映画『ゴッホ 最期の手紙』(2017)鑑賞。
2013年10月、私はゴッホ終焉の地オーヴェル=シュル=オワーズへ行きました。Paris旅行6回目くらいのころでしたので、だんだんと主要なParis観光よりも、Paris近郊の画家のゆかりの地巡りが私の中で流行っていたころです。
1997年、社会人になったころから欠かさず毎年海外旅行をしてきて、なんだか「スタンプラリー」のように、行ったことがないところをツアーで周る旅ばかりをしていた私は、2011年ころから「同じところに行き続ける」という私にとって苦手なことに取り組んでいました。それは同時に自分の「傾聴の仕事」を深めることにもつながるだろうという、深め深め運動でした。そうするとだんだん、「画家」たちの生き方に憧れを抱くようにもなりました。
2002年ころ、まだTVを観ることがあった時代に「ゴッホとテオ」の物語を視聴したことがあり、魂に響くほど感動しました。だからそれから12年経過して、独立して好きな時に旅行へも行けて、しかも一人旅もできるようになった大人の自分は、憧れの「オーヴェル=シュル=オワーズ」へ出発したのです。
Parisからバスで45分のところにあります。マイバスの午後のツアーを申し込みました。もう10月の終わりころでしたので、「今日がこのツアーの最終日」と添乗員さんが言っていました。しかも、「このツアーでこんなに晴れたことはない!」そうで、秋晴れの心地の良い午後でした。
ゴッホの絵の中の建物をいくつも観ました。とくに、ちょっとおどろおどおしいオーヴェル=シュル=オワーズ教会は感動でした。ゴッホの構図の中にいる人と同じ位置で、記念写真を撮りました。私のほかにも、ここに来ることが夢だったご婦人もいらして、感動を分かち合いました。
ゴッホ終焉の地ですから、お墓やゴッホの宿泊していた最期を迎えた部屋へも入りました。外は秋晴れでしたが、その部屋は一気に闇に感じました。しかも狭いです。こんなに偉大な巨匠が、ここで最期を迎えるなんて、人生はどうなっているのだと思いました。
自殺か他殺か? この映画でその謎を解こうと、郵便局員の息子がオーヴェル=シュル=オワーズのゴッホゆかりの人々を訪ねるお話です。28歳のある日突然画家になることを決め、Parisを目指し、毎日絵を描き続けて、天才だけど売れず、弟のテオの仕送りで画材も購入していました。画家たちのユートピアを作ろうとアルルに引っ越して、仲間を呼び寄せようと手紙を書いたらゴーギャンが来て、嬉しすぎてゴーギャンの部屋に飾るためのひまわりの絵も描いて、歓迎したけれど、空想主義と現実主義とでは、毎日討論の日々。耳切事件まで起こし、ゴーギャンとは2か月でお別れ。それからますます孤独になって、精神病院にも入り、復活してきたころオーヴェル=シュル=オワーズの宿に身を寄せたけれど、今度は精神科のガシェーとも最後は公論になり、それがきっかけかどうかは、真実は闇の中。37歳の若さで他界してしまったのです。だから、年齢が近い38歳のときに、ゴッホゆかりの地へ行きたかったのです。
この映画を観て、再びゴッホの生涯を思い出しました。毎日8時から17時まで絵を描き、弟のテオに何時間もかけて手紙を書くという、同じ日々を過ごしながら、結局成功を収めたのは、死後のことでした。
ちなみにこの映画の素晴らしいところは、ゴッホの絵がアニメーションになっているのです! 100人のスタッフたちが描いたそうです。プロジェクターで観たので、絵画鑑賞をしているような気分にもなりました。ゴッホの絵は「深い青に瞬く黄色の星」がとても印象的です。ただ見たままに描くだけでなく、独特の感受性を通してアウトプットされた個性があの時代としては大変珍しかったのではないでしょうか。時代がまだ追いつく前に。唯一無二。ゴッホ、カッコイイです。
◎私の旅行記