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みーちゃん

はなうた

2018.10.10 14:02

人には治らない癖があって、

わたしにとっては、鼻歌がそう。

ご機嫌で歌ってるイメージが強いけど、

それ以外にもいろいろ。


急ぐから、すごく集中してリズムよく作業したいときとか、

緊張するから、リラックスしたいときとか、

バックミュージックを流すように、つい歌ってしまうらしい。

本人は気づいてないので、

「それ、なに歌ってるの?」と聞かれて、

「えっ?わたしなにか歌ってた?」という、

へんてこな会話をすることになる。


いつからそうだったのかな?

高校生の、たしか卒業のメッセージで友だちが、

「みこと会って、鼻歌が歌えるようになって、

人生のさみしさが減りました」と、書いてくれた。

その頃はもう、かなり歌っていたんだろう。


そういえば子どもの頃、

布団に入って、寝付くまでがさみしいときに、

自分で子守歌を歌っていた記憶が、なんとなくある。


さらには、

高校生の頃、試験中にもうギブアップして、

ヒマだから頭の中で曲を流していたら、

ノリノリになりすぎて、

手を叩いてしまったこともあったなー。

当然のことながら、みんなが振り返った。

(邪魔してごめん!)


シンプルな暮らしをしている土地へ行くと、

音楽は、ごはんのような存在に感じる。

アジアの子どもたちは「歌って!」「踊って!」とよく言うし、

自分たちも、歌と踊りを披露してくれる。


フランスの雪深い村にいたときは、

楽器がうまい人が多くて。

自己流だから、それぞれ個性的。

雪が降り続けると、車も出せなくなって、

その小さな世界に、閉じ込められたようになる。

そんなときには、音楽と食べものを、

全身が喜び、沁み入る感じだった。


ここ数年は、

お祈りと瞑想が、わたしの世界の中心だったから、

静けさを求めて、無音の世界にいることが多くて。

自分の中に静けさが生まれたから、

またもとの世界に戻ってきたような…。

そうして今また、音楽の楽しさに目覚めると、

空っぽのお腹に食べ物が入ったように、

音の豊かさが、こころと体によく響く。


わたしにとってのはなうたは、

鼻歌、というより、花歌。

この世からいろんなものがなくなったとしても、

音を楽しむことは、あり続けるだろうなー。

そんな気がする。