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すずまき*本と、紅茶と、あの頃と。#2

2018.10.28 11:00



#2 「天使の卵」×ヌワラエリアのティーソーダ

「この本めっちゃオススメ! こんな綺麗で繊細な恋愛がしたい!」


そう言ってこの作品「天使の卵」を薦めてくれたのは、大学のサークルの、ちょっといいなと思っていた1学年下の後輩くん(でも実は同い年)でした。

男の人でもそんな恋愛に憧れを抱くんだなぁ…と新鮮に感じ、少なからずキュンとしたのです。


当時わたしは大学内のミニコミ誌(情報誌のような冊子)を企画・編集・発行するサークルに所属していました。

サークルのメンバーは皆、本や漫画など文芸や音楽・芸術といったことに大いに関心のある個性的な人間ばかりで、毎日のように集まってはそんな話題で盛り上がる楽しい日々でした。


中でもその後輩くんとはとてもウマが合い、飲み会や合宿になると決まって互いの理想の恋愛について語り合ったものでした。

後輩くんは自身の恋愛話(失恋話が多かったけど)をよくわたしに話してくれましたが、わたしは理想の恋愛を語ることはあっても、自分の恋愛話は一切語ったことがありません。


実は当時、わたしには付き合っている人がいました。

彼は同じサークルの先輩で、わたしが入学した時は4年生でした。

わたしが2年になった頃、わたしの方から一大決心をして生まれて初めて告白をして、お付き合いが始まりました。

その頃彼は同じ大学の大学院生になっていて、サークルはもう既に引退していました。


彼はサークル内に二人の関係を知られるのをとても嫌がり、皆には内緒で…と強く望んでいました。

彼に心酔していたわたしは、それを頑なに守っていたのです。

なので後輩くんにはもちろん、他の仲の良かったサークルの友達にも、このことは話していません。


しかしその関係は非常に微妙でした。

「誰にも内緒」というのは最初はとてもスリリングでドキドキして、中学高校と恋愛経験ほぼ皆無のわたしにとっては刺激的なものでした。

が、だんだん「あれ?」と思い始めます。


「わたしたちの関係って何?」


思い切ってそう彼に尋ねたことがありました。

返ってきた答えは、


「二人の関係に、今は名前をつけたくない」


言われたその時は「カッコいい…」とほわわわぁぁ、となってしまったわたしでしたが、いやいやいやいや、後から思い出すと「は???」です。


自分から告白して、舞い上がっているのは自分だけなんじゃないかな。


彼はわたしのこと、何人もいる女友達の中のひとりくらいにしか思ってないんじゃ…?


そんなことを思い始めた頃、薦められたこの作品。

後輩くんのように、こんな恋愛がしたい、とまでは思いませんでしたが、わたしは主人公の想い人・春妃に強く惹きつけられました。

春妃は儚げで頼りなく見えるけど、芯はしっかりしていて強く、ブレない女性。

そんな彼女を、主人公は真っ直ぐに追い求めます。

読めば読むほど、女は追いかけるより追いかけられる方が、愛するよりも愛される方が、幸せなんだとわたしに思わせました。


そういえば昔、祖母も言ってました。


「女は愛されてナンボやで」


幼い頃はその意味もよくわからなかったけど、そういうことなのか、な?


わたしはそのあと就活を理由に彼から距離を置くようになりました。

決まったら報告します、と言ったまま、実際なかなか決まらなかったのもあって、そのまま自然消滅。

彼の方からは全く連絡はありませんでした。


次の恋愛は絶対に自分のことを好きになってくれる人としよう。


そう心に決めました。

なので後輩くんのことは少し気にはなっていましたが、自分からアクションを起こすことはありませんでした。

後輩くんとも卒業してからは一度も会っていません。


自分のことを好きになってくれる人、その人が現れるまでに、わたしは春妃のような女性になりたい。

辛いことや苦しいことがあっても、ちゃんと自分の足でしっかりと立っていられる女性に。


今久しぶりに「天使の卵」を読み返して、合わせたい紅茶を考えた時、ふと思いついたのがヌワラエリアのティーソーダ。


ヌワラエリアは、スリランカの紅茶、いわゆるセイロンティーの種類のひとつ。

わたしの中では清楚で女性らしく、凛とした、春妃のようなイメージの紅茶。


…そういえば初めてヌワラエリアを飲んだのは、彼に連れて行ってもらった大学近くの紅茶専門店だったっけ。

彼も紅茶好きだったので、いろんな紅茶専門店や喫茶店に連れて行ってもらいました。


そんなヌワラエリアを水出しならぬ炭酸水出しにした、ティーソーダ。

しゅわしゅわと刺激的で、刹那的な淡いセピア色の水色…あの頃のわたしの恋心のような。


瞬間で消える泡のあとに、切なくなるようなヌワラエリアの心地よい渋みが広がります。

甘やかで、でもチクリと痛い、あの日の恋。


あれから多くはないけれど、いくつか恋をして、今のわたしがいる。

春妃よりもずいぶん年齢を重ねてしまったけれど、わたしは春妃に近づけただろうか?

春妃より大人になれた気もするし、全然大人になれてないような気もする。


でも。


あんな恋はもうしない…もうできない、から。


今だけは「天使の卵」とヌワラエリアのティーソーダで、あのもどかしい日々を想う。


先輩、あの頃のわたしたちの関係、今なら名前はつけられますか?


…会って聞いてみたいような、聞きたくないような…。


「天使の卵」村山由佳 著
集英社文庫(1996年)





text & photo by すずまき

紅茶コーディネーター、紅茶学習指導員。
普段は某大学で図書館司書(パート)の仕事をしています。
学生の頃の夢は「良妻賢母な司書の小説家」…とりあえず 「妻」と「司書」にはなれました。
書くことが好きで、書き出すと止まらなくなります。