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WUNDERKAMMER

私の耳は貝の耳

2018.10.11 14:10

自分なりに恐かった事を書いてみようと思う。

もう4、5年は経ったし、何より関係者全員無事に生きてる。

恐い思いだけだったんだからいいやと思う反面、やっぱりあれは何だったのか不思議で仕方がない。

つたない文章だし、あやふやな表現もあるかもしれない。そこは勘弁してほしい。

本当に体験した出来事なのに、いまいち自分の中で未消化なもので。


事の発端は、仲間と飲みに行った時。この話は、実は他のスレでも書いた事がある。

その時は全部書ききれなかったので、今回書かせてもらおうと思う。

仲間8人で居酒屋に飲みに行った時の事。早くに酔い潰れてしまった女の子がいた。俺の友人の連れだ。

座敷で広い座卓に突っ伏して眠りこけた彼女を、ほっといて俺たちは楽しんでいた。

そろそろ帰るかという話になり、彼女を起こそうとするが起きようとしないので、

誰かが「携帯鳴らしてやれよ。起きると思うぞ」と言いだした。

彼氏である友人がニヤニヤしながら、彼女の携帯に呼び出しを始めた。

音から察するに、携帯は彼女の突っ伏した腕の下にある事がわかった。

携帯ストラップも腕の下から覗いている。

10秒鳴らして、周囲の迷惑を考えてか、友人は鳴らすのを止めた。

「あ~駄目だわ。こいつ、寝起き悪いんだよね」

酒も入ってるし、無理に起こすのも可哀相だからと、しばらく待つつもりで俺たちは腰を降ろしたその時、

友人の携帯にメール着信が入り、開いた奴の顔からいきなり血の気が引いた。

「うわ、なんだよ…これ。」

なんだなんだと、俺たちの間でそいつの携帯がまわされた。

差出人は眠りこけてる彼女。本文は『眠い、寝かせてよ。』

彼女の携帯は、ずっと彼女の腕の下だ。ストラップも見えている。

すうっと首の辺りが寒くなった気がしたものの、

飲みに来ていた他の仲間は、「よく出来た悪戯だろ。すげえな」と感心したので、

俺たちもその答えに納得して、その夜はお開きになった。


それからしばらくして、俺は仰天する事となる。彼女が亡くなったのだ。

もともと体は弱かったらしい。詳しく聞くのも悪いと思ったので、結局聞いていない。

彼氏である友人の希望で、俺は付き添って葬式に出る事になった。

他の仲間もやってきて斎場へ向かい、受け付けを済ませ、

式の邪魔にならないよう、隅の席で小さく無言で固まっていた。

読経が始まり、皆うなだれている。その時ふと、飲み会の事を思い出してゾッとした。

そしてなぜか、そこに居る仲間たちも自分と同じ事を思い出しているに違いない、という気持ちがした。

じき、焼香かなという頃、いきなり携帯が鳴り始めた。おそらく、その場に居た全員の。

勿論俺たちは消音にしていた。でも、相当数の携帯のバイブが一斉に反応したので、かなり音が響く。

中には会場に入る前に消音にし忘れた人もいて、あわてて切っていた。

呼び出しは始まりと同じく、いきなり切れた。全員一斉に。俺たちは黙って、顔を見合わせるしかなかった。

斎場を出て各々携帯を調べたら、確かに同時に着信があった事がわかった。それも非通知。

非通知着信拒否設定も意味がなかったらしく、女の子の中にはパニックに陥る子もいた。


喫茶店に入って、これまでの事を話し合った。

飲み会に来ていなかった連中に説明をしたり、逆に俺たちが知らなかった他の事件について教えてもらったり。


結論として、亡くなった彼女はかなり不気味な存在であることが判明した。

俺の知ってる彼女は内向的。おとなしく、どちらかといえば地味。

控えめな人好きな友人のチョイスなので、あまり気にはかけなかった。

飲み会でも喋らずに黙々と飲んでるタイプ。

ブスでも美人でもない。というか、印象が薄くてすぐに忘れてしまうんだ。


覚えてるのは、貝殻が好きだった事。いつか、店先でインテリアの貝殻を手にとって耳にあてていた。

「私の耳は貝の耳。海の響きを懐かしむ」と口ずさんでいた。多分詩だと思う。

「それ、海の音じゃないよ。自分の体の中の音が反響してるんだってさ」

と、ロマンの欠片も無い俺が茶化すと、ぼんやりした生気の無い彼女の顔に一瞬笑みがのぼった。

「〇君も、そのうち自分の貝殻に耳を傾けるようになるよ。今にね。きっとそうなるよ」

「そうかな、楽しみだね~」なんて笑って肩をすくめてみたが、

彼女は真剣そのもので、反応の薄い彼女にしちゃ珍しいな、くらいにしか思わなかったんだ。

彼女の言ってた事が、今回の件だったのかは最後までわからない。


他の奴も、彼女の風変わりさに気付いていたらしい。

ある女の子は、彼女が他界する一ヵ月前に街中で会って、しばらく一緒に歩いていったそうだ。

買い物したらしくショッピングバッグをいくつか持っていたので、手助けすると彼女はとても喜んだらしい。

「あなたには特別に教えてあげる。私ね、ちょっとだけ先の事がわかるんだ」

女の子は面白い冗談だと思ったようで、

「すごいじゃん。株とか先物取引とかわかったらお金持ちになれるよ」と、相づちをうったらしい。

「そういうのはわかんない。興味ないからね」と言われ、「どういうのがわかるの?」と尋ねると、

誰も居ない交差点の角を指差して、

「あそこに居る男の子わかる?あの子はあさってここで死ぬんだよね」

そこまで聞いて全員顔を見合わせた。

「それって〇のとこの?」

女の子は首をたてに振った。

「だって、冗談だと思ったんだもん」

死亡事故は、その通り起こっていた。彼女は日にちも言い当ててた事になる。


彼女の彼氏、つまり俺の友人は重い口を開いた。

「あいつ、慢性的にこの世に恨みをもってたよ。それでいて、時々猛烈にこの世界に愛着を感じていた。

 多分、心を病んでたと思う。

 俺がどうかしてやれるかなと思ったけど、駄目だったらしい」


以下、奴の話。

バイトで知り合った二人が、付き合い始めてしばらくして、彼女はよく友人に話していた事があった。

彼女は時々、まとまりがなくなるというのだ。

普通の人のように形状を維持できない。分散してしまう。この板でいうと、アリス症候群みたいなものだろうか。

友人は彼女の分裂症を疑ったが、放っておけず色々話を聞いてやったらしい。

まとまりが無くなった彼女は、色んな物に部分的に入り込んだり、色んな物が見えたりするとの事。

飼ってる猫、掃除機、水の入ったコップ、石、そして携帯。

彼女が眠りながら、無意識か有意識か携帯を操ったのは、どうもここら辺らしい。

携帯電話に彼女の一部が入り込んだのか、はたまた彼女が携帯になってしまったのか。

まだその時は、手の込んだ悪戯だと思い込もうとした。やろうと思えば出来ない悪戯じゃない。

非通知着信拒否してた奴は、設定ミスか思い違いでもしてたんだろうと。

死んだ人を冒涜してる奴がいるかも、と思うと腹もたった。友人は実際、憔悴しきっていたし。

気まずい気分になり、帰るかという話になった。今日の葬式の携帯については忘れようと。

その時、また携帯が鳴りだした。メールの着信。差出人は非通知。全員一斉に。

『ねえみんな、面白かった?』

冗談にしてはひどすぎると俺が言い掛けたその時、女の子の一人が泣きだした。

電源を切ったのに着信したらしい。


半狂乱の仲間たちをなだめて、帰宅したのは夜遅くなってから。

疲れていたものの眠れるはずもなく、酒を飲んで気を紛らわせていた。

数日後、一通のメールを受信した。非通知。非通知着信拒否設定にしていたのに。

以下全文。


『○君、(彼女)です。急な事でびっくりしたと思います。

 年々私は生きてる感じがしなくなったので、もう死んでしまうんだろうな、ってわかってたよ。

 生きていても楽しくなかったし、意地悪な人ばかりで正直煩わしかったし。

 嫌いな人を呪い殺してやりたいよね。私にはそれが出来るし。

 でも、そうしようとしたら、

 (彼氏)君や、話を聞いてくれたり、慰めてくれた〇君や他の人達の顔が浮かんでくるの。

 この世に未練なんか残すんじゃなかったよ。

 どっちつかずで今も彷徨ってる。

 電波にのればどこにでも行けるんだよ。すごく便利。

 意地悪な人のとこに行って色々してやりたい。でも○君は賛成しないかな。

 困ったことに、どんどんまとまりが無くなってきてる。

 そのうち自分がわからなくなるかもしんない。

 その前に仕返ししたいなあ。引っ張るだけでいいんだよ。

 じゃあ、またね。』


メールを受け取る前日、俺は携帯のアドレスを変更していた。悪戯はもうこりごりしていたので。

明日になったら、必要最低限の人に新しいメアドを知らせるつもりでいた。

誰も知らない俺のメアドに彼女からのメール。

偶然というより、『私、こんな事出来ちゃうんだよね』というメッセージに思えた。

やっぱり彼女は病んでたと思う。それを自分で持て余してたようだった。

病んだ心で彼女が誰か引っ張らないか、間違えて俺や彼氏の友人を引っ張ったりしないかガクブルしてたが、今でも生きてるところをみると、彼女は分散してしまったに違いない。

彼女にとっては幸せじゃないかな?あれから誰も死んでいないし。

そのことを思うと泣けてくる。もっと優しく接してやれたのにってな。

そしたら、恨みなんてきれいさっぱり消えたかもしれない。

それから一年くらいして、『着信アリ』を観た。

あんな風にならなくてよかったと思った。