始まりの地 香港とマカオへ③ 2023.12.10 07:22 朝、6時半。2時間程度の時差ならほぼ感じず、翌日から日本と同じ時刻に起きことができた。外はすでに晴れていて明るかった。初日の夜はまあままよく眠れた。どうやら深夜にこの宿に到着した客がいたらしく、部屋の外で話し声が聞こえ、夜中にはいびきまで聞こえてきた。しかし私が起きたときにはすでに出発していたようで、数時間の睡眠の後にずいぶん忙しく出ていった客がいたようだった。しばらくぼんやりした後、朝食を調達がてら、7時過ぎに散歩に行ってみることにした。隣の部屋のSさんはまだいるのかどうか分からないが物音がしないのでそっとしておくことにした。宿の道向かいはビルの間にすっぽりとはまるように「九龍公園」が広がっていて、ぼくは入ってみることにした。 公園らしく、ジョギング、ウォーキングをしている人や、屋外プールがあり、すでに泳いでいる人がいるから驚いた。また、屋内プールもあり、これまたすでに開いている。広場では太極拳だろうか、キラリと光る模擬刀を片手にゆらりゆらりと動作をする高齢者が10数人いた。 さて、公園を抜けて反対側へと出る。香港では朝食を外で食べる文化だという。そのため、家庭によって行きつけの店があるという。どこか、ローカルな食堂を探して裏通りへ向かってみる。 朝市、というわけではないだろうけど、すでに野菜の露天が並んでいた。いくつか定食屋のような、10人でいっぱいになってしまうような狭い店を見つけたがメニューはどんなものだろうか、一体いくらなのだろうかと店内を覗き込んでいるうちに他の客に席を取られてしまい、結局入れず。仕方なく、また歩き出す。すると、どうやら昨夜の散歩で通った道に出たようで、昨夜もずいぶん盛っていた店にぶつかった。席はすべてテラス席で、「店内に入る」という心理的なハードルもない。客層はどうやらほとんどがお一人様、しかもおじさん達。どんなものを食っているかと見れば、ラーメン、目玉焼き、食パン、ドリンク。すんごい組み合わせだな・・・。しかし、皆がそのメニューを食べているのだから、ここはそういった店なのだろう。直感で私は空いている席に座った。メニューはよく分からないため、グーグル翻訳機能を使う。瞬時に日本語に変換してくれるこの機能、本当に未来のアイテムだと思う。せっせと他の客にメニューを運んでいるおばちゃんを呼んで、指さして注文。他のおじさん達が食べている物とおんなじものがすぐにやってきた。 香港は物価が高い。そして、先進国の日本円が安すぎるため、こんな目玉焼き、サンドイッチ、インスタントのラーメンなどで600〜700円する。けれども、到着二日目の朝に、こんなローカルなところに忍び込んで、地元の人とおんなじ物を食べる感動といったらない。私はその嬉しさでニヤニヤしながら、ラーメンを食べ、目玉焼き、パンを食べた。宿のチェックアウト時間が近づいてきているため、いったん戻る。9時を過ぎていたため、Sさんはすでにチェックアウトしていた。 今夜もこの個室を使えるならば泊まろうと考え、隣りのビルの受付に行ってみる。しかし、ドアが開かない。ドアの脇に電話の子機が置いてある。『ドアが閉まっているときは、この電話でこの番号にかけてください。』うーん、電話での英語のやりとりは苦手なんだが、、、かけてみるか。電話がつながり、おそらく昨夜案内してくれた方が出る。今夜も、同じ料金であの個室に泊まらせてくれないか。と聞くと、昨夜は他に客がいなかったから、個室料金はいらなかったが、今夜はまだ分からない。もし個室に泊まりたいなら今夜は個室料金がかかる。との返事。もっともな解答ではあったが、個室料金はクオリティにしては高額なため、他を探すことにして、「考える」と言って電話を切った。さて、鍵はベッドの上においておけば良いとのことだったので、再び部屋に戻り特に誰とも顔を合わすことなくチェックアウト。ウズベキスタンの旅のときもそうだったが、ザックが重い・・・。しかし、無駄な荷物は一切入ってはいない。むしろ、他の日本人旅行者からみたらかなり厳選した荷物だと思う。とはいえ何が重いかというと、 一眼レフカメラ、それにレンズだ・・・・。加えて、三脚・・・。ぼくにとって旅先でシャッターを切ることは旅を楽しむ上で欠かせない行動の一つ。特に人物を撮るときは、いくらiphoneのカメラが進化しようと一眼レフには到底かなわないのだ。それに一眼レフを持っているだけで、人物や風景、何気ない場面の視点の持ち方が違ってくる。つまり、旅をより良いものにしてくれるのだ。さて、今日は昨晩、夜景を見たビクトリアハーバーを「スターフェリー」という連絡船で渡り、香港島へ行ってみる。 この連絡船「スターフェリー」も「深夜特急」に出てきたもので、いざ自分も乗ることになると思うとワクワクする。乗り場へ行き、地下鉄と同じく「オクトパスカード」にて改札をタッチして通過。湾の下を走っている地下鉄に乗ればあっという間に島へ行けるため、わざわざ連絡船に乗るのは観光客だけということになるが、席が埋まるほどの客はいる。 ミニクルーズといった感じで、安価で香港の高層ビル群を海側から眺められるのは楽しい。乗船時間は10分ほど。香港の銀行が集結しているという香港島へ到着。不思議な島で、100万ドルの夜景を形成する高層ビル群が海沿いに何キロも続いているが、島の中心へ行くほど傾斜がきくつなり、山になる。その山頂が「ビクトリアピーク」と呼ばれる観光名所で100万ドルの夜景を見下ろす超有名観光地となっている。家族やカップル旅行者には人気だろうが、遺跡巡りバックパッカーの私が訪れる場所ではないようだ。私は香港島のメイン通り数キロを歩いてみることにした。海沿いを歩くなら平坦だが、少しでも山側の通りへ行こうものなら急傾斜の階段が待っている。ビルとビルに挟まれた、狭い道路、その歩道を行く。 見上げるビルは細く、高く、蜂の巣のようにびっしりと部屋が詰め込まれていて、密集といった感じだ。 その袂にお寺なんぞあるもんだから不思議なのだけど、よくよく考えれば東京だって、ビルの乱立する街中にお寺があったりする。そもそもお寺が先に建っていて、近代の経済発展に伴ってビルができただけであって、結果的にお寺が囲まれてしまっただけなのだ。お寺の中に入ってみると線香がスプリング状に巻かれて吊るされていて、煙が充満している。日本のそれと同じように参拝客が訪れていて、線香を奉納したり、手を合わせて祈ったりしていた。 お寺の見学の後は骨董品店が並ぶ通りを経て、再び大通りへ。この道をただひたすらに歩いて散策することにした。しばらく歩くと、ずいぶん人通りが多くなってきたことに気付く。どうやら金融街へ入り、ビジネスマン達が昼休憩で外に出てきているようだ。スーツの男女が大勢行き交う近代的な通りを、私服、Tシャツ、デカいザックを背負った私が歩いているのはさぞかし稀有なことだろう。日本で言うならば、平日のお昼時の東京丸の内みたいなもんだ。なんだか恥ずかしくなり、幾分歩く足を早める。海外の旅へ来ると気を張っていることもあり、あまり腹が減らない。お昼ではあったが、特に何か食べる気もおきない。ちょうど、噴水広場のような場所があり、座れそうなので一休みすることにした。そうだ、今夜の宿を探さねばならない。ブッキングドットコムなどをしばらく探す。繁華街からは離れるが、安くて、シングルの部屋でシャワーもトイレもある部屋があったため、予約。今夜の目的地が決まり、一安心して、再び歩きだす。香港島のもう少し東の端まで行ってみることにした。百貨店SOGOのある繁華街。 神社。 全ての荷物が入った重たいザックを背負っている割には随分歩いた。3月、4月とトレランのトレーニングはバックパッカーでの大量の行動にも活かせるため、両者が良い影響の上に成り立っていて嬉しい。帰りは地下鉄に乗り、再びフェリー乗り場近くまで戻ってきた。ビクトリア湾のスターフェリーに乗り込み、ミニクルーズを楽しみながら戻る。もしかすると、海外の旅には何かギャンブルや薬に似た中毒性があって不安やリスクがあることは承知の上、それを遥かに上回るアドレナリンがあるのかもしれない。お金のようにそれは決して数値化できるものなのではなく、全くもって個人の感覚に委ねられていて、しかし「最高だな」と言うような何か数値があるとしたら限界値まで振り切っているほどの感覚なのだ。高いとか、安いとか、どうしても人はお金の値に左右される。これは世界共通の指針であって、誰にでも理解できるし、理解させやすい。しかし、楽しい、とか幸せとか、そういった感情、感覚には他人と比べる値がないため、誰が上で誰が下だとか理解しに食い。それが時に嫉妬の対象にもなり得てくる。そしてそういった、無意識に比較してしまう現代において、圧倒的に比較にならないのは、自分が人生の主人公だと思える瞬間がやってきてくれること。裕福な誰かも、貧しい誰かも、そこでは全て登場人物となって主人公の物語に味わいを与えてくれる。香港。ここもまた、圧倒的な物語を与えてくれている。