小説 No Exist Man 2 (影の存在) 第一章 再来 12
小説 No Exist Man 2 (影の存在)
第一章 再来 12
「陳文敏さん」
「ああ、これはこれは・・・・・・なんと及びしたらよいでしょうか」
目の前には、すっかり日本の会社に勤めるようなスーツ姿になっている女性が、奉天苑に入ってきた。高鋼もすぐ横に、いつものように全く不動の構えで立っていた。大沢三郎など日本の人々と会うときは、陳文敏の護衛のように見えていたが、このようになると、陳文敏に敵対している感じだ。
「私・・・・・・」
流暢な日本語である。
「あなたとの間では林青でいいわ。日本では張紅蘭と呼ばれているけど」
林青は、日本についてから、いや、すでに中国を出発するときに、すでに陳文敏とは別行動になっていた。陳文敏の監視は高鋼に任せており、林青は、中国政府が用意した名前と別人になるためのパスポートや銀行口座を準備していたのだ。そして、日本にある中国人の集団に斡旋された中国系の企業に勤めていたことにし、そのうえで日本に来た後に「転職活動」をしたのである。
林青は、すでに張紅蘭と名乗り、日本のIT企業の中堅で、中国の政府系ファンドが買収した「東方堂」の中国人社長の秘書に収まっていた。この会社は、動画コンテンツのプログラミングやサーバーなどを行いながら、動画配信のプログラムの販売などを行っていた。
「張紅蘭ですか」
「いい名前でしょ」
「まあ、そうでしょうか」
「周毅頼国家主席からいただいた名前よ」
「それは。でも、ここは日本ですから」
陳文敏は、日本にいるという安心感から、少し余裕があるのであろうか。しかし、その陳文敏の頭を何か固いものが突いた。陳は声を上げずにそのまま後ろを向くと、高鋼が銃を突き付けていた。
「おいおい、冗談だよ」
「陳さん、冗談でも言ってよいことと悪いことがあります。
普段はめったに口を開かない高鋼は、そのまま銃を引っ込めもしない。指は引き金にかかったままであった。
「申し訳ない」
陳文敏は、消え入るように言葉をつないだ。
「陳さん、今の発言は周国家主席と孔常務委員に報告させていただきますわ」
林青は、冷たくそのように言った。陳文敏は非常に困惑した表情を見せた。
「冗談も言えないのか」
「だから、言ってよい冗談と悪い冗談がある。」
高鋼は、もう一度銃口で陳文敏を小突いた。
「さて、話をさせていただきますが。結局、前回の失敗はなぜでしょうか」
「情報が政府に漏れたことでしょう」
陳文敏は、それでも余裕ありげにそのようなことを言った。このことに関しては、すでに大沢三郎と話をしている。
「誰が漏らしたの」
「それは今のところよくわかりませんが」
「それがわからないで、なぜ情報漏洩であるということが言えるのかしら」
林青は、猫がネズミをもてあそびながら殺してしまうのと同じように、陳文敏を突き放すように言った。
「情報が漏洩したと考えなければ、計画の場所に、スタッフに化けて警官がいるなどということは考えないでしょう」
陳文敏は、そのように言った。
「なるほど、では、その情報は陳文敏のスタッフが流したのかしら」
「まさか」
「では、日本人が漏らしたのでしょうね」
林青は、そのように言った。相変わらず、猫がネズミを追い詰める感じである。陳文敏は、部屋の角に追い詰められたネズミのようになっていた。
「日本人が。そんなはずはない」
「では誰が」
「いや」
「最も信用している者が疑わしい、というか、そもそも大沢三郎なんて、権力に身をゆだねる日本の政治家でしょう。その政治家は、自分の話を必ず誰かにしている。そしてその政治家は、自分の権力のために行動している」
「それ利用するのが、日本でのやり方でしょう」
陳文敏は、開き直ったように林青に行った。窮鼠猫を噛むとはこのことなのかもしれない。
「何を言っているの。日本をこれから占領するというときに、日本人を信用するとか、本気。あなたいつから祖国を裏切ることを言っているかしら。そのようなことだから、計画がうまくいかないのよ。だいたいね、日本人が漏らそうと、あなた本人が漏らそうと、そんなことは関係ない。主席はあなた、陳文敏に日本の工作を依頼し、日本人の精神的な支柱である天皇を殺せと命じられたのよ。それを失敗するということは、当然に、何が原因であってもあなた自身の失敗でしかないということですよ。当然に、常務委員会ではそのように結論付けているのですよ」
窮鼠猫を噛むつもりが、逆に過度に追い詰められてとどめを刺された感じである。陳文敏はそれ以外には何もなかった。
「では、私は何をしたらよいのでしょうか。私も名誉を回復しなければなりません」
「そんなこと・・・・・・」
そんなことと言いかけた時に、高鋼が林青を指でつついた。もちろん陳文敏には銃を突きつけたままである。
「そうね、もう一度チャンスをもらえたのですから、今度こそ失敗しないで天皇を、いや日本を混乱させて、しっかりと共産党政府が日本を占領できるようにしなければならないということになるのではないでしょうか。何事も成功すれば、当然にうまくゆくということになります」
林青は、陳文敏には未来がない、と言いたかった。しかし、高鋼に小突かれて、そこまで追い詰めてはいけないと思い出した。ついつい、面白がって、まさに猫と鼠の関係のように遊びが過ぎた。しかし、本当の鼠のように殺してしまっては意味がない。生かしておけばまだ何か役に立つであろうし、また日本の中における人的関係も必要になるということになるのではないか。そう思って慌てて言い換えたのである。
「具体的には」
「まず、日本国内において政府の信用を失わせなければならないでしょう。そのようにして、日本人の結束を薄めるということが必要です。そのうえで、何かパニックを起こすということが必要なのではないかと思います。」
「パニック」
「そう、例えば、何か伝染病がでるとか、そういったことでしょう」
「伝染病」
「そう、それもインフルエンザみたいなものではなく、死に至る、炭そ菌とかエボラ出血熱のような」
林青はそういった。
「それでは我々も感染してしまう」
「もちろん我々中国同朋は、当然にワクチンを事前に摂取するということになるのではないかと思います。治療薬や血清も用意するということで、それ以外の人やそれが見えない人はすべて死に至るということにならないといけないのでは」
「なるほど」
「それを、あなたにやってほしいのです。陳さん」
林青は、笑ながら言った。この女性は、基本的にサディスティックな趣向があるようで、誰かが死ぬ、特に敵が死ぬということになれば、非常に面白いと考えるような人物であるのだ。今回も、このように言いながら彼女の頭の中には、日本人が死んでいる姿ではなく、すでに、多くに日本人の死体が手に付けられなくなって、死の町になって東京を思い浮かべていた。そのような時の彼女は、ぞっとするほど恐ろしい顔をしていたが、そこが死神のように美しいといわれるときもある。
「わかりました」
「その為にはこんなところで店をやっているだけではダメなんですよ」
「はい」
林青は、にっこり笑った。