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着物de骨格メンテナンス 睡蓮

仮死状態でこの世に誕生

2018.10.06 13:03



私ってこんな人

第1回は、誕生から♪

さて、私の50年間は何回で語れるか(≧∀≦)

 

 

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あなたのカラダと着物ライフのアドバイザー美脳わふくメンテナンス

五十嵐  佐知子は

1969年2月4日 おやつの時間に新潟県長岡市の小さな産婦人科で帝王切開にてこの世に

誕生!この誕生にも一波乱あり

 

 

 

 

実は出産予定日は2週間前

今の帝王切開は出産可能な日で出産の

日を予め決めその日に出産ですが

その当時は陣痛を待っての帝王切開

だったようで、

一向に生まれる気配のない私に

さすがの先生も

「いい加減出したほうがいいでしょう!」

という事で、無理やり出産となったようです


帝王切開でお腹から出てきた私は

母のお腹の中がよほど気持ちよかったか

この世に慌てて出てきたくなかったのか

産声もあげず、寝たまま

いわゆる仮死状態で生まれてきたようです(^^;;

 

 

 

 

 

生まれるだけでも結構普通じゃなかった私

この世に出てくるやいなや

逆さずるの刑でお尻パンパン

やっと鳴き声とともに呼吸をした模様

(母の証言なのでどこまで本当か(^^;;

仮死状態は母子手帳に記載があったので本当かと・・・)

 

 

 

 

 

 

 

それからは多分すくすく育った私

 

 

 

 

 

 

 1972年5月には妹が誕生し

お姉ちゃんとなたのでした^ ^




皆さんは自分が小さい頃の記憶って

どのくらいからありますか?

5歳くらいでしょうかね、

私もいろんな記憶を断片的ですが

覚えているのは幼稚園

 

 

 

 

 

その幼稚園選択がまた面白い

実はうちの目の前には幼稚園が1つ

あったのです。普通はそこを選ぶ

ギリギリまで寝ていたい妹は

その幼稚園に迷わず行きました!

 

 

 

 

でも私は、いとこが通っていた家から車で

15分ほど離れた幼稚園を選択、

選択理由はバスで通えるから

2階から1階に降りるのに大きな滑り台があったから!私にはそれがすごく魅力的だったんですよね^ ^ よく覚えている光景の1つです♪

 

 

 

 

 

さて、幼稚園時代の私はと言いますと

毎朝、紺の制服に紺のリボンが付いた麦わらぼうしをかぶってバスに乗って通うわけですが、バス通園が楽しくて楽しくて

毎日、喜んで行っていたのはなんとなく覚えています。中には毎朝、玄関で大泣きしている子もいてどうしたんだろう?

と思ったかどうだか

 

 

 

 

 

 

学芸会ではいつも主役で

浦島太郎では乙姫様

しょじょ寺の狸囃子ではタヌキ(≧∀≦)

カラダは早生まれだし小さかったと思うんだけど、態度は大きかったのか⁉︎

 

 

 

 

 

トランポリンで捻挫しても何もなかったふりして、家に帰ってお父さんに腫れてる足を見つけられ湿布を貼って治療してもらったり、

家ではキーホルダーを噛んで

歯に挟まって抜けなくなりペンチで切ってもらうなど

とにかく何をやらかすかわからない子だったみたいです♪

 

 

  

 


でも、今回こうやって誕生から幼稚園の

自分を思い出して一番心に響いたことは

4歳の娘の意見を尊重して

行きたい幼稚園に行かせた両親の事

そして自分が「自分はこうしたい!」

っていう意思がちゃんとあったという事

 

 

 

 

同じ立場になった私は娘に対して

意見も聞かず親の都合で保育園を勝手に決め今更ながら反省です

 

 

 

 

 

 いや〜

うちの親ってすごいな!

 

 

 

 

 


 

さてさて、

 自分のことを書いてみようと思って

一体どのくらい書けるんだろうなんて

始めたけど、以外といろんなこと

思い出すものです!

幼稚園でこんなに書いてしまいました

 

 

 

 

  

小学校のもっとおもしろ話は次回に回したいと思います!

 

 

 

 

 

 

今回の収穫は我が両親の偉大さに気付いたこと!さて、次回はどんな私と出会い、どんな気づきがあるのか自分でも楽しくなってきました^ ^!皆さんもやってみませんか、

自分の生い立ちを文字にする作業!

結構おススメです♪



こちら、その両親です^ ^