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ZIPANG-8 TOKIO 2020【岐阜市柳ヶ瀬】今、再び地方の時代へ。 つくり手と買い手がつながるシェアアトリエ&シェアショップ「SUNDAY BUILDING STORES」

2024.01.27 17:55

令和6年1月1日午後4時10分頃発生した、
能登半島地震で被害を受けた皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。(編集局)


岐阜市柳ヶ瀬にて毎月第3日曜日開催のつくり手と買い手がつながる
サンデービルヂングマーケットを日常的に体験する、シェアアトリエ&
シェアショップ「SUNDAY BUILDING STORES」入居者募集❣❣❣



ここでしか会えないひと、

ここにしかないモノ、

ここにしかない空間を創造します



新しいまちとして柳ヶ瀬の地が拓かれたのが明治21年。それ以後、大盛況だった好景気の時代を含め、たくさんの商い、できごとが積み重ねられて、現在のように、連続するアーケードの下に店々がひしめく、使いこまれた個性的なまちになりました。


多様な趣味に応える店があり、オトナの社交場として機能して、さまざまな人が協力しながら、ここにしかない空間が育まれてきました。


車に乗って郊外へいけば、安全で便利で清潔な、よくコントロールされた大型商業施設は確かにあります。しかし、これまでのように、多様なモノの中から新しい価値が創造されたり、また面白いこだわりの逸品を手にしたりできるのは、やはりここ、柳ヶ瀬なのです。


一方で今、日本中の商店街と同様に、空きビル・空き家・空き店舗が増えてエリアの色を失いつつあるのも事実です。


人々がまちへの興味を失ってしまうと、創業したいクリエイティブな若手たちは、活躍の場を失ってしまいます。その結果、人の集まる数少ない大都市へ出ていかざるを得ません。


高齢で引退を迎える店主がいても、後継者のいない土地や建物が増えていくと、エリア全体に空虚感が漂いはじめます。店のひしめく面白いはずのエリアは、このまま衰退の一路を辿るのでしょうか。


そのもう一方で、この柳ヶ瀬の魅力に気が付いた感度の高い若手が少しずつ現れていて、新しいライフスタイルを提案するクリエイティブなショップが生まれはじめています。


私たちはこのような小さな変化の兆しをチャンスととらえ、再び新たな時代を生きる商店街に蘇らせたいと考えます。人が興味をなくしていくのなら、楽しく商いできるようにすればいい。


そうして始めた「ぎふ柳ヶ瀬・サンデービルヂングマーケット」は、わたしたちの求める、ここでしか会えないひと、ここでしかないモノ、ここでしかない空間がつくる風景を、毎月一回必ず実現するために企画しました。


次のステップはもちろん、「SUNDAYからEVERYDAYへ」。



この特別な風景が日常のものになることです。築40年の味のある建物、ロイヤル劇場ビルの空き店舗区間をリノベーションして、新たな多様なこだわりをもつ店舗をプロデュースした「ロイヤル40(ヨンマル)」は、この第一歩です。


このような魅力あるコンテンツを柳ヶ瀬にひとつひとつ増やしていくお手伝いを通じて、本来柳ヶ瀬がもっている魅力的なエリアとしての価値を取り戻すことができると、わたしたちは信じてチャレンジしていきます。



画像


柳ヶ瀬を楽しいまちにする株式会社(本社:岐阜県岐阜市、代表:岡田さや加)は柳ヶ瀬商店街に、つくり手と買い手が直接つながる拠点となる「SUNDAY BUILDING STORES(以下:サンビルストア)をオープンさせるにあたり、2024年1月21日(日)〜3月10日(日)の期間でアトリエゾーンとシェアショップの入居者を募集します。


◼︎サンビルの魅力を日常に



柳ヶ瀬を楽しいまちにする株式会社は、「東海一新しい商いが生まれるまち」を目指して、2014年から柳ヶ瀬商店街でSUNDAY BUILDING MARKET(以下:サンビル)を始め、今年の9月で10年目を迎えます。「手作りとこだわり」をコンセプトに、毎月第3日曜日に開催しており、アパレル、アンティーク、雑貨、食品などおよそ150店舗が集まります。


その10年間、サンビルは出店者の目利きや手作りのものを販売するマーケットとして、多くのクリエイティブな方々に出店。


出店者の中には、サンビルの出店を継続していく中で力をつけて、お店を持った方も多くいます。SNSなどが普及した今でも、お客様とやり取りをしながら自分で作ったこだわりの商品を直接コミュニケーションを取りながら販売できるのが、商店街で開催しているマーケットの最大の魅力になっています。


10年目を迎えるにあたり、そんなサンビルの魅力を日常的に体験できる 「作家さんと商店街のお客様が直接つながる場所」をつくるために、このプロジェクトを立ちあげます。


◼︎サンビルストア概要


江戸ッ子ビルの外観。プロ用ミシンを利用することができるハンドメイドショップHUKINが既に入居しています。


店内は簡易な間仕切り壁等で区割りしたアトリエゾーンと、他の出店者と空間やそれぞれのリソースを共有できるようなシェアゾーンで構成し、入口付近には当社が管理するシェアショップを常設する予定です。


所在地:岐阜県岐阜市柳ケ瀬通り2丁目17番地 江戸ッ子ビル1階


アトリエ区画:13㎡〜19㎡程度

アトリエ家賃:3,5000円〜5,0000円程度/1ヶ月

※希望業態に応じた区画サイズの調整を想定

シェアショップ区画:高さ50cm、幅 40cm、奥行き40cm 以上

シェアショップ家賃:3000円〜5000円程度/1ヶ月(区画によって変動)

※希望商品に応じた、区画サイズの調整を想定


館内イメージ図


入居者イメージ

・ アトリエ兼ショップとして営業しながら制作活動ができる方

・ 柳ヶ瀬商店街に拠点を置くことに面白さを感じる方

・ スモールスタートでショップを構えたい方

・ シェアに面白さを感じる方

・ ハンドメイド、クラフトをはじめ、独自性の高い商品を扱う方

・ 飲食店等の入居は想定されていません。 (※要相談)


アトリエ入居者特典

 ・シェアショップ区画を無料で利用することができます。

 ・サンビル開催時に軒先を活用することができます。


◼︎ご応募について

募集期間 2024.1.21(日)~2024.3.10(日)

応 募 先 https://forms.gle/Cb7Dd9o5insdCHCB7

入居にあたっては、シェアスタイルのため事前の面談を必須としています。


◼︎今後のスケジュール

2024.1.21(日)~2024.3.10(日) 入居者募集

2024.3.11(月)~3月下旬     内部工事予定

2024.4月中旬 オープン

詳細についてはサンビル、サンビルストアInstagramにて発信していきます。


◼︎柳ヶ瀬を楽しいまちにする株式会社について

【概要】

社名:柳ヶ瀬を楽しいまちにする株式会社

本所在地:岐阜県岐阜市柳ケ瀬本通2丁目3番地

代表取締役:岡田 さや加

事業内容:新しい商いが生まれるまち」をテーマに、まちのファンをつくる月1回のマーケット空間をエリア再生のプラットフォームとして、空きビルをリノベーションし、アトリエやセレクトショップなどの個性的な店舗の誘致も行っています。

また、行政と連携しながら公園や道路といった公共空間を活用するなど、まちなかの賑わい再生と地域の価値向上を目指しています。

設立:2016年12月


余滴

柳ヶ瀬を楽しいまちにする株式会社



前身は、サンデービルヂングマーケット実行委員会。柳ヶ瀬を愛するメンバーが、新たな時代を生きる商店街を目指し、ここでしか会えないひと、ここにしかないモノ、ここにしかない空間を創造し、事業にチャレンジをする会社です。現在では、マーケットの企画・運営のほかにロイヤル40、マルイチビルなど遊休不動産の再生・運営・管理、公共空間の利活用、まちの広報(情報発信)などを行っています。



鎹八咫烏 記
石川県 いしかわ観光特使
伊勢「斎宮」明和町観光大使


協力(敬称略)

柳ヶ瀬を楽しいまちにする株式会社

紅山子(こうざんし)


※画像並びに図表等は著作権の問題から、ダウンロード等は必ず許可を必要と致します。



アーカイブ リンク記事をご覧ください。


「ぎふ信長まつり」キムタク・織田信長公 登場


春の道三まつりと対を成す岐阜市の秋の風物詩「ぎふ信長まつり」は、岐阜のまちづくりに貢献した織田信長公を称えるお祭りです。


(詳細は下記のURLよりご覧ください。)


ZIPANG-6 TOKIO 2020 ~ぎふ信長まつり~ 特別企画 織田信長公役=木村拓哉氏「信長公騎馬武者行列」開催!
https://tokyo2020-6.themedia.jp/posts/38586929/


織田信長公


信長の楽市楽座令

岐阜町の繁栄は、信長の楽市楽座令の経済効果によるものでした。では、楽市楽座令とはどのような内容のものであったのでしょうか。


もともと、楽市楽座は16世紀の中ごろから17世紀はじめにかけて、戦国大名が戦乱で荒廃した市場の復興、また新設市場・新城下町の繁栄を目的に出したものです。


信長が、岐阜入城の年1567年(永禄10年)10月に出した加納楽市場の「定(さだめ)」は、主に以下の三項目からなっています。 


①楽市場住人は関銭(せきぜに・関所の通行税)など免除の自由通行権を持つ
②市場内では市場外での債権、債務関係が消滅し、課税・労役を免除する
③市場内へ「使」(警察権力)の介入は認めない 


そのほかに、売り手が望まないのに無理に買い取る押買(おしがい)、乱暴、けんか、口論の禁止や、市場内の平和維持を目的とした「宿とり非分」を規制する(無理やり宿泊させるよう迫ることを禁止する)内容もみられます。


これらの項目は、加納楽市場が今まで楽(自由)の市場として保持してきた社会的特権を、新しい領主として信長が保障し、承認したものです。俗世間から切り離された「無縁の原理」の世界で、駆け込み寺と同じ縁切りの性格を持っています。


楽市場が開かれた場所は、神仏の支配する所が多く、加納楽市場は、円徳寺寺内町(岐阜市)といわれます。現在の円徳寺ではなく、長旗(岐阜市)にあった浄泉坊(円徳寺の前身)寺内町です。


現在、信長の「楽市場定(らくいちばさだめ)」の制札(せいさつ・円徳寺所蔵)は、岐阜市歴史博物館の保管になっていますが、制札の裏には支柱に制札を取り付けた穴と跡が確認されます。


信長は翌年(1568年・永禄11年)9月にも「加納市場」へ楽市楽座の「定」を出しました。内容は前年とほとんど同じですが、「楽市楽座のうえ商売すべき事」という文言がみられます。


現在、楽市場(加納市場)に目印として植えられた榎(えのき)や市(いち)繁栄のため祭られた市神(いちがみ)が若宮町通り(岐阜市)に残っており、信長時代の繁栄がしのばれます。


①JR岐阜駅広場は岐阜に来られる方たちを岐阜の市民の皆さんが両手を広げて歓迎する
ウエルカムの精神がデザインコンセプトになっている。
デザインは愛知県立芸術大学名誉教授・環境ディレクター林英光氏。


(詳細は下記のURLよりご覧ください。)


ZIPANG TOKIO 2020「お・も・て・な・しの国 岐阜市の見どころ(特別編 その壱)」
https://tokyo2020-summer.themedia.jp/posts/3543726



手力の火祭り

手力雄神社の例祭で毎年4月第2土曜日に行われています。 この祭りの起源は不明ですが300年以上の歴史を持ち、岐阜県重要無形民俗文化財に指定されています。 


滝のように降り注ぐ火の粉の中、火薬を仕込んだ神輿を担ぐ上半身裸の男達。神輿の火薬に火がつくと神輿からも火の粉が吹き上がり迫力満点です。


その間を鐘を鳴らしながら乱舞する男達、爆竹の轟音・・・まさに音と火の勇壮な祭りです。 また、毎年祭りにあわせて参道の鳥居にかけられる長さが約12.5m、最大直径3m、重さ約1トンという大しめ縄も見物です。


(詳細は下記のURLよりご覧ください。)


岐阜市の見どころ

ZIPANG TOKIO 2020「岐阜の四季『春の香り』(特別編その弐)」
https://tokyo2020-summer.themedia.jp/posts/3552926



岐阜はモーニングコーヒー発祥の地・・・
ここでは今まで聞いたこともない情報が飛び交う…インターネットはいらないね!
笑顔が絶えない…これこそが日本のあるべき姿なのか⁈


【地方都市が目指すもの】

都市の高層オフィスビルで働く事。長らくそれは日本社会で憧れとされ、働き方のスタンダードとされてきた感がありました。しかしながら企業の効率性を重視したその働き方は、日々の通勤ラッシュ・限られた作業スペース・長時間残業等、一人ひとりの暮らしや心のゆとりを犠牲にして成り立っていた側面も大きいのではないでしょうか?


一方で、昨今の新型感染症の予防対策として、従来のオフィスワークは、在宅ワークが半ば常識化していますが、オンラインを通じた猶予ない会議時間・コミニュケ―ションの少なさ・運動不足や私語の禁止等、人間的な繋がりと身体的・精神的な健やかさを疎かにした働き方になってしまっている例も少なくないはずでは…?!


オフィスビルでの通勤型や自宅での在宅ワークで陥りがちな「機械的でロボットの様な働き方」から脱却し、自然・伝統・人の繋がりから成る「豊かな暮らしの中で働く」という日本社会が見失った「人間らしい働き方」を取り戻す事こそ地方都市の目指すところではないのだろうか??


美濃まつり 和紙の町の「花みこし」


岐阜県美濃市とは

関ケ原の戦いの後1600年に開かれた「和紙」で栄えた町。 現在の人口は約二万人。清流長良川と数々の文化財、「花みこし」が有名な美濃まつりなど、自然と文化が一体となった美しい町です。


(詳細は下記のURLよりご覧ください。) 


ZIPANG-5 TOKIO 2020 「 豊かなまちの暮らしの中で、人間らしく働く 」~町ごとシェアオフィス~【美濃市】
https://tokyo2020-5.themedia.jp/posts/19862464



昭和34年に撮影された新潟市「沼垂市場」の様子


現在の古くて新しい「沼垂テラス商店街」朝市の様子


「私達は、新潟市の沼垂市場通りにある割烹料理店で生まれ育ちました。

それぞれ学生時代は東京で過ごしたのですが、大学を卒業して、ここに戻ってきました。


戻ってきて、私は両親を手伝って厨房に立つようになったのですが、まちの元気が なくなっていることに気づきました。そして、まちの元気が なくなると・・・・・・・・・・・ 」


時代の変化による盛衰を間近に見てきた田村氏は、通りにかつての賑わいを取り戻し、魅力ある街づくりを実現したいと考え、自ら惣菜店をオープンさせたことをきっかけに再生プロジェクトを始動。



「古くて新しい沼垂」をコンセプトに掲げ活動をはじめると、そのノスタルジックなまちの雰囲気に惹かれた若者たちの出店が相次ぎ、2015年春、沼垂テラス商店街として新商店街が誕生した。


(詳細は下記のURLよりご覧ください。)


ZIPANG TOKIO 2020「ふるさとを愛する 二人が、若い仲間たちと創った ~古くて新しい沼垂~『沼垂テラス商店街』2017年グッドデザイン賞受賞!」
https://tokyo2020-summer.themedia.jp/posts/4006940



長崎県佐世保市の複数の商店街で組織され、中心商店街を拠点に活動する「SASEBOまち元気向上委員会」


現在、全国的に地方の過疎化、少子高齢化が深刻化しつつあります。これに比例して商店街のシャッター街化も一つの問題として挙がっており、佐世保市の各商店街もこの例外ではなく昭和時代のような賑わいも現在は薄れつつある。


「SASEBOまち元気向上委員会」は様々な施策を取り、市の中核的存在である商店街を活気づけようと活動している。


佐世保港を起点に見どころ満載


佐世保市は、人口252,171人の都市であり、九州では9番目に多い人口を有している。また、郷土料理や観光資源にも富んでおり、日本最古のハンバーガーである「佐世保バーガー」、日本一の島の密度を誇る自然景観「九十九島」、日本最大級のテーマパークである「ハウステンボス」、鎮守府の置かれた「旧海軍の軍港」などが存在する。


                                          世界最古の土器「豆粒文土器」


佐世保の歴史

佐世保市の歴史は、泉福寺洞窟(瀬戸越)から明らかになります。約1万5千年前の石器が出土し、1万2千年前の層からは、世界最古の土器「豆粒文土器」が出土しました。


明治初期までは、人口約4000人の半農半漁の一寒村でした。明治19年に旧海軍の鎮守府が設置されると急速に発展し、明治35年に村から一挙に市になりました。


戦後は平和産業港湾都市として発展し、「造船」・「炭鉱」を経て、現在は製造業とともに、県北地域の商業サービス業の中心となっています。 


また、昭和30年に指定を受けた西海国立公園や平成4年オープンのハウステンボスなどのアメニティリゾートが整備され、毎年多くの観光客を魅了しています。


佐世保 四ヶ町商店街の様子
イベント参加者を数える「SASEBOまち元気向上委員会」学生メンバー


(詳細は下記のURLよりご覧ください。)


ZIPANG TOKIO 2020「学生と協働して創り上げる佐世保の元気!商店街活性化プロジェクト!SASEBOまちなか ウォーキングスタンプラリー開催!」
https://tokyo2020-summer.themedia.jp/posts/2599136



愛知県春日井市 勝満山 崇彦寺の勝川大弘法 


勝川大弘法は、昭和三年、当地の山口悦太郎氏が私財を投入して建立された。

高さ18メートルの修行のお姿のご尊像は、全国にも類がなく、毎日多数の老若男女が参拝され、 一日中お線香の煙が絶えることがない。


勝川の名所として沢山の方に親しまれている大弘法とは…大きな姿をした弘法という意味で、勝川では「大弘法さま」と呼ばれ親しまれている。


「南無大師遍照金剛」と両手を合わせ、3回お唱えしてお祈りすると家内安全、商売繁盛、護国豊穣、縁結び、学力向上、何れの願いも叶うと言われており、春日井市の名所の一つとして近隣のみならず、特に縁日には参拝客で賑わい県外からも大勢のご登拝が見られる。


境内には、足を軽く撫で、自身の病むところを擦ると癒されるとされる「居眠り地蔵」や 、石を持ち上げることができたなら願いごとが叶うとの「おもかるさま」も置かれているので一度モノは試し!ご挑戦あれ!・・・


取組の内容

地域を巻き込んだ交流が 商店街への要望の種に


春日井市 勝川弘法市 約300mほどのエリアに約70店の露店が並び賑わう 


住民と商店、住民同士のコミュニティの場を提供するため2003年から毎月第3土曜日に勝川弘法市を継続して開催。



約300mほどのエリアに約70店の露店が並ぶなかで、市内特産のサボテン料理の販売や地元パフォーマンス団体等の発表が行われ、地元住民をはじめ市外からも多くの来街者が訪れる交流の場として市内外に広く認知された。


2013年には10月の勝川弘法市を親子ハロウィンフェスとして、当時はまだ珍しかっ たハロウィン企画を地域で先駆けて実施し、好評を得たことで定番イベントになる。


近年では、地元小学校が勝川弘法市のハロウィン飾りとするカボチャの栽培を授業の一環で行うほか、小学生が作った作品を自ら商店街へ飾りつけしてもらうなど、勝川弘法市は商店街と地域住民がともに手作りで作りあげるというイメージを定着させ、地域を巻き込んだ交流が行われている。

2019年10月には200回を達成。


(詳細は下記のURLよりご覧ください。)


ZIPANG-6 TOKIO 2020 ~ 長年継続した勝川弘法市 ~コロナ禍での街と住民を繋げ!『はばたく商店街30選』2021 選定〈中小企業庁〉
https://tokyo2020-6.themedia.jp/posts/32415397




職人の町・有松絞りの美意識が作っだ町並景観 久方ぶりに名古屋で学会が開かれた。交通手段の関係で半日前に名古屋入りしたので、空いた時間に、憧れの有松絞り見学を思い付いた。


しかし、慣れない名古屋で、しかも名古屋市民でなければ分からない仕来りがあるらしく、複雑な地下鉄路線での乗り換え方法や、名鉄線での行き先やホームでの行列枠を度々間違えた挙句、ようやく件の町へと辿りついた。


時計を見れば早や16:30 を回っていた。夕日が傾いている。 残された時間は余りに短く、先ずは町並みを撮らねばと歩き出したら、びっくり!江戸時代にタイムスリップしてしまった。


名古屋市有松伝統的建造物群保存地区


(詳細は下記のURLよりご覧ください。)


ZIPANG TOKIO 2020「染まらないものこそ美しい 職人の町・有松絞りの美意識が作った町並景観 」・・・寄稿文 日原もとこ
https://tokyo2020-summer.themedia.jp/posts/1561124



海外の旅行者の7つのパッション(興味関心)


名古屋都市景観 大須商店街


老若男女が集う大須万松寺通り、入口がいくつもあるので迷わないように!
衣食住など生活用品がなんでも安く買える。観光ショッピングやカフェ・レストランも楽しみの一つである。


大須案内人 勢ぞろい


Tradition 伝統文化や歴史的遺跡・建築等を楽しむ

滋賀「浮御堂」


近江八景「堅田の落雁」で名高い浮御堂は、寺名を海門山満月寺という。平安時代、恵心僧都が湖上安全と衆生済度を祈願して建立したという。現在の建物は昭和12年の再建によるもので、昭和57年にも修理が行われ、昔の情緒をそのまま残している。境内の観音堂には、重要文化財である聖観音座像が安置されている。


琵琶湖上に建つ三間仏堂で、湖畔から延びる長さ約17mの石橋が附属する。
平安中期に湖上安全と衆生救済を願って千体の阿弥陀仏を奉る堂を建てたのを始まりと伝える。設計は西崎辰之助。


(詳細は下記のURLよりご覧ください。)


ZIPANG TOKIO 2020「楽しい国 日本 ~Enjoy my Japan~『 海外の旅行者の7つのパッション(興味関心)』観光庁+日本政府観光局(JNTO)その弐」

https://tokyo2020-summer.themedia.jp/posts/3875387



近江商人の店先です。浮世絵や時代劇でよく見かける風景ですね。当時はこんな風にして商いをしたのですね。

歴史民俗資料館(近江八幡市立資料館)は、JR近江八幡駅の北西約2kmに市立資料館と隣接しています。



近江日野商人館「旧山中正吉邸」


近江鉄道日野駅の東、大窪集落にあります。静岡県御殿場に出店して大成功した日野商人の名家であり、近江守護佐々木氏の一族を先祖に持つ山中兵右衛門(やまなかひょうえもん)の旧宅を資料館にしたものです。典型的な日野商人本宅の特徴を示す建物であり、館内には初期の行商品や道中具、店頭品をはじめ、家訓などが展示され、日野商人の歴史と商いぶりなどがよくわかります。



五個荘(東近江)金堂の町並み。電柱は町並みに配慮して塀の中に・・・

五個荘金堂地区は近江商人ゆかりの地として知られており、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。


天秤棒に夢をのせ、行商に励んだ近江商人発祥の地、五個荘


近江商人とは、近江を本宅・本店とし、他国へ行商した商人の総称で、
近江八幡・日野・五個荘から特に多く輩出しました。
近江商人は、そのほとんどが江戸時代末期から明治時代の創業で、
現在も商社として多くの企業が活躍しています。


三方よし

近江商人の行商は、他国で商売をし、やがて開店することが本務であり、旅先の人々の信頼を得ることが何より大切でした。そのための心得として説かれたのが、売り手よし、買い手よし、世間よしの「三方よし」です。

取引は、当事者だけでなく、世間の為にもなるものでなければならないことを強調した「三方よし」の原典は、中村治兵衛宗岸の書置です。近江商人は遠く他国へ旅をして商売をしましたが、その土地で排斥されずに受け入れられ、むしろ歓迎されました。


しまつしてきばる

これは近江商人に共通な日常の心構えです。倹約につとめて無駄をはぶき、普段の生活の支出をできるだけ抑え、勤勉に働いて収入の増加をはかる生活を表現しています。

「しまつ」は、単なる節約ではなく、モノの効用を使い切ることが真にモノを生かすことになるのだということであり、「きばる」は、近江地方では「おきばりやす」という挨拶につかわれているくらい日頃から親しまれた言葉です。近江商人の天性を一言で表現しています。


正直・信用

今昔にかかわらず、商人にとって何よりも大切なものは信用です。信用のもととなるのは正直です。

外村与左衛門家の「心得書」でも、正直は人の道であり、若い時に早くこのことをわきまえた者が、人の道にかなって立身できると説いています。正直は、行商から出店開設へと長い年月をかけて地元に根づいて暖簾の信用を築き、店内においては相互の信頼と和合をはかるための基でした。


陰徳善事

人に知られないように善行を施すことです。陰徳はやがては世間に知られ、陽徳に転じるのですが、近江商人は社会貢献の一環として、治山治水、道路改修、貧民救済、寺社や学校教育への寄付を盛んに行いました。

文化12(1818)年、中井正治右衛門は瀬田の唐橋の一手架け替えを完成しました。一千両を要した工事の指揮監督に自らあたり、後の架け替え費用を利殖するために二千両を幕府に寄付しました。



(詳細は下記のURLよりご覧ください。)


ZIPANG-3 TOKIO 2020 ~ 日野・五個荘(東近江)・近江八幡 ~ 近江商人のふるさと「売り手よし・買い手よし・世間よしの『三方よし』の理念とは」
https://tokyo2020-3.themedia.jp/posts/6479273




瑞泉寺の再建に端を発し、宮大工の鑿 (のみ)一丁から生まれた華麗にして豪壮な井波彫刻と、その木彫刻職人たちが造りあげたまち井波。彫刻工房と町家が軒を連ねる石畳の通りには、木槌の音が響き,木々の薫りが漂う。通りには至るところに七福神や十二支などの木彫刻が飾られ、まちはさながらに木彫刻の美術館のようです。


春には井波彫刻で飾られた曳山や屋台、獅子舞がまちを練り歩き、地域の安泰や五穀豊穣を祈ります。


地域の暮らしに根づく井波彫刻は、その高い技術力や芸術性を広く全国から認められ、今や日本の木彫刻文化の護り手となっているのです。


(詳細は下記のURLよりご覧ください。) 


ZIPANG-2 TOKIO 2020~『日本遺産』井波彫刻とは~「木槌の音が響き、木々の薫りが漂うまち 井波(壱)」
https://tokyo2020-2.themedia.jp/posts/5076087



井波彫刻獅子頭 


開町620年 信仰と木彫りの里 井波

井波は、富山県南西部散居村で名高い砺波平野の南端に位置し、八乙女山の山麓に抱かれた歴史と自然あるのどかな町。 1390年(明徳元年)、本願寺5代門主綽如上人が、この地に瑞泉寺を建立されたことに始まり、以来、井波は瑞泉寺の門前町として栄えてきました。また、瑞泉寺再建を発した「井波彫刻」は、欄間・獅子頭・天神様などの伝統工芸品を生み出し、彫刻産業全国最大規模となりました。平成16年には町村合併し、南砺市となりました。


(詳細は下記のURLよりご覧ください。)


ZIPANG-2 TOKIO 2020 世界に誇る木彫ミュージアム 「木彫り彫刻の総本山『井波彫刻総合会館』のご案内(弐)」
https://tokyo2020-2.themedia.jp/posts/5080607



井波別院瑞泉寺大門と門前町として発達した八日町通り


木槌の音が響き、木々の薫りが漂うまち

瑞泉寺の門前の緩やかな上り坂、石畳の八日町通りには工房や町家が軒をならべ、どの家にも鳳凰や龍、七福神、動植物など様々なデザインの木彫看板や表札が掲げられています。通りのそこかしこから、「とんとん」「かんかん」「シュッシュッ」と時に力強く、時にリズミカルに木を叩き削る木槌の音が響き、辺りには楠や欅、檜など木々の薫りが漂います。ここは木彫刻のまち・井波です。


ひと際目を引く精緻な造りの看板が掲げられている木彫刻職人の工房は、ショーウインドウのように通りから中を窺うことができ、板張りの作業部屋の手前に弟子達、その奥で親方が自らの技を誇るよう鑿を振るう。一枚の大きな分厚い板に墨で下絵を描き、200~300種類の彫刻刀を使い分け、荒落し、荒彫り、小彫り、仕上げ彫りにと取組む。大きな欄間や繊細な仏具などは完成までに数か月から数年を要し、職人はその間一心不乱に木と格闘する。欄間や衝立、獅子頭、天神様など彫り上げられた多くの作品は工房内に大切な商品として陳列され、またそれらは若い職人達の貴重な手本ともなっています。


通りにある多くの町家は木造・中二階建てで、通りに面して格子が覆うなど江戸時代からの佇まいを留めており、全体に落ち着いた外観です。造り酒屋の町家の正面には大きな欅の一枚板の彫刻看板が掲げられ、屋号や商号、酒樽の図柄が彫り込まれています。蕎麦屋を営む町家に入ると、江戸時代の職人の手による彫刻欄間をはじめ、衝立や獅子頭など優れた彫刻作品におもわず目が留まってしまう。その他、通りには来訪者を歓迎する大きな彫刻のモニュメント「花鳥の塔」などと共に、バス停や電話ボックス、ベンチ、街路灯といった井波の人々の暮らしに関わる施設にも木彫刻が施され、伝統的なまちなみと融和しています。


一方、通りを北に下る本町通りには、鑿屋、刀屋、建具屋、木地屋、塗師屋などが建ち並び、彫刻職人を支える職人街として、木彫刻のまちの基盤となっています。本町通りの先には、代々瑞泉寺の大工棟梁をつとめた松井角平の手による旧井波駅舎があり、昭和47年の鉄道廃止以前は瑞泉寺への玄関口として多くの参拝客を迎い入れた。この旧井波駅舎から瑞泉寺へと向かう本町通りと八日町通り、そして八日町通りから東西に伸びる六日町通り、三日町通りなどにも、木彫刻の工房が数多く点在し、木彫刻のまち・井波は形づくられています。


雲水一疋龍(大門)

2018年5月、瑞泉寺を中心とした木彫の伝統が高く評価され、文化庁が取り組む「日本遺産」に「木彫刻のまち・井波」が認定されました!


瑞泉寺は、天正9年・宝暦12年・明治12年と三度大きな火災にあって(伽藍)建物が焼失しております。越中の一向一揆の中心的寺院であった瑞泉寺も、天正9年(1581)に佐々成政によって焼き討ちにあい焼亡し、江戸時代に入り寛永19年(1642)に再建され、宝暦12(1762)3月に再び火災にあいます・・・


(詳細は下記のURLよりご覧ください。)


ZIPANG-2 TOKIO 2020 井波彫刻発祥『井波別院瑞泉寺』 勅使門『獅子の子落とし』、大門を支える『龍』の井波彫刻(最終話)
https://tokyo2020-2.themedia.jp/posts/5085411




白川郷~神様からの手紙~

雲海と天の神様からの手紙ともいわれる真白な雪に覆われる白川郷。


4月頃には、上流のひだ荘川では春の訪れを知らせる荘川桜が咲き、紅殻格子の似合う町高山では毎年4月14日 、15日の春の高山祭、さらに隣町の飛騨市では、気多若宮神社の例祭として毎年4月19日・20日に古川まつりが執り行われると、いよいよ飛騨の里に本格的な春が訪れます・・・

おっと~忘れるところでした…例年3月1日の正午頃、卒業証書授与式後に行われる斐太高校の伝統として長く伝わる『白線流し』を・・・


飛騨高山 斐太高校の伝統として長く伝わる『白線流し』・・・
卒業生たちが学帽の白線とセーラー服のスカーフを一本に結びつけ川に流す『白線流し』
きっと、スズキ自動車鈴木会長や同級生の日下部(元)高山市長もされたんでしょうね❣


日本版DMOとは? 

「日本版DMO」とは、地域の「稼ぐ力」を引き出すとともに地域への誇りと愛着を醸成する「観光地経営」の視点に立った観光地域づくりの舵取り役として、多様な関係者と協同しながら、明確なコンセプトに基づいた観光地域づくりを実現するための戦略を策定するとともに、戦略を着実に実施するための調整機能を備えた法人です。


このため、「日本版DMO」が必ず実施する基礎的な役割・機能(観光地域マーケティング・マネジメント)としては、

(1) 「日本版DMO」を中心として観光地域づくりを行うことについての多様な関係者の合意形成

(2) 各種データ等の継続的な収集・分析、データに基づく明確なコンセプトに基づいた戦略(ブランディング)の策定、KPIの設定・PDCAサイクルの確立

(3) 関係者が実施する観光関連事業と戦略の整合性に関する調整・仕組み作り、プロモーション が挙げられます。


また、地域の官民の関係者との効果的な役割分担をした上で、例えば、着地型旅行商品の造成・販売やランドオペレーター業務の実施など地域の実情に応じて、「日本版DMO」が観光地域づくりの一主体として個別事業を実施することも考えられます。 


(詳細は下記のURLよりご覧ください。)


ZIPANG-4 TOKIO 2020~古今折衷~白川郷の継承と躍進とは「白川郷らしさを取り戻し、地域の未来を創っていくこと!」
https://tokyo2020-4.themedia.jp/posts/7510052



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