旧統一教会被害者救済法から1年、財産保全法の行方
師走って幸わす。
昨年12月10日に旧統一教会被害者救済法が成立したことが記憶に新しい。当該法律では法人などが霊感などの知見を使って不安をあおり寄付が必要不可欠だと告げるなど個人を困惑させる不当な勧誘行為を禁止している。個人に借金させたり、自宅などを売らせたりしてまで資金を調達するよう要求することも禁じている。野党がマインドコントロールによる寄付の禁止を求めたことを踏まえて個人の自由な意思を抑圧し適切な判断が困難な状況に陥らせないようにする配慮を法人に義務付けている。違反した法人に対しては法人名を公表することができることで法の実効性を高めた。当該法では罰則も設けられ、禁止行為に違反し行政の勧告や命令に従わなかった場合には1年以下の懲役か100万円以下の罰金の刑事罰を科すとしている。与党と立憲民主党、日本維新の会、国民民主党、政治家女子48党などの賛成によって成立したがれいわ新撰組と日本共産党は反対した。併せて霊感商法などの悪質商法による契約を取り消せる「取消権」を行使できる期間を10年に延長することを盛り込んだ改正消費者契約法なども成立した。取消権は寄付をした本人が求めていない場合でも扶養など一定範囲の親族であっても行使できる。法案の規制対象については法人格のない団体も含めるという政府の認識を示した。また、集められた寄付金の帰属先を組織の幹部などの個人に変えて規制対象から逃れる行為が起きないような制度することが課題として残った。公明党は創価学会との関係が深いことは周知であるが本法案については与党であることから賛成している。賛成した上で公明党の山口代表は「NPO法人や宗教法人など幅広い寄付をもとに活動している健全な団体が萎縮することがないように配慮し健全な寄付文化を育てていくことも重要だ」と注文をつけた。それに対して宗教法人が寄付金の使いみちを明らかにするなど情報を積極的に開示することで信頼される団体にこそ寄付が集まっていくことが望ましいという専門家の意見もある。
旧統一教会被害者の反応としては「宗教二世の信教の自由の問題が残っている」「マインドコントロールされての寄付を配慮ではなく禁止すべきだ」という声が上がった。配慮義務は確かにあいまいな規定ではあるが配慮義務違反の情報が集まれば行政側も動かざる得なくなり勧告などが出ることで裁判や紛争解決などの救済の場面に生かされることが期待できる。少なくとも当該法律が新たな被害者を生まない抑止力の一端にはなるであろう。その鍵となるのは法の実効性にかかっている。
共産党は「この法律では高額な寄付は規制できない。法律の成立で終わりにはできず見直して、実効性のある被害救済制度をつくるべきだ。旧統一教会への解散命令を直ちに裁判所に請求することを政府に求めたいとし、自民党と教会の深刻な癒着のうみを出し切らないといけない」として当該法案に反対した。文科省は旧統一教会の解散命令の請求は令和5年10月12日に東京地裁に請求している。同じく法案に反対したれいわ新選組は「すでに生じた被害は救済できない」「これから生じる被害についても救済はあまりにも限定的」としているがこの主張は事実に即さない。既に被った被害に対しても当該法は適応される。今後の被害者の救済についても配慮義務という曖昧な点はあるものの罰則規定や義務違反者の情報公開など抑止的な措置は整えている。
当該法の運用について数的なデータはまだ取りまとめられていない。2023年3月に立憲民主党が被害対策本部を立ち上げた。関与する弁護士によると「自由な意思を抑圧されている」という状況が曖昧だということ、「著しい支障が出ている」という状況を客観的に確定させることができないことと著しい支障が現在において解消されている場合の取り扱いなどが曖昧であることが課題だとしている。また、禁止行為が不特定又は多数の個人に対して繰り返し組織的に行われているということを外部から必ずしも明らかにできないことから推認するにとどまり権限の行使が難しくなるということが懸念されている。
令和5年10月13日、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)を巡る問題で政府は「文部科学省が事実関係の確認を重ねた結果、解散命令請求に足る客観的な事実が明らかになったと認められたため」と述べ文部科学省が解散請求を東京地裁に請求した。
時期を同じくして与野党の各党が世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の財産の保全を可能とする法律案の策定に入った。旧統一教会に被害者救済法での寄付金の返還請求が増加すると解散命令を機に財産の海外への持ち出し、関連企業や関連団体、関係者への財産の移譲、隠匿等を行っても法的に制御はできず被害者を救済する為の原資が確保できなくなるのではないかという懸念に応じるためである。立憲民主党は新法案と起案する。一方、日本維新の会は宗教法人法第81条に2項を加えた案を提出した。11月20日には立憲民主党と日本維新の会が揃って提出していた法案を撤回し、新たに両党の共同法案を提出した。
立憲・維新の法案は2年間の時限立法である。なぜ2年という期間で区切るのだろう。第二、第三の統一教会が今後現れないとも限らない。法案の中身であるが、会社法を準用して財産を保全する案である。「宗教団体の目的を著しく逸脱した行為をしたことに係る裁判の請求があった場合、又は裁判の手続きを開始した場合、諸官庁、利害関係人若しくは検察官の請求により、その事件の決定があるまで当該宗教法人の財産に関し、管理人による管理を命ずる処分その他の必要な保全処分を命ずることができる。」とし、保全処分の前提となる条件を以降に定めている。ひとつは「当該宗教法人による不当な寄附の勧誘その他の行為によって生じた損害の賠償に係る訴訟、示談の交渉及び国の行政機関その他の関係機関に対する相談に係る状況その他の事情に照らし、当該行為によって、相当多数の個人において、多額の損害が生じていると見込まれること。」ともうひとつは「当該宗教法人の財産の構成、国内から国外へ向けた多額の送金その他の当該財産の第三者への移転に係る状況その他の事情に照らし、当該財産の隠匿又は散逸のおそれがあること。」である。国内から海外へ向けた多額の送金と明記しているあたりが旧統一教会に対する措置であることが明確に窺える。会社法の準用については第825条から第827条、第905条、第906条において、「管理命令を」を「管理人に財産の管理を命ずる処分を」に、「法務大臣若しくは株主、社員、債権者その他の利害関係人の申立て」を立憲案も維新案も「諸官庁、利害関係人若しくは検察官の請求」に、「申立て」とあるのは「請求」と、「法務大臣」とあるのは「所轄庁又は検察官」と読み替えることで準用することにしている。前提条件に関しては附則にて「裁判の請求があった場合又は裁判所が職権で同項に規定する事件の手続を開始した場合における宗教法人の財産の保全についても適用する。」ことを規定している。
一方、自民党・公明党・国民民主党案であるが、対案にすらなっていない。立憲・維新案が旧統一教会の財産を保全することを可能とする法案となっているが自民・公明・国民案では「憲法が保障する財産権を制限するような措置は難しい」として法制化に踏み込んでおらず、財産目録の作成と報告を義務付けているだけに留まる。自民・公明・国民案は被害者からの請求があれば財産目録を閲覧できるようになることと、被害者が不当な寄付の返還等を求めて訴訟するにあたり、日本司法支援センターから代理人費用や訴訟経費を立て替えてもらえる仕組みの導入が創設されるとしている。その対象を審査し特定被害者と特定宗教法人に指定して制度の対象とすることになる。自民・公明・国民案は結局のところ被害者の自助努力を促し、費用と手間を援助する制度を導入するだけの案と言っても過言ではない。旧統一教会の解散請求にまで乗り出したにも関わらず被害者救済の原資となる旧統一教会の財産を保全する規定には反対している。これでは財産目録を作成し報告さえすれば被害者救済に財産を充てずに処分したり、海外送金したり、役員名義に変更したり、関連会社に譲渡したり、そうした救済逃れのお墨付きを与えるような法案になってはいないか。自民・公明・国民案も議員立法であるから、今回は例外的に公明党を抜きにして自民党単独案を検討すべきだ。このような法案を出すことで逆に創価学会を支持母体とする公明党への配慮であると、公明党との連立の弊害を指摘される結果になりかねない。
結局、12月に入り与野党は法案成立の為に一本化した。維新・立憲が自公案に相乗りする形で衆議院において賛成多数で可決した。自民が法案の付則に「施行後3年を目途に財産保全措置のあり方を含めて法律の規定に検討を加える」と付け加え野党に向けた微細な法案修正を行うことで決着した。国民民主党を加えて過半数を大きく上回る議席を持つ与党の前に維新や立憲は成す術がなく恥を忍んで尺寸之功を立てるしかなかったと思われる。れいわ新選組だけが議決に反対した。法案が教団の財産を監視するだけで保全する権限を持たないことを主な反対理由としている。
さて、保全法案について内容を検証したが、そもそも論として旧統一教会の財産を保全するにはそれに相応する被害者の債権が必要なのではないか。その債権を確定するには個別の損害賠償訴訟での司法判断を経る必要があるはずだ。旧統一教会の財産の保全を可能とする法律案の国会審議に合わせて寄付金等の返還訴訟をスピードアップすることは三権分立の原則に反するし、特定の団体への弾圧にもなりかねない。被害は寄付をした本人だけであるとは限らない。家族や親族の財産を持ち出していたり、唆して所得していたり、更には他人から借り受けて寄付に及んでいる可能性もある。また、寄付したことで将来の相続財産を毀損したり、進学や留学などの機会を享受できなくなったり、家族の名義を使用し無断で寄付したことを信者本人が認めなかったり、債権を確定するには様々なケースが予想される。裁判手続きを開始したところで宗教法人の財産が保全されるべきであると考えるが複雑怪奇が予想される寄付についてどこまで債権として認められるのか皆目見当がつかない。
旧統一教会の被害者が多数出ていることや母体が海外にあることなどから本法案の成立はたとえ骨抜きであっても法的処置をとらず問題を放置するよりかは余程ましという考えがある一方でれいわ新撰組のいう包括的な財産の保全が規定されなければ財産が海外などに散逸するので本法案には反対するという考えもある。れいわ新選組の主張は正論であるが多勢に無勢であり何も生まないし何も前進しない。立憲民主党と日本維新の会が法案を撤回したことは与党に対して迎合的であり果報になびいた印象は拭えない。
とりわけ、債権の認定に関しては社会の風潮と隔して慎重であらねばならないし冷静な司法であらねばならない。
参考
自民公明国民 特定不法行為等に係る被害者の迅速かつ円滑な救済に資するための日本司法支援センターの業務の特例並びに宗教法人による財産の処分及び管理の特例に関する法律案
https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/houan/g21205010.htm
一日も早い財産保全の法整備の実現を「旧統一教会財産保全法案」を衆院に提出
https://cdp-japan.jp/news/20231121_7036
被害者救済法、処分基準の要件が厳しいと懸念 幅広い救済に向け検討 旧統一教会被害対策本部
https://cdp-japan.jp/article/20230302_5530
旧統一教会“被害者救済法”成立 問われる「今後」BS朝日