毛沢東礼賛で自身への批判に跳ね返る習近平の愚かさ
いまさら「偉大なマルクス主義者」と称賛する不思議
毛沢東が生まれて130年目だという12月26日、習近平は記念の座談会を主催し、重要講話を発表した。新華社が伝えたその講話の全文(「习近平:在纪念毛泽东同志诞辰130周年座谈会上的讲话」)を読んで感じたのは、中国の一般大衆がこんな文章を読まされて、「毛沢東の偉業」を改めて認識し、習近平の話の内容に納得するとしたら、それこそ、中国の人たちは歴史から何も学ばず、自らは何も考えようとしない、愚鈍で無気力な人たち、だと思うしかない。あるいは、習近平が何を言おうと、自分の生活とは関係ないし、生活が良くなるわけでもないと、最初から無視するか、ただ読んだふりをするだけなのかもしれない。
しかし、少しでも中国に関心をもち、書物等で中国近現代史に触れたことがある人なら、習近平が論じる毛沢東に関する評価は、突っ込みどころが満載の、どこからでも茶々を入れられる代物(しろもの)なのである。
習近平は、講話の冒頭部分で、毛沢東の人となりを以下のように総括する。
<毛沢東同志は偉大なマルクス主義者であり、偉大なプロレタリア革命家、戦略家、理論家であり、マルクス主義中国化の偉大な開拓者であり、中国社会主義現代化建設事業の偉大な先駆者である。近代以降の中国における偉大な愛国者、民族英雄であり、党の第一世代中央指導集団の中核として、中国人民を指導し、大衆の命運と国家の面貌を徹底的に変化させた一代の偉人である。また、世界の被抑圧民族の解放と人類を進歩させる事業において重大な貢献をした偉大な国際主義者である。>
チベットやウイグル、モンゴル人を徹底的に抑圧し、その言葉や文化を奪っておいて、何が「世界の被抑圧民族を解放した」などと言えるのか。人類の進歩に貢献したとは、具体的に何を指すのか。毛沢東ですぐに思い浮かぶのは、各国に過激な「マオイズム」(毛沢東主義)という革命思想を「輸出」し、ばらまいたことだが、これによって、たとえばカンボジアのポルポト派(クメール・ルージュ)による大虐殺や、南米ペルーの毛派共産党センデロ・ルミノソ(スペイン語で“輝ける道”)の極左テロによって、どれほどの人命が失われたのか、計り知れない。
国の舵取りをした期間の半分以上は失政の連続だった
さらに講話では毛沢東を「中国社会主義現代化建設事業の先駆者」だとしているが、毛沢東がしたことは破壊だけで、建設したものなど何があるのか?まして現在の中国の経済発展の基礎を築いたのは、毛沢東から何度も批判され排斥された鄧小平の手によるものだ。今に至る中国の経済発展の経過を振り返れば、毛沢東の時代と、毛沢東死後の改革開放の時代とでは、完全に断絶し、隔絶している。
新中国の建国(1949年)から数えれば、毛が実権を握っていた期間はその死(1976年)までの27年間。それに対して改革開放の時代は1978年から現在まで、ほぼ2倍の45年を数える。さらに毛沢東が実権を握った27年間のうち、彼が敷いた路線や政策が失敗した期間は、反右派闘争(1957年)や大躍進政策(1958~61年)、文化大革命(1966~76年)などのべ15年にも及ぶ。つまり、国の舵取りをした27年間のうち、半分以上は国を間違った方向に導いたことになる。大躍進政策による食糧不足と飢餓で犠牲になった人の数は少なくとも2000万人、一説には5~7000万人ともいわれる。
また文革時代の紅衛兵運動では、チベット寺院など多くの文化財が破壊され、革命路線をめぐる党内対立では、例えば重慶などのように重火器や戦車まで持ち出し、ほとんど「内戦」状態に陥ったところもある。そうしたなかで家族が引き裂かれ、人生を犠牲にした人の数は、国民のほとんどといえるかもしれない。つまり毛沢東が権力の座にあった期間の半分は、政策に失敗し、人民に途端の苦しみを与え、中国を阿鼻叫喚の地獄絵図に突き落としたのである。こんな人物をなんで今さら讃えなければいけないのか。
文革が「偉大な革命家の試行錯誤だった」だと!?
習近平は講話の中で、文化大革命と毛沢東の功罪について次のように論じている。
<毛沢東同志が社会主義建設の道を模索する過程で弯路(=曲折・回り道)を経験したことは否定できない。特に'文化大革命'という重大な過ちを発動し指導した。毛沢東同志の歴史的功罪について、わが党はすでに全面的な評価を下し、彼の功績は第一、過ちは第二だとした。彼の過ちは偉大な革命家であり、偉大なマルクス主義者が犯した過ちである。>
要するに社会主義建設の過程で、文化大革命という「弯路」=試行錯誤を経験したことは否定できないが、それも偉大な革命家であるマルクス主義者が犯した過ち(錯誤)だとして毛沢東を擁護するのである。偉大なマルクス主義者が、文化大革命のような10年にも及ぶ長期間、重大な誤りに犯しながら、その誤りに最後まで気づかず路線の修正もできなかったということは、マルクス主義そのものに重大な欠陥があることを自ら証明しているのではないか。
習近平は毛沢東思想について、以下のように説明する。
<毛沢東同志が高度に重視したのは、マルクス主義の基本原理を用いて中国の実際の問題を解決することで、これを終始一貫して堅持した。各種の誤った傾向と闘争しながら中国革命の経験を深く総括する過程で、毛沢東思想を創出し、中国の国情に適合した社会主義建設の道を模索する実践の中で毛沢東思想をさらに豊かに発展させた。毛沢東思想はマルクス·レーニン主義の中国における創造的な運用と発展であり、実践によって証明された中国革命と建設に関する正確な理論・原則と経験を総括し、マルクス主義の中国化において最初の歴史的飛躍を実現した。>
ここでいう「マルクス主義の基本原理を用いた中国の実際問題の解決」とか、「マルクス・レーニン主義の中国における創造的運用と発展」とは、具体的に何を指すのか。習近平が毛沢東思想を評価する基準の一つは、「マルクス主義の中国化」ということにあるようだが、その実態について、習は何も説明していない。
「マルクス主義の中国化」で何がどう解決されたのか?
毛沢東や習近平が、マルクスの「資本論」をどこまで読み込んだかについては知らないが、彼らの国家政策や経済運営をみても、労働価値論や剰余価値説などマルクスの理論を理解しているなどとはとうてい思えない。彼らが知っていたのは古代からほとんど変わらない中国の農村地帯の姿であり、せいぜい地主と小作の関係ぐらいのものだろう。マルクスが論じた資本主義社会とは、対極の位置にいたのが立ち後れた農業経済中心の中国だった。毛沢東がそうした農業経済を含めて、マルクス主義の理論に何か新しい意味のあるものを付け加えたなどということは、聞いたこともない。
さらに現在の中国が抱える不動産不況や金融不安に対して何の対策も打ち出せない習近平の姿を見れば、彼が経済のことなど何も分かっていないことは明らかであり、仮に毛沢東が「マルクス主義の中国化」を推し進め、「マルクス主義の創造的運用と発展」を通じて中国の実際問題を解決したというのなら、いまこそ、その毛沢東理論を使って具体的な解決策を提示すべき時ではないのか。
習近平によると、毛沢東はかつて「中国共産党の努力と、中国共産党人が中国人民の支えにならなければ、中国の独立と解放は不可能であり、中国の工業化と農業近代化も不可能だった」と言っていたという。その上で、毛沢東は「中国共産党の建設理論の先駆者であり、「彼はマルクス主義政党史上初めて党の建設と党の政治路線の関係を科学的に明らかにし、党の建設の基本法則を明らかにし、党の建設を強化する方向を提示した」という。そして、そうした党の建設過程でたどり着いた毛沢東の一つの結論は、「人民に政府を監督させること」(给出了第一个答案,那就是“让人民来监督政府”)だったという。習近平自身が一人独裁体制を作り、政敵を次々に陥れ、自分の周りにはかつての部下や側近しか配置しない皇帝政治体制のなかで、よくも軽々しく「人民に政府を監督させる」などという言葉が出てくるものだと、呆れるほど感心する。
「人民に政府を監督させる」というなら選挙を実施すべきだ
今の中国の現実のどこに、「人民が政府を監督する」姿などあるというのか?中国では、街のあちこちにある監視カメラの顔認証技術で、人々の身元と居場所は瞬時に特定され、白紙を掲げるなど普段と違う行動をとればすぐに警察に通報されるシステムになっている。人民が政府に対して異論を唱えることなど不可能なのは明らかだ。
人民が政府を監視する役割を持っているとするなら、全国人民代表大会の代表選出や中央や地方の政府のトップの任命に、普通選挙を導入すればいい話だ。政府の代表を選ぶ選挙がなく、国民が選挙という権利を行使できないために、習近平や中国政府には「説明責任」というものはいっさいない。外相や国防相が所在不明になっても何も説明しないし、若者の失業率という国家統計が突如発表されなくなってもその理由を説明するわけでもない。まさに独裁専制政治にふさわしい無責任体制なのである。
ところで11月24日は、劉少奇の生誕125周年でもある。劉少奇といえば、毛沢東の大躍進政策の失敗のあと、毛から国家主席を引継ぎ、どん底の経済の立て直しを任された人物だが、文化大革命では走資派として最大の標的とされ、凄まじい拷問を受けた末に獄死した人物だ。その息子の劉源が11月、四川省社会科学院発行の『毛沢東思想研究』という雑誌に、父・劉少奇を回顧し、毛沢東の個人独裁を批判する論文を発表した。「民主集中制を確立・堅持し、組織と制度の建設を強化せよ」と題した評論では、劉少奇が民主集中制について論じた演説や発言をもとに、共産党内では少数派が多数派に従い、個人が組織に従うことの重要性を指摘したうえで、党の指導は集団的指導であって個人の指導ではないことを強調している。さらに毛沢東の大躍進政策の失敗にも触れ、失敗の原因は「一言堂」と呼ばれるような唯一指導体制にも原因があったとした。「一言堂」とは、異なった意見に耳を傾けず、独断専行することだが、こうした過去の経験を踏まえると、集団的指導体制を確立し、個人独裁に反対することは党の重大原則として堅持すべきであって、党の領袖は党と人民の監督下に置くべきだと結論づけている。
評論家の石平氏によると、この論文は明らかに毛沢東批判に名を借りた習近平批判であり、劉源が属する党内高級幹部の子弟らによる「太子党」グループが、習近平独裁体制にいよいよ反旗を翻した動きとして注目されるという。(石平の中国週間ニュース解説12月27日)
https://www.youtube.com/watch?v=qxkqdFSKyII
習近平に毛沢東の失敗の責任まで引き受ける覚悟はあるのか?
ほかにも、毛沢東の失策を挙げればきりがない。習近平は講話のなかで香港問題について、一国二制度と「港人治港」、高度の自治を全面的に貫徹するといいながら、中央政府が全面的に管理権を行使し、「愛国者治港」の原則を実行するとしている。香港における高度の自治と、中央が全面的に管理することとは完全に矛盾するが、そんなことはお構いなし、言いっ放したほうが勝ちなのだ。また台湾問題については、「祖国の統一には大義が存在し民心の向かうところであり、祖国統一は必然だ」とし、「中国人民は確固たる意志、満々たる自信、十分な能力をもって、いかなる人がいかなる方式であれ、台湾を中国から分裂させることには断固として防止する」と宣言している。1月13日の台湾総統選挙に向けた恫喝であることは明らかだ。
そもそも香港に関しては、毛沢東がその回収にはあえて手をつけず、西側世界への窓口と植民地香港の地位を利用しようとしたのが、現在の国際金融都市として発展した香港の遠因であり、香港の回収を先延ばしし、天安門事件など中国内政の失敗があった影響で、香港人の民主主義や普通選挙への期待が高まったというのが、今の香港問題の根源なのだ。
また台湾問題にしても、毛沢東がスターリンや金日成の口車に乗せられて朝鮮戦争に介入していなかったら、国共内戦の勢いを駆って、蒋介石が逃げ込んだ台湾まで海峡を渡って侵攻し、台湾を併合できていたかもしれず、中国共産党にとっては、当時の毛沢東の選択の間違いによって残された歴史的課題ともいえるわけである。
習近平が、毛沢東を崇(あが)め奉(たてまつ)り、その独裁専制政治を模倣したいと望むのなら、毛沢東が犯した失敗やミスの責任をすべて引き受け、中国が抱えるすべての問題を毛沢東方式で解決するという覚悟を、実践で具体的に示さなければならない。毛沢東の業績が歴史の検証に耐えられるかどうかは、習近平が実行する政策が目に見える成果を残すことができるかどうかにかかっている。できるものならやって見せろ!習近平。