合うような、心を通い合わせるような
そんな穏やかであたたかな時間なのだな〜とも思いました。
夕日を見ながら、ボーっとガンジス川を眺め、そんなことを感じながら
異国の景色と文化の中で
まるで本の中に来てしまったような、神秘的な時間でした。
続きます。