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Rear-ended LovePanic

お題04:『怪盗服』

2024.01.25 13:52

お互いの怪盗服が大好きな主明というお題をいただきました



 ひと振り、ふた振り、斬撃が空を切る。剣と剣はときどきぶつかって、メメントスの薄闇に鋭い金属の音が木霊した。

 明智はすばやく後ろに下がって一旦間合いをとり、対峙する男、怪盗団のリーダーをねめつける。

 濁った赤い照明がぼんやりと照らす廃駅のような広間で、彼は背景に溶けこむようにしてたたずんでいた。

 明智は黒い仮面をかぶり直し、じりじりと横に数歩ゆきながら彼との距離をはかる。

「フン、まだ息は上がってないみたいだね」

 彼は小さくうなずいた。白銀の仮面がかたむいてキラリと反射する。

「このていどじゃバテない。明智もだろ」

 挑発するような声音に明智はカラカラと笑った。仮面をかぶったときの彼はやたらと強気になる。現実の世界では見られない本気にうすく笑って、明智は地面を蹴った。

「そうだよなァ! 楽しくなンのはこれからだよなア!?」

 明智が長剣を懐に突き入れれば短剣はそれをキンと弾いて彼は軽やかにバック転する。明智はますますいい気分で笑った。


『メメントスで稽古に付き合ってほしい』

 彼からそう連絡がきたのは昨晩のことだ。マルキパレスのオタカラルートを確保したところで、パレスの主と戦うまでのあいだに強くなっておきたいということらしい。

 正直に言えば、胸が躍った。怪盗団と共闘してシャドウを倒すのも悪くはなかったが明智が一番倒してやりたいのはすぐとなりで剣を振るう彼だった。彼もやはりそう思っていたから明智を誘ったのだろう。

 いつ消えるかもわからぬ身で、また直接剣を交える機会がやってきたのはなんとも僥倖なことだ。二つ返事で返して今日の放課後待ち合わせた。そうしてシャドウの気配がないエリアにやってきて、辺りをモルガナに巡回してもらいながら稽古をしている。


 久しぶりにあいまみえた彼はよりいっそう腕を上げていて、けれどそれは明智もおなじだった。かたわらで彼の動きを見ながら盗める技術は盗んでいたからだ。

 彼は明智に向かって身軽に飛びこむと、下から斬り上げて肩を狙った。明智は剣先を読んで弾きかえす。刃がキンと鳴る音に明智は思わずワクワクした。向かい合う仮面の下、獰猛な赤い目はやはり楽しげな光を浮かべて明智をみつめ返している。

 それは互角の達人同士が武道の稽古をつけるようなものだ。真剣を交わしているものの険悪さはなく、むしろ二人とも勝負を楽しむような顔つきでライバルに向かっている。

 怪盗の彼はしなやかに飛び跳ね、黒いコートをヒラリとひるがえしてダイナミックに躍動した。獲物が短い分明智よりも素早く、まるで踊るような身のこなしだ。荒削りさの残る動きだがそれがよけいにうつくしかった。

 対する明智は乱暴な口調とは裏腹に、一撃一撃をきわめて冷静に振るってゆく。元来の生真面目な性格は姿勢のよさやまっすぐな太刀筋にどうしてもあらわれた。彼と違って無駄のないスマートな動作で明智は荒々しい短剣を弾く。

 何度も相手の剣筋を見ているから彼の呼吸や目線で明智は次の動作が予感できたし、それは彼も同じだろう。手かげんなく全力が出せるのもまた、互いだけだとわかっている。

 どこか呼吸の合う剣舞が心地いい。まるで剣を通じた語らいのようだ。刃先がぶつかり合うたび明智には彼の気持ちがわかるように思えた。彼の勝ち気、大胆な強気、ーーあるいは宿敵への尊敬、ふたたび明智と戦えるよろこびが、白刃のきらめきからつたわってくるように感ぜられた。


 どうにも気が昂ぶり、明智は犬歯をむき出しにして吠える。

「ハッ! 疲れてきてんじゃねーのォ!? 動きが鈍ってるぜ!」

 言いながら明智は隙の見えた左脇に剣を振るった。一瞬反応が遅れた彼の胴にかるく入り、ジョーカーはわずかに顔をしかめて飛びしさる。

 現実にもどればたいていの傷は消えるが認知する痛みは本物だ。黒いコートの脇腹を手袋でおさえ、彼は芝居がかった仕草でかぶりを振る。

「そっちこそ疲れてきたんじゃないか。こんなかすり傷で済ますなんて。……休憩、入れてもいいんだぞ?」

「ハァ!? ブチ殺すぞ!?」

 煽る男に明智は激昂して振りかぶった。彼は笑ってくるりと身をひねる。明智の大振りな攻撃を避けると空中で華麗に一回転して、カラスの羽のような黒いマントを切り裂いた。

 背中に痛みが走って明智はつんのめる。左脚で踏ん張ってうしろを向き、振り返りざまの勢いで斬りつける。彼は短剣を逆手に回して長剣の力をそいだ。跳ね返った明智の次の攻撃を今度は両手で受け止め、二人はつばぜり合いになる。

 白いマスクの下、彼の瞳は興奮にきらめき長いまつ毛が汗に濡れていた。ゾクゾクと背をつたう昂ぶりに明智はニヤと笑う。他の仲間に向けるやさしさとはまったく違う、熱を孕んだ視線が自分を射抜いている。

 日ごろは穏やかな性質のこの男が自分を前にしたときだけ負けず嫌いになるのをもう知っていた。彼の身辺はすっかり調べてある。

 彼がこんな獲物を見るような目をするのは自分にだけ。ライバルと認めた明智ひとり、自分だけが彼の宿命だ。そう思うと明智は愉快でたまらない気分になる。短剣を勢いよくはねのけて、明智は快哉を叫んだ。



 ーーゼエ、ハア、ゼイ。

 どちらのものともつかない乱れた呼吸がメメントスのしじまに響く。二人は疲れ切って仰向けに倒れていた。互いに夢中で時間を忘れていた。現実でどれほど経ったのかわからないくらいの長い時を過ごし、立ち上がる気力もなくただ息を吸って吐いている。けっきょく最後まで勝負はつかなくて、でもだからこそ楽しくて、不思議と満ち足りた気分が重たい体を満たしていた。

 明智は汗に濡れた仮面を顔から剥がしてブルブル首を振った。燃える肺いっぱいに空気を吸いこんでようやくいくらか気が落ちつく。

 おなじくマスクを外した彼はコートのポケットからのろのろ白いハンカチをとりだして明智に向けた。

「明智、……っはぁ、疲れただろ? これ、使え」

「っ……き、君の方が必要なんじゃないの? 最後、バテバテだったじゃん……」

「は…………明智の方が、疲れてる」

「お、お前! 微妙に自分が勝ったみたいにしようとしてるだろ!?」

「……バレた」

 油断も隙もならぬ男だ。それでも使えと差し出されるので固辞するのもめんどうで受けとって汗をぬぐう。頬をなぞると彼の匂いが鼻をかすめて明智はムスッと顔をしかめた。なるべく鼻から離れたところにハンカチを押し当てる。

 不意に視線を感じて振り返ると、彼とバッチリ目が合って明智はたじろいだ。

「な、なんだよ」

「いや、べつに」

 身を起こした明智は片脚で彼の膝を蹴った。言え、という仕草に彼はかるくため息をつく。

「服がさ」

「服?」

「うん、前のも似合ってたのにと思って」

 明智は自らの装束を見下ろした。マルキパレスに踏み入れてからは黒と青を基調にしたストライプを纏っている。ベルトでぴったり身につけているから動きやすいし、明智は無駄のない機能性が好きだ。てか、と口をひらく。

「てか、キモいんだけど。なに?」

「! ……本気で言ってるのに」

 彼は拗ねた口ぶりでのろりと起き上がり頭をかいた。フン、と明智はあぐらに頬杖をつく。

 服というなら明智こそ、口には出さないが彼のそれを内心気に入っていた。はためく黒いコートのシルエットがきれいだし、細身な彼によく似合っている。赤い手袋に好戦的な内面があらわれていて、胸の白いハンカチはいかにもキザっぽい彼らしかった。人知れず誰かを助ける彼なりの正義感がかたちになったようなデザインで明智はそれが好きだ。

 コホン、と明智はせきばらいをする。そうして肩をかるくすくめた。

「べつに、似合ってなかっただろ、前のは」

「なんで。カッコよかったのに」

 明智はげんなり眉を歪めて、ハアッとため息をついた。今さら隠すこともないように思えて軽く話す。

「昔、テレビで見たヒーローがあんな見た目だったんだ。でも、僕はヒーローじゃない。出来損ないのカラスだろ」

 彼は大きな目をまばたかせて、なにかを考え込む顔をした。マイペースな男を待っていればややあって彼は片手を振る。

「チャリティーの番組出たこと、覚えてる?」

「え?」

 予想外の切り口に明智はめずらしく面食らった。彼は続ける。

「児童養護施設で明智が講演してて、講演会の収益を寄付するって番組でさ」

 そういえばそんなものにも出たかもしれない。当時の明智は多忙でなんでも出たから記憶の片隅に追いやられていたのだろう。思い出してうなずけば彼もうん、という。

「そのときさ、小さい子どもが明智のこと憧れなんだって言ってて、明智みたいになりたいって」

「……ああ、」

「覚えてるだろ? ……あの子にとってさ、明智はヒーローなんだよ」

「……自作自演の汚れたヒーローだ」

 彼はキッパリ首を振った。

「それでもあの子は明智みたいに強くて賢くなりたいって思ってる。だから、それでいいじゃないか」

 明智は黙り込んだ。この男のまっすぐな言葉はいつも、腹の内側をくすぐられたようななんとも言えない気分に明智をさせる。

 なにかを言い返そうかと考えて、けっきょくやめて、明智はふと彼を振り返った。

「……つか、なんでそんな番組、見てんだよ」

 彼はきょとんとした。それからいささか気恥ずかしげに、首に手を当てる。

「……子どもの頭撫でてる明智、カッコいいと思って見てたから」

 明智はその日一番のため息をついた。彼のこういうところが嫌いなのだ。まったく恥じらうなというのだ。本気でそう思っているのがわかってしまう。

 明智は立ち上がって、チラ、と彼を見下ろした。

「なあ、おい、特別だぞ」

「?」

 明智は腰に手を当て懐かしい衣服を思い浮かべた。認知の世界は一瞬ののちに黒いカラスを純白に変え、赤いマントがひらめいて揺れる。彼はワッと声を上げた。

「黒いのも合ってるけど、やっぱりこっちもいいな」

「フン、特別出演だからな。出演料とるぞ」

「あ、牛丼食べに行こう。奢ってやるから」

「は? なに勝手に決めてんだよ」

「期間限定ゆず豚丼、うまいんだ」

「…………まあ、たまにはそういうのもいいけど」

 言われてみればすっかり腹がへっていた。行こうという声に押されて明智は歩き出す。

 視界の端に映った手袋は正義の白だ。明智の汚れた黒い手を覆っている。

 いつか見たヒーローみたいに明智はなれなかったかもしれないけれど、今は彼のとなりで、最後の瞬間まで、明智は明智なりの正義を貫いてやろうと思っていた。


(ーーだから、)

 せいぜい見届けていろという気持ちで、明智は街をゆきながら彼の脇に一発入れた。現実にもどった彼はさっきまでの強気なんて忘れたみたいにあわあわ慌てている。明智はきゃらきゃら笑った。

 友だちと牛丼屋なんて普通の高校生みたいなこと、もしかしたら最初で最後かもしれない。せっかくだから特盛を頼むのもいいなと思った。明智が頼めば彼はきっと張り合っておんなじ大きさを注文するだろう。

 渋谷の夜はいつもどおりバカみたいに明るくて明智は笑って、ネオンにまぎれてすこしだけ泣いた。なぜだかひどくすがすがしい気持ちがしていた。