[フリーアナウンサー 中井美穂さん]ストーマ体験 2018.10.26 18:30 人を思いやれるチャンス ちょうど1年前の2016年2月、トーク番組「徹子の部屋」(テレビ朝日系)で、かつてのストーマ体験を初めて公にした。ストーマとは、病気で腸を切除した患者が腹部に設ける 排泄はいせつ 口のことだ。 「大腸がんの患者さんの支援活動をするようになって、自分のことも隠さず話したほうが、親近感を持ってもらえると気づいたんです」と公表の理由を語る。 02年に腹膜炎で大腸の一部が破れ、治療のため翌年まで1年間、一時的におなかの左下にストーマを設けた。それが縁で、ストーマが必要な人もいる大腸がん患者の支援活動に講演や司会で携わる。 ストーマは腹部に開けた穴から腸管を出したもので、そこに便を受ける袋(パウチ)を着ける。「人工肛門」とも呼ばれている。ただ、肛門のように括約筋がないので便意はなく、排泄を自分でコントロールできない。 それまで、一部の人にしか明かしていなかったストーマ体験。その間も生放送や海外取材も含めテレビの仕事を続けていた事実は、多くの視聴者を驚かせた。 「病気でつらい思いをしている人は、実はたくさんいらっしゃる。自分がそうなってみて初めて、よくわかった。人を思いやれるチャンスをもらった」 それが、自分にとってのストーマ体験だったと思っている。◇ 体の一部、慣れるしかない 手術後2週間ほどして体が回復してきた頃、ようやくおなかにあるストーマを意識した。「人工肛門」という言葉のイメージの悪さもあり、こわくて目を向けられずにいると、先に見た母の明るい声がした。 「あら、かわいいわよ」 ピンク色でぷるんとして軟らかく、まるで唇のよう。梅干しにも似ている。「確かにかわいい」。そして思い出したのが、看護師の奮闘をコミカルに描いた漫画「おたんこナース」(小学館)。「あったよね、似たエピソード」。意外に穏やかな初対面になった。 とはいっても、管理は大変だ。こまめにトイレに行き、ストーマに接着したパウチ(便を受ける袋)の中身を捨てたり、パウチを取り換えたり。接着面に触れるおなかの肌の手入れ――。知るべきことはたくさん。入院していた病院には、排せつケアを専門に担当する看護師がおり、厳しくも手厚い指導を受けた。 「嘆いていてもどうにもならないから、慣れるしかない。自分の体の一部なんだし、愛して仲良くやっていこうと決めました」 まずはストーマに「 光圀みつくに くん」と名前をつけてみた。「おはよう」「元気?」と話しかけ、ペットを飼うつもりで世話することにした。「このヒトのおかげで生命が保たれている。本当にありがとね」。感謝の気持ちを忘れないようにした。 ◇患者の体験記、心の支えに 外出する時は、パウチ(便を受ける袋)から便が漏れるなどのトラブルがないよう、ストーマの上に腹巻きを着け、キュロット型のペチコートをはいた。着替え用の紙ショーツも何枚か持ち歩いた。 それでも、失敗やつらいことはあった。「パウチの接着面がはがれそうになって慌てたり、トイレで処理に手間取っていたら、何度もドアをノックされて泣きたくなったりしたこともあります」 困った時には、ネットでオストメイト(ストーマを設けている人)の体験記を見て情報収集した。患者情報は日常生活に役立つだけでなく、「こういう思いをしているのは自分だけじゃないんだ」という心の支えにもなった。 仕事に復帰して頑張れたのは、オストメイトでありながら、俳優として活躍する渡哲也さんの姿に励まされたからでもある。 「以前と変わらずドラマにCMにと出演されているのを拝見して、とても勇気づけられました」と当時を振り返る。 激しい動きがあるような番組は控えたが、大抵の仕事は引き受け、工夫で乗りきるようにした。生放送の前には、おならが出やすいゴボウなど繊維質の多い食物、キムチなどにおいの強い食品は避け、消化のよい食事をした。便のサイクルを整えるため、規則正しい生活を心がけた。◇誰かのために役立てたい 仕事では、周囲の支援に助けられた。一部のスタッフや共演者には事実を伝え、協力してもらった。 旅番組の撮影では、女優の野際陽子さんが折に触れ、「お手洗いの時間を取りましょう」などと気を配ってくれた。スタイリストには、おなかを締め付けない衣装選びをしてもらった。 2003年夏にはパリ世界陸上の報道番組(TBS)で、俳優の織田裕二さんとキャスターを務めた。2週間の現地ロケも敢行。海外出張には不安もあった。万一の時、ストーマのことを自分で説明する自信がなく、主治医に英語の説明文書を作ってもらった。 ストーマを作って1年後、大腸をつなぐ手術を受けて回復した。過去には、子宮筋腫を摘出する 腹腔ふくくう 鏡手術を受けたこともある。最近は胆石が悩みの種だ。病気を経験し、患者の気持ちがわかるだけに、医療関係の研修や学会で講師を頼まれる機会も多い。 3月は大腸がん啓発月間。5日には「ブルーリボンキャラバン もっと知ってほしい大腸がんのこと」( http://www.cancernet.jp/19699 )で司会を務める。「私が他の人に勇気づけられたように、私も自分の体験を誰かのために役立てられたら」。今後も、自分なりの患者支援を続けたい。