「ミスター・エーカーの閑雅なる朝食」: グラハムと刹那とライル / しょうもない朝食話
朝、シャワーを浴びているその時に、もしも少年が自分を訪ねてきたらと考えることがある。
そうしたら自分はこうすると思う。トーストととっておきのベーコンを焼いて、熱いコーヒーを淹れる。なんなら卵だってつけていい。スクランブルでもフライド・エッグでも。こんなもてなししか出来ないことを口では詫びながら、彼をテーブルにつかせる。自分が作った朝食を食べさせて、それを眺めながら、満足げに自分もコーヒーを飲む。
瞳を閉じ、熱い飛沫を受けながら。
一通りありえない妄想をしてにやにやとだらしない笑みを浮かべるのが、私の非番の日の朝のルーチン・ワークである。
「グラハム・エーカーだな?」
その至福のシャワー・タイムに、今朝は本当にチャイムが鳴ったものだから驚きである。
「…いかにも」
私は目の前に立つ、『由緒正しきアイリッシュ』といった容姿の青年を見つめながら言った。
「私がグラハム・エーカーだ」
無論、妄想通りにあの少年が訪ねてきたわけではない。少年が例えこのアイルランド人に変装していたとしても見抜く自信がある。
だがどうやら。今朝も今朝とて私の第六感は恐ろしく冴え渡っているらしい。この青年も、また別の意味で私の興味の対象であると。
「連邦軍のユニオン支部内部に、クーデターを企むアロウズの残党がいる」
そう言って彼が私に差し出したのは一本のデータスティックだ。
「メンバーの情報が入っている。その後の処理はあんた達に任せるから、」
「君もガンダムだな」
「は」
まさかそんなことを言われるとは夢にも思いませんでした、そう顔に書いてある。一瞬のうちに身を退けようとした彼の腕を、私は掴む。
「君もあのガンダムに乗っていたパイロットだろう。そうだな…六年前に手合わせした、あの眠り姫といったところか」
「あ、あんた何言って」
「なんという僥倖…まさか私の願いが現実になる日が来るとは」
抵抗する彼の腕を強く引き、私の家の中へと無理やりに引き入れた。彼は玄関に敷かれたカーペットにつまづいて、驚きの声を上げながら床へと手をついた。
「ってぇ…なんつー馬鹿力だよ…」
「私は我慢弱い」
私に背後を見せていることを、本能でまずいと感じたのだろう。彼は素早く身を翻して私を見上げた。
「歓迎するよ、ガンダムのパイロット」
*
鋳鉄製のスキレットの上で、上等なベーコンとトマトがじゅうじゅうと食欲をそそる音を立てていた。
「卵は両面焼きと片面焼き、どちらがお好みかな?眠り姫」
「あー…片面焼き。黄身は半熟で。ていうか、たぶん俺、あんたの言う眠り姫じゃないと思うんだけど…」
「片面焼きだな!承知したぞ眠り姫!」
「人の話聞けって…」
全くもって信じられない。
我が家のダイニングにガンダム・パイロットを招き、私が彼のために朝食を作っている。
キッチンと対面式になっているカウンターに座る眠り姫は、私の目の前にぷらぷらとデータスティックをぶら下げて見せた。
「あのさあ、俺の任務は、あんたに玄関先でこのデータを渡すだけだったわけよ。ものすんごい簡単な任務なのに、もう500セコンドも計画から遅れてる。ただでさえ徹夜で大気圏突入して疲れてるっていうのに。頼むから受け取ってくんない?」
「無論だ。軍内部にクーデターを企てている輩がいるなど言語道断」
私は素早く卵をフライパンに割り入れながら答える。
「だが私がそれを受け取らない限り、君は私の家から出られないというわけだ」
「…どうしたら受け取ってくれる?」
どこか飄々とした雰囲気を持つその青年は、頬杖をつきながら私を見上げる。
「朝食を共にしよう。ガンダム・パイロットと朝食をいただくのが私の長年の願いでね」
「その話が本当なら、あんた相当変わり者だな」
「よく言われる」
冷蔵庫からグレープフルーツ・ジュースを取り出してグラスに注ぎ、私は眠り姫に差し出した。
「アサイー・ジュースもあるぞ!」
露骨なまでの呆れ顔で、彼はしぶしぶとグレープフルーツ・ジュースのグラスを受け取った。手持ち無沙汰に窓の外を見つめた彼が、「あ」と小さく声を上げる。
開け放したリビングの窓から、ひらりと美しい身のこなしで現れた、紺色のコートの侵入者。
「なんと!」
その姿を見て、私は驚きと喜びの声を上げる。ここは高層階の部屋だ。窓から侵入するのはなかなかに骨の折れる作業だっただろう。だがそんな疲れは微塵も見せず、平然とキッチンまで歩いてきたのは、私が最も激情を寄せるガンダム・パイロット、あの少年だったのだ。
「少年ではないか!」
「……久しぶり、でもないな」
少年は私と眠り姫の様子を見ても、不機嫌そうに整った眉を歪めただけだった。ああ、料理をしている真っ最中なのが悔やまれる。今すぐにだってこの少年を抱きしめに行きたいというのに!
「刹那ぁ」
眠り姫が少年に向かって助けを求めるような声を出す。
「なんとかならないの、この人」
「諦めろ。この男のしつこさは筋金入りだ」
「お前がバックアップに回りたいなんて珍しいこと言うと思ったぜ」
眠り姫がグレープフルーツ・ジュースを啜りながらため息をつく。
「俺は顔が割れてるからお前に任せたんだが。やはり妙なことになっているようだから助けに来た」
「予想はついてたってことかよ…」
「すまない」
私がいそいそと皿に卵を盛り付けていると、タイミングよくトーストが焼き上がった。
「少年、グレープフルーツ・ジュースはいかがかな?」
「ミルクあるか」
「もちろんだとも!」
少年が眠り姫の隣の席に腰を落ち着かせる。どうやら彼もこのモーニングに加わってくれるらしい。私は喜びのあまり焼きたてのトーストで指を火傷しかけた。
「刹那、このおっさんの扱いに慣れてるな…」
「絶対に抗えない理というものがあるというなら、それがこの男だ」
「あっ、そう」
「朝食を食べれば帰してくれる。そういうものだ」
「めんどくさいことこの上ないな…」
目の前で盛大に悪口を言われている気もするが。私は気にしない。少年には冷たいミルクの入ったグラスを手渡し、同時に熱いコーヒーの入ったマグカップを二つ、両名の前に置く。
そうして。
カリカリに焼いたベーコンに、チーズをのせた熱々の焼きトマト。片面焼きで半熟にしたフライド・エッグに、たっぷりのバターとマーマーレードを添えたトーストが二枚。
それらを二枚の白亜のプレートに美しく盛り付けて、私は大満足で鼻を鳴らした。
呆れ顔と仏頂面をかます両名のカウンター・テーブルに、意気揚々とそれを置くと、いよいよついに、言いたかった台詞を口にした。
「ひと呼んで、グラハム・スペシャル・プレート!」