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周縁から中国を覗く

中国式インフラ建設の危うさと杜撰さ

2018.10.21 09:43


<ようやく完成か!?「世界最長の海上橋」>

香港とマカオ・珠海を結ぶ全長55キロ、世界最長の海上橋として建設されていた「港珠澳大橋(香港珠海マカオ大橋)」の開通が、10月24日午前9時(現地時間)からと正式に発表された。(新華網2018-10-20

その前日23日には習近平が出席して開通式典が珠海で行われる予定だという。中国国務院の承認を受け建設計画が正式発表されてから14年、着工から9年という歳月をかけた巨大建設工事だった。全長55キロのうち、海上にかかる橋の長さは22.9km。珠江の出口のもっと深い部分には、二つの人口島に挟まれた長さ6.7kmの海底トンネルがある。メインの海上橋と海底トンネルはことし初めには完成していたため、正式開通がいつになるのか注目されていた。鳴り物いりで始まった巨大工事の待ちに待った完成のわりには、正式開通の日付がそのわずか5日前の夜に発表されるとは、いったいどういうことか。開通式典に出席する習近平のスケジュールが優先され、警備の都合など安全対策が考慮されたことは容易に想像つくが、それにしても利用者の利便性などいっさい考えていない証拠でもある。この橋を利用して香港―珠海の間で一日62台の定期バスを運行する計画のバス運行業者は、開通が延期になるたびに確保していたバス運転手が次々に辞めていき、会社の経営にも四苦八苦してきたという。(サウスチャイナ・モーニングポスト10月19日)開通の正式発表があまりに急で、周知期間が短いため、利用者は混乱を来すのではないかと懸念される。


実は、この「港珠澳大橋」の香港側は、香港国際空港があるチェクラプコク島まではつながっているが、そこから先のランタウ島や新界地区屯門を結ぶ取り付け道路はまだ工事中で、完成は2020年までかかるといわれる。既存の道路に接続する取り付け道路が完成しないままメインの橋を開業させると、香港側の入境管理所があるチェクラプコク島では大渋滞の発生も予想される。

香港とマカオ・珠海を1時間以内で結ぶというのがこの海上橋の売りだが、今でも香港とマカオの間を1時間で結ぶフェリーが運航されている。香港から珠海までは陸路を車で走れば4時間以上はかかるそうだが、人の移動だけならフェリーを使えば1時間ちょっとで到着することは可能だ。橋の完成で、実際にどれくらいの乗用車やバスが利用するのかという予測は、過去にさまざまな時点でさまざまな予測が発表されたが、一日1万5000台という数字から6万台近くという予想までブレが大きくどれが信用できるか分からない。しっかりとした需要調査やフィジビリティースタディは行われていない可能性もある。

<政治的アピールとしての海上橋>

「世界最長の海上橋」という触れ込みのこの橋の完成は、しかし中国政府の政治的なアピールとしては、この地域の未来構想とも絡んで象徴的な意味を持つ。何よりも習近平肝いりの経済圏構想「粤港澳(えつこうおう)大湾区」(グレートベイエリア)を実現する切り札とされたのがこの巨大プロジェクトだった(粤は広東、澳はマカオ)。広東省の珠江デルタにある広州市をはじめ深圳、東莞、恵州、仏山、中山、珠海、江門、肇慶の9の市域と香港・マカオを含めた地域の経済連携を強化し、東京首都圏やニューヨーク、カルフォルニアなどに並ぶ一大経済圏として発展させようというのが、このグレートベイエリア構想である。深圳市には、中国の巨大IT通信企業であるテンセント(騰訊)やファーウェイ・テクノロジーズ(華為技術)、それにZTEなどの工場や研究開発拠点があり、これに香港の資本市場と貿易拠点としての機能を合わせれば、シリコンヴァレーも凌駕するハイテクメガポリスができあがるという野心的な構想でもある。これこそまさに、中国を世界の製造強国に押し上げ、5G移動通信システムやAI人口知能、ロボットや新エネルギーなど最先端技術でやがては米国を凌駕しようという国家プロジェクト「中国製造Made in China 2025」のモデル地域ともなる。そして、ようやく完成した巨大海上橋は、グレートベイエリア構想や中国のシリコンヴァレーを目指したIT産業集積地・ハイテクメガポリス構想の実現に向けた目に見える形の巨大インフラであり、香港・マカオを含めたこの地域の一体性を象徴する構造物でもある。

しかし、「中国製造2025」の構想は、トランプ大統領が米中貿易戦争を仕掛け、新たな「冷戦」が始まるきっかけの一つにもなったものだし、深圳にあるファーウェイやZTEは知財権侵害などを理由に米政府から締め出された企業だ。米国を凌駕しようとする「中国製造2025」の計画を米国は徹底的につぶしにかかっている。

時あたかも、今年は、鄧小平が実権を握り改革開放路線に舵を切ってから40年の節目の年だ。その鄧小平は、天安門事件後の閉塞状況を打開するため、1992年、深圳市など中国南部を視察し、いっそうの経済改革と市場開放を訴えた。この「南巡講話」こそ、その後の中国の高度成長を生み出し、世界第二位のGDPを誇る経済大国にのし上がるきっかけとなった。香港珠海マカオ大橋の開通式典への出席とそれに合わせた深圳や珠海市など一連の広東省視察を、習近平の「南巡」になぞらえる向きもある。米中貿易戦争の勃発で、中国経済が厳しい局面に立たされているなかで、習近平は何か意味のある経済政策の展望、あるいは国民を鼓舞する彼独自の「南巡講話」を発することができるのだろうか。

<建設コスト、需要見通しも曖昧なインフラ工事>

それはともかく、本稿は標題の通り、中国方式で建設されたインフラの不透明さ杜撰さを主題にしている。そこで「港珠澳大橋」(香港珠海マカオ大橋)の建設の話を戻すことにする。

前述のとおりメインの海上橋の建設に着手したのは2009年12月。本来なら、2016年には橋は完成し、香港返還20周年の2017年7月に合わせて開業セレモニーを行い、香港から珠海まで習近平自身が渡り初めをするというのが願いだったが、それは実現できなかった。ことし8月に予定された開業も何の説明もなく延期された。この間に、 橋に使われたコンクリート強度に関するデータが改ざんされている疑いが出て、去年、検査技師など19人が逮捕・起訴されている。橋の建設作業員の死亡事故をめぐっても、管理に問題があったとして8人の逮捕者が出ている。工事を担当したのはいずれも中国国営の中国交通建設である。

55キロにわたる海上橋の建設には40万トンの鉄鋼が消費された。生産過剰と言われる中国の鉄鋼メーカーにとっては製品の格好の吐き出し口になったかもしれない。しかし、海にむき出しのまま造られた橋と海底トンネルは潮風や海水の塩害に晒されることになる。そのため、さび止めの塗装やトンネル内の防水処理など、今後の維持管理費だけで一日100万元(1600万円)、年間で58億円もかかるといわれる。

そもそも、海上橋と海底トンネルの建設コストは2017年末時点の公式発表では480億元(7795億円)とされ、2010年当時の見積もり額381億元(6187億円)から26%、100億元(1624億円)近くも膨れ上がっている(1人民元=16.24円で計算)。建設コストは香港・マカオ・珠海市の3者が、それぞれの領域部分については負担するほか、海上橋に関しては3者が均等割りで負担することになっている。このうち香港では接続道路などを含めて実際には1200億香港ドル(1兆7000億円)を投資した。この額は、当初見込まれた予算額77億6000万香港ドル(1112億円)の15倍あまりに達する額だ(1香港ドル=14.33円で計算)。世紀のプロジェクト、海上橋の建設に、最終的にどれだけのコストがかかるかは、誰にも分からないという。(サウスチャイナモーニングポスト10月19日

国家のメンツをかけた巨大工事だが、そのすべての負担は地元政府に帰せられる。肝心のインフラの需要予測も曖昧で、将来的な収支の見通しもはっきりせず、どんぶり勘定の建設費と将来にわたる維持管理費のツケは、すべて地元政府が負担する。中国が海外で盛んに鉄道やら港湾などのインフラ投資計画をぶち上げ、地元政府を「借金漬け」にする「一帯一路」の構造とそっくりだ。

<台風への備えは大丈夫か>

ところで、ことし日本では、巨大な勢力を維持したまま上陸する台風が多く、各地に大きな被害をもたらした。驚かされたのは、9月4日関西地方を襲った台風21号(アジア名Jebi)による高潮被害で、関西国際空港が水浸しになり、機能不全に陥ったことである。加えて、風に流されたタンカーが空港連絡橋に激突し、交通を遮断するなど、海上埋立て空港の意外な脆弱さを改めて思い知らされた。実は、台風21号にも劣らぬ恐怖と被害をもたらしたのは、その次に発生し9月14日に香港・広東省一帯を襲った台風22号(アジア名Mangkhut)だった。

台風の直撃を受けた香港市民が動画で撮影し、YouTubeにアップされた多数の映像を見ると、海岸近くの風景はほとんど巨大な津波と変わらなかった。樹木など瓦礫がうずたかく積み重なり、アスファルトの路面がめくれ上がるなどの台風一過の風景は、東日本大震災で見た津波被害と変わるところがなかった。しかも津波より恐ろしいのは風の猛威が伴っていることだ。

高層オフィスビルの窓ガラスがほとんど破られ、室内のカーテンや書類などが吹き飛ばされて宙を舞う風景。建築現場のクレーンが倒れ、積み上げられたコンテナが崩れ、街路樹が根本から倒れ、倒れた人間が道路をすべるように吹き飛ばされる姿。Youtubeの画面で見ただけでも怖くなったが、その場にいて強風や大波の音を肌で感じた人たちは、ほとんど生きた心地がせず、この世の終わりだと感じたかもしれない。

この台風22号による被害規模は500億米ドル(5.5兆円)という巨額に達するという試算もある。高潮被害で香港の下水処理場が破壊され、香港島など周辺の海水浴場が遊泳禁止になった。また香港に駐留する人民解放軍部隊が瓦礫の後片付けに出動したところ、基地の外に迷彩服のまま出て活動するのはこれが初めてだったことや、香港政府が出動を要請したわけでもなかったこともあって、「余計なことはするな」と市民の非難を受ける、というおまけも付いた。日本の自衛隊と違って、人民解放軍の災害派遣は信頼されてないらしい。

<信頼できない工事のずさんさ>

それはともかく関西国際空港を水浸しにした台風21号による高潮は、大阪市で最高潮位329cm、神戸市で233cmを記録した。神戸市のデータによると、この潮位まで達するのにわずか30分しかかからず、海岸沿いの埋立て地域には一気に海水が流れ込んだという。これに対して、台風22号の場合は、ビクトリアハーバー沿いにあるノースポイント(北角)で最高潮位は388cm、タイポー(大埔)湾で同じく469cmで、いずれも観測史上二番目の潮位だった。これをみても関西地区で発生した高潮より、香港のほうがはるかに潮位は高かった。台風がスーパー化している証拠であり、それだけ被害も大きかったのである。

そのスーパー台風22号がフィリピンで大きな被害を出し、勢力を維持したまま香港に向かっていたころ、地元英字紙(サウスチャイナモーニングポスト9月13日)が香港珠海マカオ大橋の海上橋と海底トンエルは台風に耐えられるのかと疑問を呈する記事を書いた。

実は、それよりも前の今年4月、香港の雑誌やネットニュース(Asiatimes4月4日)では人工島周辺に並べられた波消しブロック(テトラポッド)が崩れ、沈み込んでいる写真が大きく取り上げられ、人工島自体が沈降しているのではないかとか、人工島の防波堤を高波から守るはずの波消しブロックがその役割を果たしていないのではないかといった疑問が提起されていた。

たしかにドローンで撮影された空中写真では、波消しブロックが波によって動かされ周辺に流されたような様子が見える。これに対して、工事を担当した中国の当局者は、ブロックが散らばったように見えるのは初めからランダムに設置したためで当初からデザインだと強弁し、工事に欠陥や不正はないと猛烈に反論したという。初めからのデザインでないことは完成予想図と現状の写真を比較すれば一目瞭然だ。

関西地区を襲った台風21号より猛烈な勢力をもつスーパー台風22号に、海上橋や人工島がどこまで耐えられるのかは当然の疑問で、台風のあともどうなったか気になり、その後の報道をずっと注目していた。しかし数日後に、地元英字紙が「台風による被害はなかったと当局者が言っている」と、たった一行で伝えただけで、それ以上の詳細な報道は目にとまることはなかった。

スーパー台風がさらに頻繁に発生し、高潮や強風の被害を増すようになったら、どう対処したらいいのか、とりわけ海上空港や臨海埋め立て地は対策を急ぐ必要がある。香港では、これ以上の海岸の埋め立ては必要ないと主張する市民デモが最近行われたばかりだ。マカオでは、海岸の湿地帯を埋立てた場所にカジノリゾートを集約させているが、台風22号の襲来時にはすべてのカジノを一斉休業にした。余計なお世話だが、埋立地と言ったら中国が軍事拠点化している南シナ海の人工島など、その最たるもので、もろ外洋の高波をかぶることになる。勢力が増したスーパー台風が頻繁に襲うことになったら、その補修費だけでも莫大になる。空母を建造し、その軍事機能を維持し、日頃から乗組員の練度を向上させるための維持管理費だけでも膨大だが、これに7か所から9か所の人工島の保全管理費が嵩むのである。空母も人工島も何か価値を生み出すわけではなく、ただの金食い虫だ。中国は米中貿易戦争という外圧だけでなく、海外で展開する一帯一路のインフラ工事や、南シナ海で進める覇権維持でも、地元政府の反発や自然の猛威というしっぺ返しを受けている。

香港とマカオ・珠海を結ぶ海上橋の設計寿命は120年とされる。それこそ金だけを食う「無用の長物」となるのか、それともこの地域の活性化へ起爆剤となるのか、真価を問われるのはこれからだ。

(以下はYoutubeの参考動画)

台風22号マンクット香港

https://www.youtube.com/watch?v=Xc7ACyXGhrI

https://www.youtube.com/watch?v=fngdtmjbTSs

台風21号ジェビ大阪

https://www.youtube.com/watch?v=_XF77KoubYk

「港珠澳跨海大橋」    

https://www.youtube.com/watch?v=SiJyO_EitJk

テトラポッドが漂流した映像

https://www.youtube.com/watch?v=1wdigF8ODZ8