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NovelTherapy『ちょうちょとコウモリとぬいぐるみ』』

2024.01.08 14:15

『ちょうちょとコウモリとぬいぐるみ』

ハシヒロ コウ 著


ダニエルはアメリカの小さな街に住む8歳の男の子。

焦げ茶色の瞳にふくふくとした頬で、おっとりとした顔立ちをしています。ブロンドヘアは、お母さんが「チャームポイントの大きい耳がよく見えるように」と美容院でお願いして短く切り揃えられています。


たいてい、お母さんが買ってきたチェックのシャツにジーンズ、赤と白のスニーカーを合わせています。学校の友達はみんなお洒落で、よくファッションの話をしていますが、ダニエルはあまり興味がありません。

ダニエルは足が早くありませんでした。

学校のみんなで野球をしていたとき、なかなかバッドにボールを当てられません。やっと当たったと思っても、あっさりアウトになってしまいます。


「走れよ!」
「ダニエル、遅い!」


よちよちと戻っていくダニエルに、クラスでやんちゃなマックスとオリバーは茶々を入れますが、ダニエルはのほほんとした顔で肩をすくめました。


「たまには言い返せばいいじゃない?」


頭の良いクロエが腕を組みながら少し責めるように言いますが、ダニエルは「言い返すことはないよ」と言いました。


ある日の昼休憩、教室から出ていくところのダニエルにクロエとエマが話しかけます。


「また図書館?」
「一緒にカフェテリアに行こうよ」


ダニエルは「新しく入った本があるんだよ」と言って、ふたりの誘いを断りました。
ダニエルは本が好きで、動物や昆虫の図鑑をよく読んでいました。友達がカフェテリアや校庭で遊ぶなか、よく図書館に行きました。図書館で借りた本は家に持って帰り、夢中で読みました。


ダニエルは寝るときくまのぬいぐるみである『ベア』を抱いて寝ます。ダニエルは『ベア』の手触りがお気に入りで、買ってもらってから3年間、毎日一緒に寝ていました。
新しい図鑑を読みふけり寝るのが少し遅くなった翌朝、お父さんが起こしに来ました。ダニエルは布団を剥がす勢いで『ベア』を一緒に壁へと放りました。


「こら! 『ベア』が『いたい』って言ってる!」


お父さんは口元に『ベア』の顔を持っていって、『いたい!』と裏返った声で叫びました。


「言わないよ。『ベア』はぬいぐるみだから」


のほほんと赤ちゃんのように笑いながら言うダニエルに、お父さんは「ああ…」と眉を困らせました。

ダニエルが学校へ出かけて行ったあと、お父さんはお母さんに内緒話をするように耳打ちをしました。


「なあ、ダニエルは学校でうまくやれているかな? 賢く育ってくれて何よりだが、たまには図鑑じゃなくてゲームを買ってやらないと…、友達と何を話せばいいのか、苦労するんじゃないか?」


お母さんはその言葉に肩をすくめました。


「いいじゃない。それがダニエルでしょ」



ある日ダニエルは夢を見ました。

暗闇の中、ちょうちょが飛んでいます。そのちょうちょは縁が金色に光っていました。

どの図鑑でも見たことのないそのちょうちょを、ダニエルは夢中でそれを追いかけましたが、いつもよりもっと足が進まずまったく追いつけません。やがてちょうちょは暗闇へ溶けるように消えていき、そこで目が覚めました。


「金色に光るちょうちょって、見たことある?」


ダニエルは翌朝学校でマックスとオリバーに聞きました。


「はあ?」

「何だそれ?」


マックスとオリバーは活発に外で遊ぶので、もしかしたらとダニエルは思っていましたが、当てが外れて静かにため息をつきました。


クロエとエマに同じ話をすると、ふたりは図書館で一緒に本を調べてくれました。

「ちょうちょは、おもに日向と日陰の分かれ目、林とか草原にいるみたいね」
「そうだよね……」と言いながら、考えるようにダニエルは顎に手を当てました。

「この近くで言うと、学校の裏側にある山の方になるのかな」
「まあそうなんじゃない?」


ただそのように肯定したエマの横で、クロエは腰に手を当てて頬を膨らませました。


「でも、いるわけないじゃない。金色に光るちょうちょなんか。ただの夢でしょ? ……それでも行くの?」

クロエの言葉にダニエルは静かに頷きました。エマはそれを見て首を傾げました。

「珍しいね、ダニエル」

「うん。なんかね……『宝物』って感じがしたんだ」


ダニエルは放課後、クロエに教えてもらったとおり、学校の裏山へ行きました。

よく晴れた日だったのですが、木が生い茂り、あたりは少しずつ暗くなっていきます。


「……」


もうどのくらい歩いたのか、あたりはすっかりと真っ暗です。
ダニエルは怖いと思いながらも、夢の中の暗闇を思い出し、雰囲気が近いかもしれない、と思いました。

するといきなり目の前に黒い影が横切りました。

よく見るとその影はコウモリで、吸血鬼に姿を変えました。
吸血鬼はいきなり「おまえの血を寄越せ」と叫びました。


「なんで?」


ファンタジーにほとんど触れないダニエルは、吸血鬼の存在を知りませんでした。


「寄越さないならここを通さないぞ」
「そっか…。でも、ぼく、献血もできないよ」


吸血鬼を知らなかったダニエルは、献血ができるのは16歳からだと本で読んで知っていました。

吸血鬼は「え?」と呆気にとられたような顔をします。


ダニエルは思案していると、手にやわらかい感触を感じました。手元に目をうつすと、『ベア』を握っています。

「………」

(ぼく、『ベア』を持ってきてたんだっけ?)

「じゃあこれは?」

「ぬいぐるみじゃないか」と吸血鬼はげんなりした顔で答えました。
「でもね、『いたい』って言うんだって。パパが言ってたもん。きっと血も通ってるよ」


ダニエルは『ベア』を両手で持ち、吸血鬼の前に差し出すようにしました。

「はい、どうぞ! 終わったらちゃんと返してね」

吸血鬼は『ベア』を片手で受け取ったあと、訝しむように目の上に持ち上げて、何も言わずダニエルへ返しました。


「いらないの?」
「もういいよ」と力が抜けたように吸血鬼は言って、再びコウモリに姿を変えて去っていきました。

(何だったんだろう、あれは?)


ダニエルは先ほどまでの奇妙な体験をぼうっと思い返しながら、『ベア』を抱いて歩きました。いつの間にか、怖い気持ちは無くなっていました。

吸血鬼が去ったあと、暗闇の先にひとつの光が見えました。
目を凝らすと、ちょうちょの形をしています。



「あ!」



ダニエルが一生懸命走って光を追いかけると、だんだんと光が大きくなって、あたりがはっきりと見え始めました。

ちょうちょの形をした光は、木と木の間に吸い込まれるように消えていきました。その、木と木の間から眩い光が漏れています。

ダニエルは一身に走り、木の間を抜けました。


「………」


そこは開けた青空と生い茂る木の下で、金色に光るたくさんのちょうちょが、草原一面を飛んでいました。下にはたんぽぽが咲いています。
その光景は見たことないほどにきらきらしていて、宝石みたいだとダニエルは思いました。
やがて光は大きくなり、ダニエルの視界は白くフェードアウトしていきました。



ダニエルが次に目を開けると、自分のベッドの上にいました。
窓から外を見ると真っ暗で、すっかり夜です。

「……」
(夢だったのかな? 学校から帰る足で裏山に行ったと思ってたのに……)


不思議に思いながらダニエルが布団をどかすと、手には『ベア』を抱えていました。
ダニエルはその日はじめて、そのぬいぐるみに話しかけました。


「君のおかげだね」


ダニエルはやわらかく目を細めてそっと『ベア』を机に座らせました。


そのときドアをノックする音が聞こえ、返事をするとお父さんがドアを開けながら「ごはんだよ」と声を掛けました。ダニエルは振り返りながら「うん」と答えました。

お父さんは、机にきちんと座っている『ベア』を見て感心した声を上げました。

「『ベア』をちゃんと座らせてるなんて、偉いじゃないか。今日のダニエルはいつもと違うな?」
ダニエルは赤ちゃんのようにほほ笑みました。
「うん。でもね、ぼくはぼくだよ」


おしまい