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WUNDERKAMMER

[ホラー]ある青年の違和感に対しての思考

2018.10.24 08:52

寒さの近づいたある日、僕は仕事の関係で実家近くへ行くため、両親に一報入れて家を出た。

わりと順調に仕事も進み両親にあったのはいつ振りか、元気なのだろうか、2人が大切に育てていた熱帯魚はどうなったか等を考えつつ帰路へ向かった。


付いたのは午後3時頃だろうか。

どれだけ僕が目を離していても、実家はそこにあってくれていた。

懐かしい外観を眺めつつ、チャイムを押した。

「ああ、お帰り、入ってね」

懐かしい母の声だ。


ガラガラガラ

戸を開けると家のなかは暗く、なんというか、人の気配がしなかった。


「母さん?」

「はぁい」

二階から声がする。

「ごめんね、今、おしごとで」

母の仕事は和裁だ。きっと仕事部屋で縫物をやっているんだろう。

階段越しに会話をする。

「父さんは?」

「お父さんは風邪を引いているの。熱があって、あえない」

そうか、と僕は肩を落とした。

久し振りに来たのにタイミングの合わないとこよ。


「そうだ・・・」

熱帯魚の様子はどうだろう。

前に来たときは元気に泳ぎ回っていたが・・・

暗い和室に電気をつけて、奥左側にある水槽を見た。

なんだこれは。水槽が緑色だ。ドロドロしてヘドロ臭がする。

水槽を覗くと、すっかり肉の落ち切って骨の見える熱帯魚の残骸が浮いていた。

なんだこれはなんだこれは


「母さ・・・」

カチャン!

キッチンから音がした。

眩暈のする中、暖簾を潜り覗いてみるとそこには丁度淹れたてのような緑茶が、一杯置いてあった。


「お茶、淹れておいたわよ」

「あぁ・・・ありがとう・・・」

僕が昔使っていたマグカップに入ったそれは白い湯気を浮き立たせ、いい香りがした。


飲んでいると少し落ち着いてきた。

今母は、僕に顔を出せないぐらい忙しいんだ。だから水槽も片せないでいる。

父さんも今熱を出している。だから遅れている。

なんだ、簡単な事じゃないか。


ハァ、無駄に緊張してなんだか疲れた。

両親も忙しそうだし帰ろう。

僕はもう一度階段越しに母と会話をして、玄関へ向かった。

外に出て、振り返ると二階のベランダから二人がこちらを見ていたので、僕は手を振り、車へ乗りこんだ。


運転しながら、僕は何かにモヤモヤとしていた。

違和感。この言葉が一番似合う。

なんだろうこの違和感は。


一番最初の違和感は入った時のあの人の住んでいない雰囲気だ。

手がザラザラしている。今まであんなに家が埃っぽかった事などあっただろうか。

魚・・・仕事が忙しいにしてもあんなに大切にしていたペットをあんな惨たらしい状態で放置しておくだろうか。

父さんもそんなずっと熱を出しているわけがない。心配性の母さんが病院に連れて行かない訳がない。


そう言えば、お茶を淹れてもらったとき、足音は聞こえただろうか。

それにキッチンから階段まで行くにはあの僕のいた和室の前を通らなければならない。

何故通ったなら僕に声を掛けてくれても良いはずだ。

何も通らなかった。何も聞こえなかった。

お茶がひとりでに淹れられたとしか説明が付かない。


そうだ、そうだそうだそうだ

最後、両親が二階で見送ってくれた時。

気味の悪い程の無表情だった気がする。

それに動きだ。頭を大きく八の字に回していた。人間があんな動きをするだろうか。

まるであれは首の長いヘビがやるような動き・・・

首から下は、なんだっただろか。

黒く長いものが続き、その先には二つ目のある黒い塊が部屋にいた気がする。

ああ、ソイツが両手に両親の首を持ち、あたかも両親が僕に別れを告げているかのように首を不気味に動かしていた!!


人間はパニックに陥ると自己防衛として視野が狭くなるという話を聞いた。

違和感に蓋をして、狂う事を防ぐという狂った防衛機能。


違和感が晴れていくのと同時に僕は困惑し、車の戸を開けて胃の中のものを吐き出した。

混乱と、あの緑茶であろう何かを出したかったためだ。

あれは本当にお茶だったのか、それすらもわからない。


震える手で僕は警察へ「実家にヘビが入った」と連絡をした。

とりあえず家に来てもらい、それから話をしようと思ったのだ。


結論として、両親は行方不明であった。

おそらく一か月以上は家にいないだろうとの話で、

また二階の、すっかり埃っぽくなった仕事部屋では、真新しい両親とそっくりな顔をしたゴムマスクが二つ、仕事机の上に置いてあったという。


そして僕は今、最後に残った違和感を紐解いていた。

マグカップだ。

あれは古くなったから僕が家を出た際に捨てたんだ。

もし母さんか父さんが勿体ないからと食器棚に戻したとしても、実家にあるはずだ。


「ただいま」

ガチャリと家のドアを開けると、暖かい緑茶の入ったあのマグカップが、玄関マットの上で僕を待ち構えているのを見て、

僕はじきに思考の止まりそうな脳みそで確かにそう思った。



奥の闇が動いた気がする。