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逆のものさし講新聞 「後世への手紙」

10月16日 火曜日「修羅」

2018.10.16 09:00




心が何に渇いているのか、それに気付くまでは人間ではありません。残念ながら(笑)

私もあなたも人間ではなかったのです。アーメン。




逆乃者尺録で吉川さんが書かれている、仏教の十界互具「地獄・餓鬼・畜生・修羅」。この心は何かに固執している状態と言えます。固執というと難しいですが、簡単に言うと手放せないっ!っと力んでいるんですね。



例えば、修羅を私なりに考えてみます。

ある種類の修羅ということで…。

さまざまな修羅がいます。赤鬼、青鬼…などなど。



修羅の世界に生きている人から皆さんが受け取る印象は敵意です。もっと深い場合は憎しみ。



敵、敵、敵。常に争いが絶えません。

まわりを「敵と思うことを手放せない」のが修羅。なぜ修羅は周囲を敵と思うのか、それは物心ついた時、すでに周囲が敵だったから。

敵に囲まれ、戦うことで必死に自分の心を守ってきました。

優しく守ってくれるはずの人が自分を守ってくれない、そればかりか大切な人に利用されたり、都合の良いおもちゃにされたのかもしれません。



おぎゃーと生まれた時から修羅ではありません(笑)なかなか「てめー」と言いながら産まれてこないように。



幼い子供は甘えたい。でも甘えを満たしてくれ保護してくれる人はいない。心の世界を守ってくれる人がいなければ子供にとって世界は怖いもんです。常に襲われやしないか警戒して過ごすしかありません。

「自分は誰にも守られていない」という絶望、

誰よりも愛を求め、何度も傷ついたのでしょう。

もう嫌だと感情にフタをして心の奥深く埋めてしまう、しかし埋めたから消えることはないのです。

深く封印された気持ちは、薫習の世界まで降り積もっていくんです。



根源的には守られていないという恐れ。

大人になっても薫習された恐れは消えていません。

人間関係でも心理的恐れから自分守ることに都合がよければいわゆる仲間として大切にしますが、自分を攻撃するもの不安にするものには容赦がありません。




戦いです。常に戦い。

こうして修羅は自分を受け入れなかった世界を憎むようになり、敵意をもちます。




心の深い部分

もっとも愛を求める人が修羅になります。

誰よりも愛を求めながら、愛から離れて行くことを止めることができないのが修羅ではないでしょうか。