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キャンピングカーで日本一周

10月24日(水) 村上市[イヨボヤ会館、おしゃぎり会館、若林家住宅、村上歴史文化館](31km)①

2018.10.28 19:40


昨晩からの雨は午前中いっぱい続く。

駐車場でPC作業後、午後から市内の観光へと向かう。


村上市は、「鮭が有名である」ということは知っていたY。そして、単純に「おいしい鮭料理でも食べられるんだろう」ぐらいの軽いノリでいたK。


そんな二人が最初に向かったのは、「日本初の鮭の博物館」と銘打った「イヨボヤ会館」


なかなか名前が覚えられず、「ヨボヨボ会館」、「ヨボセヨ会館」などとふざけていたKY。


後で知ったのだが、「イヨボヤ」とは「鮭」を指す言葉だった。


そんな調子なので、博物館に入るより先に、隣の「はらこ茶屋」の看板が気になり、夢遊病者のように店内へとなだれ込む。


メニューの写真の見事さに我をも忘れ、多少お高めの鮭の親子丼定食を注文。Yがいきなり「親子丼を二つ」と言ったので、慌てて「鮭の親子丼」と言い直し、店員の男性に笑われる。


村上といえば鮭料理に決まっている。


言い直さなくたって、ここで鶏さんの親子丼が出てくる訳がないのだ。



「お待たせしました」と運ばれてきた御膳が素晴らしい‼︎

綺麗な盛り付けに魅せられる。

真ん中に盛られているのは「鮭のたたき」である。


鮮度も抜群で大満足の二人であった。



そして、ようやく本題に。意気揚々とイヨボヤ会館の見学へと向かう。


ガイドブックなどによく載っている、有名な「塩引き鮭」がお出迎え。



館内に入ると、まず、恒例行事、村上における鮭文化についてのビデオを観てから、地下1階へ降りていく。


長いトンネルに設置された生態観ふ察室では、親鮭が泳ぐ姿を見ることができる。

全身傷だらけの親鮭は、はるばる遠くのカムチャッカから故郷に戻ってきたのだろう。よく見ると、水槽の上の方には稚魚も泳いでいた。



トンネルの中ほどには、「青砥武平次記念コーナー」がある。


なぜ、ここに? と不思議に思いながら、設置されたビデオを再生する。


青砥武平次(1713-1788)は、村上藩の下級藩士。

鮭が生まれた川へ帰ってくる習性(母川回帰)に着目し、世界で初めて自然保護増殖のための「種川」(江戸時代に作られた人工河川)を31年もの年月をかけて完成させ、村上藩の財政に大きく貢献したとされる。


そう、彼こそが、村上の鮭文化の礎を築いた立役者であったのだ。(キリッ!)


ここ村上の鮭漁は1000年ほどの歴史がある。江戸時代には、当初年300両という漁民からの上納金があり、村上藩の大きな財源の一つであった。しかし、漁民の乱獲から漁獲高は減少して行き、一時は年の上納金がたった5両という時期もあったという。


そこで登場したのが、当時藩の「郷村役」として、村々を管理し鮭漁を取り仕切っていた青砥であった。


彼は、鮭の漁獲高を回復するには、乱獲を止めるだけでなく、鮭が戻ってくるのに適した環境を作り出さねばならない、と藩主に訴えた。


そして、その意見が藩主に受け入れられ、三面川には親鮭がより産卵しやすい分流を2本造成し、産卵が終わるまで禁漁とした。


孵化する稚魚の数が増えれば、三面川に帰ってくる鮭も増えることを、青砥は経験から知っていたのだ。


人工孵化の技術のない当時としては、天然孵化を助け繁殖を図る「種川の法」は、世界に類のない画期的なものだった。

彼の努力は実を結び、鮭の漁獲量は年々増加。年間1000両もの収益があがるようになった。彼は人工河川が最終的に完成するのを待たずに世を去ったが、彼は生前、鮭漁の入札制度を確立するなど、鮭を介して村上藩の行財政システムを確立させたとされている。



トンネルを更に進むと、

突き当たりに、「川に到着!」の表示があり、ガラス張りの水槽が一面に広がる。


実はこれは水槽ではなくて、種川(人工河川)の断面を真横から覗き見ているわけだ。


これは実に面白い仕掛けだ。水深の浅い流れに、親鮭が泳ぎ回っているのがよく分かる。全く自然な状態が観察でき、タイミングが合いさえすれば、オスとメスが産卵する瞬間を見ることも出来るらしい。


中には産卵を終えて死んでいる鮭も見られる。


館内では、他にも様々な鮭漁の方法、


「持ち網漁」や


「居繰網漁」や、


「地曳網漁」などの、絵図が豊富に展示されていて興味深い。


また、さかなクンや、


漫画家・馬場のぼるが描いた鮭のイラストもあって、美術館としても楽しめる。


1階に戻ると、鮭漁や鮭の食文化に関する展示があり、密漁防止や設備破壊を防止する「番小屋」も再現されていた。


また、別室には「ミニミニ孵化場」があり、孵化の様子がプラスチック粘土で再現されていたりと、なかなか手が込んでいて、見学者を飽きさせない。


ここイヨボヤ会館では、青砥武平次という先覚者の業績を知り、さらには鮭の生態を自然のままに観察することができる。環境保全の面を含め、人間社会が漁業と、どのように向き合ってきたのかを考える一助ともなる。


おふざけ気分で立ち寄るなんて、本当に申し訳ない。心からひれ伏して謝りたくなるほど、素晴らしく感動させられた施設であった。