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懸魚

【GWT】【K暁】彼等は如何にして栗を食ったか

2023.12.19 14:19


「栗とか、いいな」

 KKのふとした言葉を、耳が拾い上げた。

 それを叶えてあげたいなと思い、暁人は「いいね」と返した。


 *


(ここに入るな。死にたいのか)

 惨殺された老爺の霊は、そう警告した。

 老爺が立ちふさがる木戸の奥には、すっかり荒れ果てた小さな庭が見えた。彼が血まみれになり、倒れ伏し、最期を迎えた場所だ。

 独り身だった家主の死から既に五年が経過していた。

「死ぬつもりで来たんじゃねぇよ」

「僕たち、話を聞きに来たんです」

 今日もおそろいのタクティカルジャケットを決めた暁人とKKは、いかにも頑固そうな老爺を根気強く説得する。

 空き家に霊が出るというお手本のような噂の調査のため、二人はここに来た。

 数年前まで刑事だったKKは、実際にそこで起きた殺人事件を知っていた。そしてKKが刑事職を辞してゴーストハンターになり、今に至るまで、ついに未解決のままだったことも。

(あんたらに何ができる)

「少なくとも、あんたを殺したヤツの目星はついてる。それに…」

「この庭のどこが怪しいかもわかります」

 二人は阿吽の呼吸で言葉を重ねる。老爺はややたじろいだ。

 冷やかし半分の馬鹿者たちを追い払うための威圧ではなく、自身の最期と今の有様を憂う苦しみが、少しずつ青い霊体から滲み出る。

(…やめておきなさい。ひどいことになる。…今だって良くはないが、これ以上に死人を出すことだけは耐えられん)

 未練があって留まりながらも、老爺は憔悴していた。老爺を凄惨な死に追いやった原因は、今も変わらず庭にある。亡霊となっては何もできず、ただ次の被害者を増やすまいと、老爺は朽ちていく我が家に立ち続けていた。

「見上げた根性だよ、爺さん。だが、そろそろ肩の荷を下ろす頃合いだ」

「どうか、任せてください」

 しばしの沈黙を挟み、霊体はすうっと場所を譲った。

 コンクリート塀で囲まれた狭い庭には雑草が生い茂り、もう老爺が暮らしていた頃の面影は窺えない。だが奥に設えられた鉢植えの棚は当時のままだった。

 その鉢植えの草花もほぼ枯れ落ちて、うら寂しく砂埃をかぶっている。だが一つだけ、上段の真ん中に据えられた鉢だけが違う。

「すごい…」

 暁人が感嘆し、KKも深く頷いた。

 イロハモミジの盆栽だった。

 幹は太く雄大にうねり、広がった樹冠はまるで茜色の群雲のよう。荒れ果てた廃屋には場違いなほど、立派な古木だった。だが暁人がひとつ霊視の滴を落とせば、途端に盆栽から穢れが溢れ出す。

 惨殺事件が起きた廃屋に、常に紅葉している盆栽がある。

 それも噂が風化しない理由だった。空き家には確かに霊がおり、おまけに奇妙なモミジまである。雑草と老爺の霊に阻まれて滅多に人の目に触れることはなかったが、それでも人を惹き付けるには充分な美しさと不可解さだ。

(私の故郷の山から分けてもらった木だ。故郷の山は、そりゃあきれいな紅葉をするところだった…)

 老爺の霊が呟いた。

 よくよく見れば、モミジの根元には鳥居がある。ネズミしか通れないような、小さな小さな鳥居だ。老爺が木片で作り、苔に刺したものと思われた。

「時間が経った分、根が深いな」

 どろどろと再現なく流れ出すような穢れには、見てわかるコアが無い。おそらくもっと深い部分を探らねばならない。暁人とKKは頷き合う。

「爺さん、ちっと荒療治にはなるが、必ず祓うから安心しな」

「絶対に木は傷つけません」

 戸惑う老爺に構わず、まず暁人が盆栽に印を結んだ。

 すると穢れが波立ち、中空に黒い渦が現れる。場の空間が歪み、何処かへと繋がっているのだ。二人は迷わず、渦の中に飛び込んだ。



「…またはぐれた」

 暁人は肩を落とす。どうしてか、こういった空間に入るとKKと分断されがちなのだ。不思議で仕方ない。少なくとも、声の届く範囲に相棒はいないらしい。

 紅葉した山だ。

 起伏が激しく、所々に露出した岩肌が見える。岩山に根付き形成された森は、どの木も葉を真っ赤に染めていた。平生であれば美しく見えるはずの景色は、しかし異様に毒々しかった。

(ここは…)

 暁人は感じ取る。停滞した空気。曇天。言いようのない閉塞感。

 ここはあの世だ。

 文字通り、半死半生の目に遭った暁人だからわかる感覚だ。

 山ならそこかしこに溢れているであろう生命の気配が全く無い。動くものといえば梢にとまったカラスだけだ。カラスたちは鳴きもせず、餌を探しもせず、じっと血のような紅葉の中に身を潜めていた。

 暗い、暗い赤色をした紅葉だ。

 辺りを窺いつつ開けたところに出てみれば、いよいよここがこの世ではないと理解できた。

 山頂の方角には、天を覆わんばかりのモミジの巨木が、雲のような梢から絶えず赤い葉を降らしている。巨大すぎて全容もわからない。おそらく根元にあたるところには、これまた巨大な鳥居が鎮座している。生死の理も曖昧になるような、恐ろしくも幻想的な光景だ。

 長居していい処ではないのはいやでもわかる。

 KKがいないのはこの際仕方ない。幸い今の暁人は、一人でもエーテルを使うことができる。何が出てきてもとりあえず応戦はできるだろう。

 そう、いる筈だ。

 ふと、耳が何かの音を捉えた。さくさくと…落葉を踏み、歩く音だ。不気味なほど静かなこの山では、小さな音もよく響く。暁人は岩陰に身を隠した。足音はこちらへ近づいてくる。やがて木立から姿を現したのは、暁人より頭ふたつ分も大きい、女だった。

『ふふふふふふふ』

 こんな山中に似つかわしくない、真っ赤なコートと、真っ赤なヒール。そして、醜悪に歪んだその顔。手にしているのは、血で錆びた大鋏。

 マレビト、〈裂紅鬼〉だ。

 そして、あの老爺を殺した犯人だ。

「…まずいかも」

 しばらく敵を観察し、暁人はやや冷や汗をかいた。裂紅鬼はこれまでにも相手したことがある。だがあの個体は見慣れたものよりも体躯が大きく、全身からどろどろと血のような穢れを垂れ流していた。

 足場の悪い山中でまともに相手をしない方がいい。暁人は即座にそう判断した。ボディバッグを探る。

(使える御札は…)

 三枚だけだ。

 暁人はまず一枚を、少し離れた場所目がけて放る。紫の光を帯びる札はまっすぐ飛び、りん、りんと音を鳴らし始める。誘導のための〈媒鳥札〉だ。

『ふふふ…あラぁ?ふうふふふうふふ』

 裂紅鬼がそちらへ注意を向ける。その背が充分に離れた頃を見計らい、暁人は駆け出した。ざっと落葉を蹴る音に構わず、山を下る。

『ダレぇ?』

 距離がある筈なのに、暁人に気付いた裂紅鬼の声はぞっとするほど近く聞こえた。大鋏を振る音が聞こえ、背後から足音が追ってくる。

 東京育ちの暁人には、少々苦しい地形だった。地面を覆う落葉は滑りやすく、凹凸がわかりづらい。こけそうになる度、灌木の枝を掴んだり、木の幹にワイヤーを巻きつけたりしてなんとか体勢を立て直す。

(なんであっちは平気なんだ…!)

 追ってくる裂紅鬼の方が大柄で、しかもヒールなのに、勢いが全く緩まない。このままでは追いつかれる。

 暁人はワイヤーを伸ばし太い枝に巻き付けて、行き当たった崖下へ飛び降りた。そのまま岩の窪みに身を寄せ、一旦追跡を切るために〈繁茂陣札〉を投げる。

『どこォ?ふふふふ、ニがさない』

 札から出現した緑の茂みは、裂紅鬼の目からすっぽりと暁人を隠す。裂紅鬼はきょろきょろと辺りを窺い、暁人を探し始めた。札力珠をつけてきて幸いした。しばらくは時間が稼げるはずだ。

 だが一呼吸置いたのも束の間、繁茂陣札の茂みはじわじわと色を変え、毒々しい赤に染まっていく。

「…えっ。うそだろ…!」

 山の穢れに影響され、茂みはやがて真っ赤に紅葉し、ぱさりと枯れ落ちた。

 予想外の事態に焦りが湧くが、こうなっては仕方ない。裂紅鬼はまだ気づいていない。タイミングを見計らい、暁人は再び走り出す。どう動いても音が出るフィールドなら、急いだ方がマシだ。

 走るうちに少しずつ足が慣れてきて、ワイヤーを使いつつ暁人は牡鹿のように紅葉の山を駆ける。視界を流れる赤い木々はやはり気味が悪い。だがこんな事件が起こり、穢れに侵されていなければ、美しく清らかな山に違いなかった。

 下り続けても一向に景色は変わらない。だが暁人の中で良い予感が膨らんでいく。

 やがて目線の下に、何かが映った。

 開けた林冠のギャップに、一棟の掘っ立て小屋があった。屋根にはあちこち穴が空き、今にも倒れそうな粗末な小屋だ。

「よし…!」

 予感は的中したようだ。

 暁人はギャップに降り立ち、迷わず小屋へ駆け込んだ。ぴしゃりと戸を閉め、息を潜める。

『ふふふうふふふううふふ』

 裂紅鬼は愉快そうに笑った。距離が離れていても、歪んだ目をしていても、暁人が逃げ込む姿はしっかり捉えられた。

 悠々と小屋へ歩み寄り、戸の前で焦らすように様子を窺う。身を縮こませているのか、音はしない。だが獲物の命運は尽きた。

 大鋏を振り上げ、木戸を破壊する。小屋へ踏み入り、裂紅鬼は高笑いした。

 しかし。


「間抜けが」


 ハッと鼻で笑う言葉と共に、ばちりと鋭い閃光が走った。瞬間、激しい電撃が裂紅鬼を襲い、その場に縫い留める。

『あああああああああ‼』

 〈麻痺札〉だ。小屋はもぬけの殻で、ただ札と、丸石だけが残されていた。

 屋根に空いた大穴から、二人の男が獲物を見下ろす。息を切らしているのは追われ続けた暁人。そして煙草をふかし、印を結んでいるのが、罠をしかけたKKだ。

「ご苦労さん」

 KKが印を切ると、丸石が光を帯び、浮遊し、小屋を結界で閉じた。そして石を破壊する間も与えず、KKは即座に結界を圧縮した。

『嫌嫌嫌ああああああああ』

 抵抗しながらもボロボロと裂紅鬼の体は崩れていき、内部のコアがバキンと露出する。しばらくは圧力に耐えたコアも、やがて大きくヒビが入り、最後は粉々に押し砕かれた。

『あああああ―――………』

 コアを失った裂紅鬼は崩れ、倒れ伏し、灰のように消えていった。

「初めて見るヤツだったな。新種か?」

「そうかもね…」

 肩で息をする暁人の背を、KKはぽんぽんと叩く。空間に入った途端に分断されて腹が立ったが、ぶっつけ本番ながら、なかなかうまく連携できたのではないか。

「今のが結界のお手本だな」

「…こんなにうまくいくもんかな?」

「オレとオマエだからな」

 ぎゅっと強く肩を抱かれ、すぐに離される。暁人はむずむずと口元を押さえ、何も言わないことにした。

「さて、邪魔者は消えたことだし…」

 小屋の屋根から下りて、二人は山の頂の方を見上げる。暁人はげんなりした。

「登るか」

「……僕、後からでいい?」


 *


 死後、魂はどこに行くか。

 考え方は古今東西様々あるが、日本における答えのひとつは、山だ。

 生まれ故郷の山。土地の人々の魂は山に還り、祖霊に加わり、故郷と子孫を守る神となる。山は遥か昔から霊威に満ち、信仰の場となった神域である。

 とある地方の山で、遺体が見つかった。首吊りだった。

 よくある話だ。だが、縄がかけられていたのは山の神木で、自死した女が人を呪い世を呪い自分を呪い、魂から穢れきっていたことが、尋常の話とは違った。

 死者の強い怨念により神木は穢れ、やがて影響は山全体に広がった。

 山の霊域までも、瘴気に淀んでしまうほどに。

 山の奥には小さな石の祠があった。そして祠を囲むように根付いたモミジの古木は、弱々しく枝を揺らしていた。

『フフ…フフフ…』

 枝からだらりと吊り下がった女の悪霊が虚ろに笑う。女の全身からどろどろと穢れが溢れ、地面に垂れ、山へ染み込んでいく。

「相当強い念だな。こんなにひどいのは初めてだ」

 KKが呆れて言う。数年の時間が経ったとはいえ、一人の呪いがここまで山を穢すとは。どこぞの能力者たちが聞いたら喜びそうな話だ。

 暁人は余計な口を利かず、すぐに御札を構えた。

 この女性にも、悪霊に成り果てる経緯があったのだろう。強い強い恨みを抱いて死を選ぶほどの苦しみにも理由があったのだろう。

 だからこそ暁人たちにしかできないことがある。印を結び、浄化の力を送り込む。ぐぐぐと掌へ伝わる抵抗を強引に押し返して、悪霊を解放した。

『アア…アアア…―――…』

 ぼたぼた垂れ落ちていた穢れごと、悪霊の体は少しずつ青い粒子となり霧散していく。恨みの根深さからか、通常よりも浄化が遅い。だが確実に穢れは消えていき、山の空気が明らかに軽くなっていく。

『―――――ドウシテ…』

 ぽろりとひとつ涙を落とし、悪霊は消え去った。

 その瞬間、ゴオッ!と強風が吹き荒れた。広大な山の隅々までを浚うような激しく茫漠とした風だった。二人は身を屈めて風に耐える。

 激しい風は数分も続き、やがてぴたりと嘘のようにやんだ。

「…あ」

「これで解決、だな」

 顔を上げた暁人の目に映ったのは、息を呑むほど美しい紅葉だった。

 どす黒かった木々の赤は清浄さを取り戻し、さわさわと風に揺れている。身を潜めていたカラスたちが賑やかに鳴き交わし、いずこかへ飛んでいく。崖上から山を望んでみれば、目の覚めるような繊細な紅錦が、どこまでもどこまでも果てしなく広がっていた。

 あの世であることに変わりはない。だがこの地で眠れたら、さぞ安心できるだろうと思えた。

「見ろ」

 KKが指差す。麓にあたる方から、ひとつまたひとつと飛んでくるものがあった。温かい火の色したそれは人の魂だ。魂たちはあっという間に増え、暁人たちの側を通り過ぎ、遥か頂のモミジの巨木へ消えていく。

 此岸において祀られているのは目の前の祠。そして彼岸において魂が集まり、祖霊の神が坐すのが、あの天を衝くイロハモミジに違いない。

 荘厳な光景を眺める二人の上に、不意に落葉が降りそそぐ。血の雨のようなそれではなく、茜色の美しい葉っぱだ。二人の体に触れると解けるように消え、温かい霊力が染み渡っていく。

「礼だってよ」

 KKは笑い、暁人は遠くの巨木に向かって一礼した。



 老爺が後生大事にしていたモミジの盆栽は、まさしく故郷の神木から、挿し木で分けてもらったものだった。

 生来、人よりも植物に惹かれる質だった。生家とそりがあわず、若くして身一つで上京してはや半世紀が過ぎた。里帰りはほとんどしなかったが、故郷の山はやはり恋しかった。とうとう連れ合いも持たず、ひとり都会で老い、最期は切り刻まれて命を落とした。

(ありがとう…)

 感涙に咽びつつ、老爺は万感の思いを込め二人に感謝した。

 老爺を殺した犯人は消え、盆栽の穢れも祓われた。ひいては遠く彼の故郷にある山も、悪霊が消滅したことにより少しずつ良くなっていくだろう。

(これでもう、思い残すことはない。……ひとりで逝くのは、やはり寂しいが)

 人間誰しも死ぬ時はひとりだ、我儘は言うまい、と笑う。

 と、ひゅるひゅると俄かにつむじ風が起こる。驚く三人の間を抜け、風はモミジの盆栽を包み込み、ざあっと全ての葉を浚ってしまう。

(あ…)

 老爺の悲鳴も束の間、風に乗ったモミジはひゅるひゅると老爺にまとわりついた。よく懐いた生き物が、人にじゃれついているようだった。

「あなたと一緒に行きたいみたいですよ」

 暁人は微笑んでそう伝える。

 老爺はまた、ぽろぽろと涙を落とした。孤独な生涯において、間違いなく愛したものといえばこの小さなモミジだった。そして小さなモミジも、間違いなく老爺を愛していた。

(嬉しいことだ…)

 呟き、老爺は顔を上げる。暁人とKKを見ると、深々と頭を下げた。

(本当に、ありがとう。必ず、必ずこの恩は返す)

「死んでまで義理立てしなくていいぜ、爺さん」

 KKがのんびり言うと、老爺は朗らかに笑った。

(生意気を言うな、坊主が)

「あ⁉」

 KKが噛みつくより早く、老爺はモミジを連れ、つむじ風と共に空へ消えていった。

 後には憤慨するKKと、苦笑する暁人だけが残された。


 *


 さて、老爺の恩返しとはなんだったか。

 答えはひと月後、アジトに送られてきた。

「なにこれ!すごい!」

 段ボール箱を開けた絵梨佳が歓声を上げる。覗き込んだアジト一同からも、おお、やらあら、やら驚きの声が上がった。暁人は笑顔になり、箱に手を入れた。

「栗だ!」

 十キロほどもあるだろうか。赤いネットに包まれた立派な栗が、照明の下、つやつやと輝いていた。

「見事なものね」

『こんなにたくさん栗を見たのは初めてだ。期待できるね』

 箱には送り主の手紙が同封されていた。

 曰く自分は栗農家で、亡くなった弟が夢枕に立ち、ここに栗を送れと脅してきたのだという。若い頃に家を出たきり、ほとんど絶縁状態になっていた弟だ。ひどい死に方をしたので身内でも空恐ろしい気持ちが広がっていたが、少し前に夢に現れた弟は実に晴れやかな顔をしていた。

 自分が成仏できたのも、そして家の不運がなくなったのも、彼等のおかげだからと弟は言った。

 送り主の家は、もう何年も不作や不幸に悩まされていた。いや彼の家だけではなく、集落皆がどことなく暗い顔をするようになっていたのだ。

 そんな倦んだ空気が、ちょうどひと月前から不思議と消えてなくなった。困りごとや悩みはあっさり解決し、体の不調も治り、そして農家の不作は解消されつつある。

 その全てが、彼等が山の穢れを祓ったからだと。

 送り主はもちろん訝しんだが、弟は毎晩夢に現れてしきりに急かす。とうとう根負けして栗を見繕った日の夜、現れた弟は満足そうにしていた。

(ありがとう、兄さん)

 弟は見事な紅葉の中に佇んでいた。呆気に取られて見上げれば、神意さえ感じるほどのモミジの巨木が、さらさらと山へ葉を降らしていた。そんな夢だった。

 だからすっかり信じる気になって、栗を送った。弟と山を助けてくれてありがとう。手紙はそう締めくくられていた。

 長い手紙を読んだ凛子は、片笑んで暁人とKKを見た。

「それじゃあ、これは全部貴方たちのものね。勝手に手を出したらバチが当たりそうだ」

「なぁんで田舎のジジババってのは、こうも大量に送ってくるんだか」

 呆れるKKをよそに、暁人は喜色満面でさっそく栗の調理方法を検索する。

 こんなにたくさんあるのだ。さすがに全部は無理なのでいくらかはメンバーにも分けるつもりだが、それでも十分な量だ。なんだって作って楽しめる。

「KK」

「ん?」

「はじめは何がいい?栗ごはん?きんとん?まずはシンプルに焼き栗がいいかな?」

 わくわくと尋ねる暁人に、KKはしばしぽかんとしていた。

 徐々にその顔が綻んでいく。

「作ってくれんのか?」

 相棒で、弟子で、そして今口説いてる相手が、自分だけに?

 暁人はもちろんと頷いた。暁人は暁人で、少し前の些細な会話から、食べさせてあげたいなとずっと思っていたのだから。

 二人は肩を寄せ、スマホを覗き込みながらあれやこれやと希望し始める。

「嬉しそうな顔して!」

 絵梨佳が茶化す。凛子とエドははやれやれと肩を竦め、それぞれの場所へ戻っていく。



 これが、二人が初物の栗を得るに至った事の次第だ。

 さて、それから暁人がどのように予定を立て、どのように料理し、どのようにKKにふるまったか。

 栗ごはんか、きんとんか、甘露煮か。

 それはまた、長くなる話だ。