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sunsetfreaks

Coast songs story.

2018.10.25 06:11

仕事終わりより日暮れの方が早くなりました。すっかり秋も深まり、どこか遠くへ。そんな黄昏た想いもふと、過ってしまいます。

さて、今回のCD発売に合わせまして、昔からお世話になっている方にレビューも兼ねてショートストーリーを書いて戴きました。このバンドを昔からご存知の方には、馴染みもあり、且つ久しぶりな事かと思います。いろいろ書きたいところですが、野暮ったくなるので先ずはストーリーを紹介致しまして、あとがきの後にまた僕が登場したいと思います。

outlow

綾部かづき

――いつまで唄うんだろう。

商業施設に囲まれた公園の一角にあるベンチ――そこに座る私の前に現れたのは、アコースティックギターを持った一人の男。

彼は噴水の縁に座って、今は明るい感じの曲を歌っている。

夜の公園にはまだ人が多く、彼の様子をチラ見する人はいても、足を止める観客なんて全くいない。それでも、当の本人は全く気にしていないようだ。

もう何度目になるか判らないほど、スマートフォンの液晶画面に映るSNSを覗いた時、男の声がした。

「いつまでそこで待つの?」

私は驚いて顔を上げたが、近くには誰もいない。

男と目が合った――まさか、声をかけられるなんて。

「彼氏、待ってるの? ケンカでもした?

 ――あ、もしかして、家出……とか?」


「あんたには関係ないでしょ」

私は冷たく言い返して、スマートフォンに視線を戻す。こっちが何も答えないのをいいことに、のんきに適当なことをベラベラと喋ってくる。

ムカつく。ナンパなら他でやれ。


「関係あるよ」

意味が判らない。私は徹底的に無視することに決めた。

「さっきからずーっと、女の子が一人で何か思いつめたような辛気臭ーい顔で待ちぼうけしちゃってさ。気になってしょうがないんだけど」

私は辺りを見渡した。誰かに聞かれたら、さすがに恥ずかしい。いい加減にしてほしい。


「やめたほうがいいよ」

冷たい声だった。

正直、弱い奴だと思ってた。だから、反論すれば逃げていくだろうと考えたのに、黙ったのは私の方だった。

「顔の見えない相手の、何を信じるの」

ムカついた。でも、今ここで揉め事は起こすわけにはいかないけど、悔しい。

「あんた、何様? あんたの歌なんて誰も聴いてないのに、よく唄ってられるよね」

「俺はね、好きでやってんの」

そう言って、ギターを一通り触り終えた後、急に立ち上がったので、私は身構えた。こっちに来るのかと思いきや、男は勢いよくギターを掻き鳴らした。

そして、叫ぶように唄い出した。

それは、とても激しくて――

とても、怖くて――

でも、優しかった――


音の余韻が消え、私達の間に静寂が戻った。


私は強ばった体にゆっくりと酸素を送り、震えるように息を吐いた。今の何、いったい何なの――頭が冷静さを取り戻そうとすると、今度は着信音が響き渡った。

慌ててスマートフォンを見たが、私のじゃない。

「せんぱーい! 何処にいるんですか!」

電話を取った男のスマートフォンから、こっちにも聞こえるほどの大声がした。

「え……え? 違う? 駅前の広場?――嘘、ここ、路上ライブ禁止?」

男の言葉に私も驚いた。この公園が路上ライブ禁止だなんて、全く知らなかったから。

「やっべ、完全に場所間違えた!」

男は急いで道具を片付けると、去り際にわざわざ私に声をかけた。

「ごめん。俺、先に行くね」

全力で走る男の背中が見えなくなる頃、私はとても脱力して、自然と笑いが零れた。

ウケる。何あれ。意味判んない。

すると、今度は私のスマートフォンから着信音が鳴る。画面にはSNSに新たなメッセージが映し出されていた。

私はしばらく画面を眺めた後、ゆっくりと指を動かした。画面には『メッセージを削除しますか』の文字。迷うことなく、『はい』を選んだ。

それからSNSのアカウントも消した。

「帰ろ、っと」

バッグを手にとって、ベンチから立ち上がると、ふと気づいた。

――確か、駅前の広場って言ってたよね。


来た道とは逆の公園の出口へ向かう私の足取りが、心なしか軽く感じていた。



あとがき


TILITILIを知った11年前の当時、私は邦楽ロックが大大大好きで、月に数回ライブに行き、ブログもやっていました。

現在はその趣味には、当時ほど積極的に関わることが少なくなりました。

我ながら、ここまで変わるとは思わなかったけど、邦楽ロックが何故好きなのか、その根本は決して変わっていません。

その気持ちがあるが故に、自分の変化を受け入れることができました。

私には2人の子供がいて、またまだ世話のやける毎日に一喜一憂しています。

もし、いつか子供達の手が離れる時が来たら、今度は、私が子供達にとって、変わらない確かな場所をつくってあげたいですね。

それが、私のささやかな夢です。

私にとって、TILITILIの曲は『現実』であり、『理想』です。

意識的に無意識的に、私の中でTILITILIの曲はずっと存在しています。


2018.10.24 福岡の自宅にて

綾部かづき


菅野です。


綾部さんとの出逢いは、遡る事10年以上前のSNSのはしりの頃だったのではないでしょうか。きっかけを語るには、今は亡き初代TILITILIのドラマー、熊谷祐なくしては語れないのであります。遠く福岡の方に曲を聴いてもらうことができたことが、今の今までずっと続いているわけです。恥ずかしながら、我々は未だ、お会いした事がありません。いつかライブで福岡に!との思いはいつになっても有りますが、、。力不足で申し訳ない限りで。


ローカルバンドマンにとってライブシーンは生き様。そしてミュージシャンにとって楽曲は生き証人みたいなものである。そして、綾部さんのような方は正に、音楽を食べて生きてきたような人だと思っています。ローカルシーンも、そもそもロックそのものも深く知るわけでもない僕は、今で言うなれば10-FEETもbrahmanも知らない状態でライブハウスに立ち始めたのは今から11年程前。もう32才とかの年齢でした。ラジオに出れば年齢をいじられ、年追うごとに若いバンドマンばかりの畑でライブをし続けてきた事は、恥ずかしさは無かったかと言えば皆無では無かったかもしれません。それでも楽しめたのはやはり、メンバーと、音楽を聴いてくれるオーディエンスや対バンの仲間達のおかげだった事は言うまでも有りません。

僕は幸い、楽曲制作が生き甲斐です。

もしかしたらライブが年に数回だったとしても、制作ができれば同じモチベーションでやっていけると思うほど制作にかなりのウエイトを置いています。そんな中で作られた曲達を、今でも届けられる事が、とても幸せなのです。もちろんその先には、いつかライブで披露できたらという、願望の元で成り立つのかもしれませんが。

バンドマンやミュージシャンにとって音楽を育てる事は使命であり、生き甲斐です。そしてそれを吸収してくれる人達がいる事で全てが成り立ちます。

今から記憶を何十年戻したとしても、必ずそこには生活と共に音楽の記憶があるはずです。共に聴いた家族や友人。それが音楽の記憶であり、生きた音楽であると思っています。だから僕達はこれからも、それを楽しみとして営んでいきたいと思うわけです。仲間と共に。


長くなってしまい、ストーリーがだいぶ上のほうになってしまいました。。申し訳ない。

ので、ホームページのほうでいつでも読めるように、ストーリー用のページを設けたいと思います。新曲の歌詞も反映できるようにしておきますね。


綾部さんとはこれからも変わらないお付き合いをして、TILITILIの曲に足をつけて歩かせてもらいたいと思っています。今回も忙しい中、本当にありがとうございました。新しいCDと共に、何か旬なものでも贈ろうかと思います。笑


no sea, no life.

yasunori kanno