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過疎、限界集落の再生方法を考える

2018.10.31 11:33

ここ新潟に来て、早8年目。かつては、年毎に人口増加の街に居て年毎に変わっていく町並みを見てきた。当地はどうか?と言えば、日毎に人が絶えて行く、現状を踏ん張って維持に力を注いでも、その維持努力がまた希望を消して、来る人を拒む、阻む。一地域でも一つの家でも一緒、お金の有る無しを言って、何もしない所には誰も寄り付かないもの。過疎の進行形の時は、こんな状況で限界集落になって初めて、身の丈の生活をして、ささやかな幸せを糧にする。失礼な言い方だが、こんなけなげ素朴な集落を、何とか再生復興出来ないか?この地に来て、ずっと考えて来た事だ。

1つの提案キーワードは「疎開人」で村民による村民の為の村民の復興は無理との見解で「疎開人」 その疎開人によって、集落の魅力を発見、発掘をして頂き、生かし成長させて頂く、と。

疎開人と言っても、目指しているのは全国区であったり、世界で有ったりの卵たちの事です。その視野を限界集落の人々や、その市圏内、圏内の空気を入れ替える風になって欲しい訳だ。では、どのような分野の人達や団体に疎開していただくか?

その前に、過疎から限界集落に至った因について、ある程度、把握をしておく必要があります。沢山の因が絡んでの結果ではありますが、言える事は、自分の生活向上を考えもしないし、目標にもしないし、やろうともしない。見下して言う訳では有りません、そういう環境下にある事を解っても、尚更に鞭入れを行わないと、環境に流されてしまい兼ねないと言う指摘です。都会は、良くも悪くも競争社会です。競争は常に時代の先端に意識が無いと遅れ者。過疎地域には 「世の先端」意識はまるで無い、発展の考えの無い場所は若者の呼吸を苦しいものにする事が、地域的に解っていない。そんな考え不要なほど、都会の人達よりも豊かで満足の結果なのか?いや気づいた時には、なにも手がつかないから過疎としましょう。 お気づきとお思いますが、発展進歩の人達に疎開して頂いて、その人達の夢を共有して支えに廻って盛り上げて再生を歩もうと言う方法論です。

自ら発展進歩して行かないと成り立たない人達って?スポーツ人、芸術、芸能、技術技能の最先端、添う、最先端の卵や途上の人たちに疎開していただくと、人種と言うか、色んな考えの地域構成の人種としてバランスが取れてくるんです。

また、これらの人達の本舞台は、都会で有っても、力を付ける舞台裏、これで支えとなる、場合によっては、モバイル時代を考えれば、本舞台にも成れるかも知れない。学生向けの映画村、撮影所なんか如何でしょう?俳優から、監督、プロデューサー、脚本、演出家、関係するすべての人材を育成する村。発表会は、全国、村外、県外から、ワンサカ! 伝承から創作、何を選んで運営するか?は文殊の知恵だが、言える事は早い者勝ちと言う競争だ。(村のすべてが映画カセットです。高校、大学の映画部活、一般同好会、会社自主PR映画、プロとの交流、卵から雛に育てる映画村、、)が候補になりましょう。

若者の居ない村に若者を呼び込む策では高齢者との融和が起こりません。芸術などカルチャーは、言葉や宗教、人種、時代や世代を越えるものですから、こちらを輪の中心にすると老若男女が個性となり融和も進む。必要は村内生産をする。村の再生には大きな力となる論理。映画村なら撮影セットは、村の手で。いきなり外国人が疎開してきたら?過疎から国際ビレッジですね。

「疎開人」先ず以って人が疎開しない事には、何も始まる事は無いので「疎開人」とは言いましたが、実質は、カルチャーの疎開です。カルチャーの本場は、大都市ですが、その下地は都会では無く地方の豊かな自然と素朴から生まれるもので大都市で花開き、羽ばたく、と考えていますから、まさに過疎地は、各カルチャーの生みと育みの適地なのです。時代はインターネットからモバイル時代、疎開人は「最先端を駆使して成長し、過疎地には最先端追随残してくれるでしょう。

単に過疎の地にお金を落としてくれる、なんて、望む方もおかしいし、それで過疎が救われる、と思う方もおかしい、良くも悪くも過疎は住民の追い込んだものですから、住民が変わらない事には、一時の救いも生かせないし、良くなったとしても維持継続が出来ません。大都市に学ぶなら、それは、時代の乗り物には必ず乗車する。乗り遅れの怖さは今の過疎。と思って過疎人と繋がりを積極的に造って乗車しつづけ、時代の最前線にいる田舎。これが目標になる。

そのむかし、農業など第一産業隆盛の時、今の過疎村が果たしてきたものとは?集団就職で都会へ人材、労働力を育てて送り出してきた。今回の提案構想も、この送り出す内容は変わっても構造は変わらないと言う事です。今の今度は、全国の過疎地は時代の寵児になるような人材を都会へ世界へと送り出すのです。

大事な事は、問題意識で問題を解決したって人は戻ってきません。このHPの苦虫写真のような顔をした人ばかりでは,傍にだって居付きません。人は笑顔に懐くものですから、例え二人暮らし、一人暮らしでも笑顔を作る政策や方法が第一優先です。隣の家で楽しそうな宴会が催されれば、参加したくなる、が如く。これが出来ないで苦虫顔では、福の神も逃げる、と言うもの。こういう意味でも、お笑い芸能の卵たちの道場の疎開も良いでしょう。それをインターネットTVや動画で流します。はい。

限界集落に直面すれば、と言うより直面する以前、自分たちは何を語っていたか?自分たちの集落と自分の残された人生を重ね合わせた事を語っていなかったか?更に限界集落が決定的になると、語るに落ちて「吹聴になる」。自分が残りの人生に夢を見なくなったのは良い、としても、その土地までも可能性をも見下し、この土地が希望を消し去ったような言い方をする愚痴三昧。ここに人が寄ると思いますか?離れた人間が、勝手を言うようだけど、「風邪と共に去りぬ」のラストのように、生まれた土地は父母のようにそこで生まれた人々を、離れていても見守り、再度の出発にも支える大きな存在です。思い出に笑顔が有っても限界に至って都会の隣人よりも刺々しくては、リターンして戻りようも無い。まして、他の土地で生まれた人は、そこに済む意義が見つけられないと思う。やせ我慢でも愚痴は言わない、笑顔笑顔で、里帰りしてくれる人をおもてなしする。齢を取っても、訪れる他人から、「学ぶ」が無いと地元の話も聞いて貰えない。こういうメンタルを個々に反省して生かす気がないと、これより住もうとする人と共通項が作れない。

もちろん限界集落と言う結果は、住民の責任は無いに等しい軽いものです。主なるところ、行政政索の不行き届き、時代の趨勢の結果です。けれど再びの活性を取り戻すには、行政や一部の行動派だけでは戻す事は出来ません。天災や災難の後始末から復興の様に、全員の意思一致が無ければ、流れのまま、止める事さえ出来ないのです。こうして苦言のように指摘をするも、すべて解っての上で、かつこれからの再活性には、一致の合力が必然。ここに表す指摘もアイデアも真剣に考えれば誰でも発想で切る秀逸なものでは有りません。ただこれで目覚めの風にでも成ればの気持ちです。

さて、そう言う事で、また話を進めると、一歩進めてどの分野を取り入れたら良いか?それは苦手克服です。おそらくは、老いて昔話しか運ばれてこない集落の風を、若い新風に変える努力。パソコン・スマホ・ゲーム・ファッション・インスタ・ミュージックAKB・・・・知ろう、使おう、楽しもう。そう、若者思考を知らなければ、仲間の資格が取れない、若者に年寄りになれ、とも言えない、この際若者文化を学んで頂かないといけない。それならば、とロックンロール村を作ろう。ロックステージ、ロック合宿所、ロックイベント、広い自然をバックに自然に溶け込むロックンロール。どうって事も無い、大昔から歌は田舎から街へ流行ったものだし、あのカントリーニュージックも田舎の出身なんだから。それを再び発信するだけ。

ここまでは、人集め。実際には、ここで食べられるか?が問題であって、居住の許容判断は足が地に着くか?着かないか?疎開と言った訳は、言葉の発祥時期、戦中の食糧不足時期に作れば食べられる田舎農家。それは、今2018年でも変わらない。誰もいない田畑を自由に、と言えば、集まる理由の下に食の確保が成されるだろうし、集落の許可も寛容しなければならない。そもそも、限界集落まで自分のもの意識が強すぎる為に陥った側面も有る集落。子に意識が消え去った時、ガラガラポンの新世界が生まれるものなのです。限界に至るまでには危機感と対策を交錯してきたとは思います、が新しいものは受け入れる心が生むもの。でも安心して下さい。新たな人と集落が出来たとしても、過去は大事にする筈です。なぜならば、そこで収穫される収穫は先代の遺産だからです。そこに感謝恩の無い人は、夢も無いし、自力心も無く、こんな最果てには来ないものです。そういう意味で、「創めて」に拘る人が集まるようにプロデュースしないと始まりません。焦らずに、小さいながらも第一産業、第二、第三と盛り上げましょう。

はてさてと、ここで述べているうちに、近いコンセプトで実働している過疎地域も有る。その推進役の年齢は?やはり皆、若くPC時代に乗った若者たち、別の言い方で未来を見ている人達。未来を想定できず、昔と比べて今を論じる人の話は決して未来などではなくて、ただの心配。何時の世も心配と言うのは、行動ではなくて、むしろ立ち止まりと言って良い。立ち止まった話には、聞く耳はあっても行動を共にする者は居ないのだ。この意味でも新しい考えの風に疎開していただく事が、最もで、最もな、最もの必要な養分である、と思うわけだ。実際の話、ここに我が最もやりたいコンセプトは、まだ述べていない。懐に秘蔵したままなのだが、いまだ是非とも自分の手で、の思いがあるからだ。自分の行動を諦め断念した時に、託す意味で話そうとは思っている。

これも、自身の懐に保管しておいて、いつか自分の手で、の思いが強い案件ですが、昨今のニュースを見ていると話くらいは、、。の思いで、ここに公表すると、キーワードの「疎開」にぴったり。それは、里親施設の疎開と言っていい。基本を農園とし、自然や、栽培経験を通して伸び伸びと、健全に育ってもらう環境とし、村や地域全体が支える。細かくはシリアス問題が経ちは下るので、対応方法は、ここでは言わないが、その土地の出身者を増やし、そこで育った者が、次の運営者になる。まあ、公設は無理だろうから、私設の里親カレッジしか手がないと思う、けど過疎対策の基本から言えば、人材育成に関われなければ、この問題は呆然の通過で時が過ぎてしまう。本当は大企業の人材育成とコラボしてくれれば、救いの神なのだが、その前にモデルケースを見せてあげなければ成らない。子供を育てる問題には、ソロバン(損得計算)を持ち込まず、まずは周りが、純粋に育てる意識を持てないと進まないし進めたくない、詳細は我が心の中の案件。