今日の日記(11月5日)
泣き出しそうな空を見上げながら家を出る。
Yシャツの上にニットベストを着ているだけでは肌寒さを感じるようになった。
明日からはコートがいるだろうか。
そんなことを考えながら歩いていると駅に到着した。
ホームでしばらく待つと、列車がやってくる。
満員の電車に身を押し込めて、手すりにつかまる。
スマートフォンを左手でもち、行政法の試験問題に挑戦する。
が、頭が回らない。
5問を問いたところで問題を閉じる。
次にニュースサイトを開く。
卓球の日本人選手が優勝をはたしている。
そして中国による人道に逸れた少数民族への虐殺。
それから経済ニュースに特化した専門のアプリを開いて記事の見出しを眺める。
後で深く読みたい記事に栞をはさみ、アプリを閉じる。
株式取引のサイトにログインし、売りの注文と買いの注文に値を入れる。
次に仮想通貨の取引所を開く。主要な銘柄の値が16%から1%上昇しているのを確認する。
少し考え、少し高めの値で売りの板に値をはさむ。
それからまたWebを開いて、通信キャリアのポイントくじを引く。外れ。
次はカードバトルゲームのソーシャルゲームを開き、毎朝配布されるアイテムを獲得する。
ゲームを閉じて、いくつかのコミュニケーションアプリに、メッセージが何も届いていないことを確認する。
それからメールアプリを開いて、会社のメールがないことを確認する。
snsのアプリの投稿をいくつか眺めたあとで、スマートフォンをポケットにしまい、鞄から本を取り出す。
『西行花伝』。
冒頭から読みはじめるが、雑念が邪魔し、文字が頭に入ってこない。
本を鞄にしまい、目を閉じて、雑念が浮かぶままにする。
「無力な私たちにも、一つだけ力が残されている。それは宿命から超え出て、私たちのほうからその宿命に意味を与えることだ」
『西行花伝』に、そのような一節があるという。
それは作家、辻邦生の思いなのか、それとも西行の思想なのだろうか。
今日は雨が降るのだろうか。
反体制を弾圧することは正義なのだろうか。
誰がそれを止められるのだろうか。
電車がゴトゴト揺れている。
思考が脈略なく浮かんでは移っていく。
ベーシックインカムに変わるシステムで、すべての人間に経済的な自由をもたらすことは可能だろうか。
どうすれば人間は自由に生きられるのだろうか。
そもそも人間に、自由は必要なのだろうか。
電車のアナウンスが、日比谷駅に到着したことを告げる。
私は目を開き、あわてて電車を降りる。
地下から階段を昇る。
地上にでると雲は晴れ、日差しが照っている。
私は何と闘っているのだろうか。
それとも闘っているふりをしているだけで、本当は何もしていないのではないだろうか。
地下鉄からJRに移動し、再び電車に乗り込む。
電車が動き出す。
スマートフォンを取り出し、今日の日記(11月5日)、と文字を打つ。
考えなしに言葉を続けていく。
泣き出しそうな空を・・・