「マイケル・チャンの受難」:/ 00映画の劇中劇「ソレスタルビーイング」ネタ / 刹那とライルも少し
「伏せろ!」
ひゅっ、と。
頭のすぐ横を、風を割く音ともに、何かが通り抜けていく。
一瞬の後。すさまじい爆音と爆風がもろに体にぶつかってきて、俺は叫び声をあげた。
「ひ、ひぃいい!た、助けて!」
「こっちだ!」
今しがた小型爆弾を投げた張本人が、そう叫んで俺の手を掴む。撮影スタジオの入り組んだ廊下を、男は俺の手を引きながら迷うことなく走り抜ける。
ほんの数分前。
この男は何の前触れもなく俺の楽屋控え室に現れた。
「マモー・ミヤノだな」
ウェーブのかかった黒髪。浅黒い肌に中東系の彫りの深い顔立ち。紺色のジャケットに黒いシャツという色気の欠片もない服装で、奴は俺の前に立っていた。
「…なに、あんた。どっから入ったの」
「アロウズの残党が、あんたを狙っている」
不審な目で奴を見上げた俺に、その男は愛想笑いひとつせず、唐突にそう告げた。
「は?」
「あんたの映画が、新政権のプロパカンダと奴らに認定された。見せしめのためにテロに乗じてあんたを殺す計画を立てている」
『ソレスタル・ビーイング』のことか。
俺は目の前に立つイカれ男の話す内容の95%は理解できなかったが、俺の出たその映画のことだけは分かった。三億ドルもの巨額な制作費をかけた、三時間越えの超大作。主演はこの俺、泣く子も黙るハリウッドスター、マモー・ミヤノだ。興行的な成功もばっちり収めており、続編を望む声が既にあちらこちらから聞こえ始めている。続編出演のサインはまだしていないー…ぎりぎりのところまでギャラを上げるため、目下交渉中といったところだ。
「なに映画みたいなこと言ってんだ、兄ちゃん。サインはしてやるからとっとと」
消えな、そう言おうとしたその瞬間。
楽屋控え室の明かりがふっと消え、部屋の外から身の毛のよだつような銃声と爆音が鳴り響いたのである。
「な、なんだ」
「間に合わなかったか」
男は僅かに苛立ったようにそう言うと、俺の腕を無理やり掴んで部屋を飛び出した。廊下に出た俺はこの目を疑った。照明が落ち、硝煙のような黒煙が辺りにもうもうと充満し、ただならぬ雰囲気が辺りに漂っていたのである。
「ー…いたぞ!」
廊下の先から現れた、武装した男が俺と黒髪の男に向かって叫ぶ。手には…アサルトライフル。映画の撮影ではよくお目にかかる代物だ。だがこれは。
そうして始まったのが冒頭の爆発騒ぎである。
「なんの撮影だか知らないけど、俺は契約書にサインしてないぞ!」
「黙っていろ」
俺がそう叫んでも、黒髪の男は武装した男たちの様子を伺いながら無愛想にそう突き放すだけだ。辺りは未だ銃声が鳴り響き、爆発音があちらこちらから怒声のように響いている。せっかくのセットも何もかもが台無しだ。
「…マモー・ミヤノ!」
俺の名を叫びながら突進してきた武装集団の男に、俺が慌てて振り返ったその時。
俺は確かに、この目で見た。黒髪の青年が俺の体を素早くかばいながら、重心をやや低く下に落としたのだ。一瞬の閃光と刹那の銃声。彼の髪がひとふさ、床にはらりと落ちる。そうして。
彼は手に持った変わった形の拳銃から迷いなく一撃を放ち、見事敵を撃退したのだ。
「…マジかよ…」
「行くぞ」
信じられない。銃弾を避けやがった、この男。
何世紀も前からアクション映画の類でさんざん使い古されてきたシーンを、俺が今、現実のものとして目にすることになるとは。
俺の手を引く青年の後ろを無我夢中で走り抜け、細い道をいくつもいくつも抜け、たどり着いた先は撮影スタジオからかなり離れた路地裏だった。奴が突然足を止めて俺の腕を離したので、俺は勢い余って地面に頭から突っ込んだ。
「ひぐっ」
スターあるまじき声が自分の喉から発せられる。痛みで朦朧としながらも僅かに顔を上げると、黒い革のブーツを履いた足が視界に入る。
黒髪の男は息ひとつ切らさずに、平然とそのブーツ男に声をかけた。
「ロックオン」
「おうよ。1530、ターゲットの無事を確認っと」
これが無事に見えるって一体、どういう了見なんだ。
クルーザータイプのバイクに背を付けた、アイルランドなまりの茶髪の男が立っていた。アイルランドなまりは俺の腕を掴み、俺が起き上がるのに力を貸した。どうやらこの黒髪の無愛想なのよりかは、いくらか人間的なところのある男らしい。
白い肌に伊達眼鏡をかけたアイスブルーの瞳。なかなかの美男子である。
「はー、生で見ると、俳優ってのは男前なもんなんだなぁ」
前言撤回。こいつもイカれ野郎だ。商売道具の顔は酷い有様に違いない。俺はずきずきと痛む顔を手で押さえながら、息も絶え絶えに口を開く。
「だ、誰だあんた」
「お、声は刹那そっくりだ」
茶髪男はそう言ってにしっと笑って見せた。カメラ付き電子端末を取り出して、俺の肩を抱くと。
「はい、笑って」
にっこり笑ってセルフィー。黒髪が刺々しくそれを咎める。
「おい」
「いいだろ、ミレイナたちにお土産だ」
「…好きにしろ」
黒髪の若い方が、ポケットから電子端末を取り出し映像通信を開く。
「ミッション完了。これより撤退行動に入る」
『了解。ポイントC-56を合流地点に設定します』
機械的な発言に機械的な返信。若い女の声だ。
その時、遠くからサイレンの音が近づいて、俺たちのいる路地裏の近くで止まった。
「警察か」
「プラン通りだ。こっから先はお役御免だな」
男たちは口々にそう言うと、素早く身を翻してバイクに跨ると、タンデムであっという間にその場を去っていった。
趣味の悪い映画を見せられたような吐き気と痛みに戦いながら。俺は心に決める。
続編はやめだ。