birthday
自分で言うのは恥ずかしいけど、今日は私の誕生日。
気づいた、って言葉がぴったりの彼は、いますごく慌ててる。
平静装うくらいわけないはずなのに、こうまでされると笑っちゃうよ。
「おおっと」
?
「よーーし」
??
何がよーーしか分からないけれど、整ったみたい。
「詩歩。冷蔵庫、開けていいよ」
「はーい」
大きな白い箱。これだけ目立ってて気づかないと思ってる方がおかしいんだけど、
中身は本当に知らない。開けるワクワク感はある。
そーっとカウンターに置く。ゆっくり開けてみると、大好きなザッハトルテだった。
「ハッピーバースデー」
さっきまでの慌てた様子とは裏腹に、落ち着いた声で言う。
そして、とても優しい目でこちらを見てくる。
おもむろにお皿を用意し始めたので、私は飲み物の準備をする。
ココアをつくることにした。チョコにチョコって、なんてきっと言わないだろうし。
丸テーブルには、ザッハトルテとお皿とフォーク。
2人で席についてから、ケーキカットしていく。今日のザッハトルテはいつもと違った。
杏のジャムがクリームのように、ケーキの上に乗っている。見た目にもかわいい。
こういうささやかな特別感が好きなことを、彼は知っている。
一口。
チョコレートの苦味を追いかけるように、杏の甘酸っぱさが口に広がる。
きっと私は、幸せそうな顔をしてる。
「美味しい〜」
「良かった。作った甲斐あったよ」
「まあ、大きな箱でケーキのこと分かってましたけどね」
「いや、あれだけ堂々と置いといて、バレないは、流石にないって苦笑」
「えっ、じゃあ、慌てたふりだったんですか?」
「そうかもしれないよ〜」
ちょっと膨れてみる。ニヤッとしたけれど、お構いなし。
いつものこと、といえば、いつものことだ。
「それから、はい」
「ありがとうございます」
彼が差し出した小さな包みを丁寧に受け取る。
中身は、木製の櫛だった。どこか、アニメで見たような…
すぐには思い出せなかったけど、良い意味だった気がする。
「大事に使いますね。ありがとうございます」
「どういたしまして」
私、どんな顔してたんだろう。ちゃんと嬉しいの、伝わってたかな。
「ちゃんと分かってるよ」と彼が察したかのように言った。
ケーキの残りは今夜また食べることにして、冷蔵庫に入れた。