林 伸弥
2018.11.04 00:43
手紙を読んだその日から私の頭の中に「お母さんの恋人であった父」が住み着いた。その人は黒いスーツを着ていて顔がない。顔がないのは葬儀の日の参列者の顔を何度思い出そうとしてみても思い出せなかったから。そもそも「お母さんの恋人であった父」が来ていた確証は何もない。
仕事をしている時、トイレにいる時、電車に乗っている時、気がつくとその人は私の頭の中から私を見ている。私は私の頭の中に入っていってその人の顔を上下に揺する。するとその顔は時々、私の元恋人の顔になったり、お母さんの顔になったり親友のくみちゃんの顔になったり、この間、動物園で見たカワウソの顔になったりする。そんな事をしているとあっという間に時間が経ってしまい、ほら、私はまた電車を降り過ごしてしまう。