【R15】一日だけ探偵王子の明智とデートする話
鋭い痛みを感じて彼は目をさました。寝ぼけまなこでどこが痛いのだろうとまばたきする。起き抜けの脳が自宅のマンションのベッドを認識して、次いで、ひたいがジンと熱く痺れる感覚があった。長袖のパジャマの裾をのろのろ持ち上げおでこを押さえると、左手からツンとした声がある。
「おい、いいかげん起きろよな」
まだ半分ほど眠っていたが、彼はおもわず頬をほころばせた。横を向けばベッドに腰掛けた恋人がこちらを見下ろしている。ほとんど無意識にカーディガンの腰へと手をのばせば、躾のわるい犬を叱るような手つきでパシンと叩かれた。
「う……いだい……明智……」
明智はふん、と胸をそらす。
「十時まで寝てるほうがわるいんだろ、……せっかく休みなのに」
休みという言葉に彼はようやっといくらか覚醒した。……そうだ、日曜で明智の仕事も彼の大学も休みで、どこに行こうかと話をしながら昨晩は寝たのだ。
休みの日に明智とデート。そう思うとにわかに嬉しくなって、彼は明智の細い腰に両手を巻きつけようとした。途中でやっぱり左手に叱られ止められる。
「っうぅ……」
抱きしめたい。見上げて目線で訴えれば明智は押し黙って、それからやれやれという顔で自分の両手をかるく上げた。許可を得て彼はワッと飛びかかる。反動で明智は背中からシーツに倒れて子犬みたいにキャンキャンと文句を言った。彼は大型犬みたいに鼻先を押しつけて懐く。
慣れた香水の匂いにたやすく浮かれて彼が不埒な手をカーディガンの下にそろそろ伸ばそうとすると、しかし気づいた明智にやっぱり止められる。
「こら、流されないからな」
「…………」
「そんな顔してもダメ。お腹すいた。ごはん」
食事はたいてい彼の仕事だ。家事は二人で分けるが料理に関しては彼のほうが上手い。
それでももうちょっと寝起きにくっついていたくて彼はグズグズとぐずった。空腹の明智に頬をつねられ、グズ、と恨めしい目を向ける。
「うう、……昔はもっと、かわいかったのに」
「は? 死にたいの?」
彼は明智のお腹に押しつけた癖っ毛をゆるゆると横に振った。
「だって、知り合った頃はいっつもニコニコしてたし、喋り方ももっと甘えた感じだったろ」
明智は呆れて肩をすくめた。
「そりゃ、キミを殺すために懐に入らないといけなかったからね」
むう、と彼はうなる。高校三年の明智は借りてきたネコみたいだったのに、あれから数年が経った明智は鬼嫁みたいに手厳しい。
大きな図体で拗ねていればふとインターフォンが鳴って、明智は彼の両手を剥がしてさっさとリビングに行ってしまった。抱きしめる質量を失って彼はだらりとシーツにもたれこむ。
仕方がないからせめて甘い残り香をすんすんと嗅いでいると、寝室に戻ってきた明智は小さな段ボールを手にしていた。
「ねえ、なにこれ? キミ宛になってるけど」
心当たりにああ、と彼はうなずいた。
「冬のボーナスで買った」
「……ルブランてボーナスとかあるんだ」
「開けていいよ」
明智はベッドのふちに座って、言われるまま梱包を剥がしてそれを開けた。アーモンド色のまるい目が見ひらかれる。
「……これ、」
「欲しがってただろ。この前出かけたとき」
中身はブランドの革靴だ。足のサイズは知っていたからネットで買った。明智は驚いた顔でまじまじと濃茶の靴をながめて、それからふと、彼の頭をくしゃりと手でつかむ。
「おい、出かける支度しろ」
「?」
「朝、食べに行こうっつってんだよ」
彼が作った料理が好きだし朝から出かけるのは面倒だから、明智がこんな風に言うのはめずらしかった。
いつもと違って恋人から誘われ、彼はようやくシャキッと起き出して身支度する。厚手の黒いセーターにジーンズ、足下まであるグレーの長いコートをはおって差し色に明るいオレンジのマフラーを巻き、寝癖をワックスで撫でつけいつもの習慣で眼鏡をかけた。
ベージュのカーディガンに上品なキャメルのコートをはおった明智は新しい革靴に足をとおして玄関で待っていて、おまたせと一緒に家を出る。
オートロックを後にすると、乾いた冬の風がするりと頬を撫ぜた。空気は冷たいが空は青く澄んでいて、すこし遠くへ出かけてもいいような日和だ。
「ここ、前から気になってたんだ」
住宅街をゆく明智の黒い手袋がスマホを彼に見せた。横文字の名前の洒落たカフェが映っている。地下鉄で二、三駅行ったあたりのようだ。
彼はうんとうなずいた。人付き合いの少ない明智が声をかける相手は必然と彼になる。どこかに行きたいと思ったとき一番に自分が誘われるのが嬉しいから、きっと何本電車を乗り継いだカフェでも彼はやっぱりおんなじ返事をするだろう。
人の少ない電車に乗って目的地に着くと午前中はまだ席が空いていて、二人は温かいものを頼んで店の前のテラス席に掛けた。
「クロックムッシュはフランス語なんだよ」
わかりづらいからホットサンドでいいじゃないかという彼に明智がさらりと言った。馬鹿にするような視線を頬骨に感じながら、彼はホットサンドにかじりつく。濃厚なチェダーチーズと上等なベーコンがおいしかった。香ばしいパンはまだ熱くてはふはふ息を吐きながら空きっ腹に頬張る。
明智はとなりで優雅にフレンチトーストを切っていた。ナイフを引く所作ひとつとってもきれいな男だ。育ちを隠すためか明智は食べ方が上品でいつ見ても絵になった。
白い頬がパンを噛むのを彼がじっと見つめていると、明智は右手のフォークを彼にかるく向けた。
「冷めるよ」
「……あぁ、」
彼は思い出したように食事にもどって、明智はコートの肩をすくめた。
「キミ、しょっちゅう見惚れてるよね。見すぎなんだけど」
「穴があいたら困るな。ときどきにする」
明智は面白いともつまらないともつかぬ顔でうなずいて、それからねえ、と顔を上げる。
「ねえ、今日はさ、気分がいいから一日だけ探偵王子になってやるよ」
「へ?」
彼はマヌケにぽかんと口を開けた。アホ、と視線で言われてあわあわ閉じる。明智はゆったりとコーヒーのカップをかたむけた。
「『昔はかわいかった』んだろ?」
「……今も、かわいいけど」
でも見られるなら嬉しいと彼が言えば、あたたかな息を吐いた明智はふと笑った。
「いいよ。そんなに言うなら一日だけ、探偵王子にもどってお前とデートしてやる」
それから明智は自分で言ったとおり、まるで彼と出会ったころみたいな話し方をした。
「それ、おいしいの? ひとくちおくれよ、……ん、おいしいね!」
「この近くに区営の大きな公園があるんだって。よかったら一緒にどう? ……ホント? うれしいな……!」
「ごめん、さっきから僕ばっかり喋ってるね、楽しくてつい」
公園の入口に着くころにはもう、彼はほとんど爆発しそうになっていた。
(ダメだ、あまりにかわいすぎる)
普段の明智はたしかにかわいい。すぐ不機嫌になるし、しょっちゅう殴ったり蹴ったりするけれど彼のことが好きだと表情や仕草で示してくるし、不器用な愛情の伝え方がいじらしくて何年経っても飽きない恋人だ。
でも今日のそれはまたまったく違う。殺人的なかわいさだ。かわいいの暴力なのだ。
胸いっぱいの彼がおもわず言葉に詰まると困ったような恥ずかしげな瞳で見つめてくるし、指先が触れればごめんとあやまってあわてて身を引いてくる。くわえて苗字にくん付けで呼び、まるで初めてのデートみたいな雰囲気をかもしてトドメを刺しにくるのだ。
彼は倒れそうになりながら拳に爪を立ててなんとか自我を保った。ヘタに人に見られたらうっかり心を奪ってしまうかもと心配になって、広い公園でときどきすれ違う誰かから明智を隠すようにしてギクシャクと歩く。落ち葉がひゅるりと風に舞って、彼は明智をかばうようにして手を広げた。
木漏れ日がちらちらと揺れる小路をゆきながら、寒いねと明智がつぶやいた。ちらりと見やればたしかに鼻先が寒さでほんのり染まっている。
彼はハッとして、ジーンズで自分の手をゴシゴシと拭いて明智の手をとった。この場面の「寒いね」は手をつないでほしいという意味なのだ。
けれど明智はやわやわと首を振る。日に透ける明るい茶髪をサラサラ揺らして、明智は上目遣いに彼をみた。
「ねぇ、……恥ずかしいよ」
彼は今すぐ抱きしめて犬みたいにワシャワシャしたい気持ちをぐっとこらえる。かわりにぎゅうっと明智の手袋を握りなおした。ここで手を離すのは素人のやりがちな間違いである。
「このままがいい、誰も見てない」
こう言うと無理やりつなぎたがる彼に明智が仕方なく付き合ってやってる構図になるからこれが模範解答である。付き合いたてによくわからず手を離してしまったら静かに拗ねられた。明智の正解はものすごくめんどくさい。
でもその顔色を見ながら正しい答えを探すのが彼は好きだ。彼の行動が期待に沿っていると明智はちょっとだけ嬉しそうな目をして、それで、よろこびを隠そうとせきばらいしたり顔をそらしたりする。
コホンという照れ隠しに彼は笑った。つないだ手をゆるく振って、芝生のあいだに置かれた飛び石のレンガを軽やかにスニーカーで跳ねる。冬鳥が高く鳴いている。
小川の横には白と黄色があざやかなスイセンが咲いて水面を見つめ、その横には椿のまるい木がならんで赤い花弁が華やかだ。頭上に見える淡い黄色のつぼみはロウバイというそうで、なんともすがすがしい香りがした。
博識な明智は花でも鳥でもよく名前を知っていて、甘い声が歌うようにその名を告げると見たことのなかった花でさえ彼は好きになった。
「すごいな、物知りだ」
「クイズ番組なんかも対応できるよう幅広く勉強してたからね。まぁ、もう意味のない知識だけど」
「そんなことない。カッコいい」
自分の知らない物事を知っている明智は一歳違いの年の差以上に大人びて見えた。彼が熱っぽくそう言えば今日の明智は拗ねもせずふふ、と笑ってみせる。
「そうかな? キミに褒められるとなんだかくすぐったいや」
今すぐこの場で襲いかかりそうになる衝動をなんとか彼はおさえた。木々の向こうでは散歩に連れ出された犬が駆け、そのさらに奥には子ども連れの姿がある。
目の前がクラクラするような思いに眼鏡のツルを上げ直していると、寄り添った明智は楽しげに言った。
「こういう公園、近くにあったらいいよね。ランニングによさそう」
「今度、自転車で来ようか」
「いいね。負けないよ? ……ふふっ」
気候のいい季節はよく明智とクロスバイクに乗った。もうすこしすると桜が見事に咲くというからその時期に来てもいいなと思いながら歩いていれば、レンガ造りの広い通りにカフェトラックが来ているのが目に留まる。
「なにか飲む?」
彼がたずねれば明智はうーんと唇に手を当てた。冬でもしっとりした桃色の唇を彼がじっと見つめていると、視線に満足した明智はふと笑ってそうだねとうなずく。
彼は二人分の飲み物を買って、ややあって紙コップを両手に受けとった。自分のコーヒーを右手に持ち、左手のカフェモカを明智にわたす。
「あつッ!」
明智は肩を跳ねさせて、彼は明智の手からまた紙コップを受けとった。コートの肘にときどきはさんだり手に持ち替えたりしてぬるくなるまで待つのは休日の彼の大事な仕事だ。
近くの梅園が見頃だとキッチンカーの主人に聞いたので梅の見える木のベンチに座って、ようやくかたわらに紙コップを置く。明智はちらりと彼をのぞきこんだ。
「ごめんね、熱かったでしょ」
「!」
いつになく殊勝な表情が思いがけず刺さって一瞬言葉が出なかった。彼はあわてて上半身をうしろに引く。
「……ッだ、大丈夫」
明智はきょとんとしていたがやがて彼の態度の理由に気がついたようで、ニコ、と愛想よくほほえんでみせる。
「休みの日に君とのんびり出かけられるなんて、嬉しいな」
「っそ、そうか、」
「うん、やっぱり君と話すのが一番楽しいよ。君、無口に見えて意外と喋るしね。興味深い意見も多いし……僕もつい話し込んじゃう」
「〜〜ッッッ!!!! あっ、ぁけち、た、頼む、」
「?」
「その、っか、かわいくて……おかしくなりそうだから……」
彼はほとんど泣きそうになりながら懇願した。このままではかわいさの洪水で溺れて死んでしまう。すこし手かげんしてくれと目線で訴えてみせるのに、パチリとまばたきした明智はやはり彼の反応に味をしめて言うのだ。
「ほんと……? 心配だな、熱、はかってあげようか?」
おでこにおでこをくっつけられ、彼は一瞬気を失っていた。明智にツンツンとほっぺたをつつかれようやくハッとする。
彼はブルブルと首を振った。いつか向けられた銃なんかより、明智のすべらかなひたいのほうがよっぽど凶悪だと思った。
ぬるいというよりすこし冷たくなったくらいのコーヒーをすすっていくらか気が落ち着き、彼は眼前の梅の木を見上げた。木によって色味がちがって白や赤、ピンクの花びらのグラデーションがきれいだ。
「梅って、明智みたいだな」
「え?」
「桜よりねじ曲がってひねくれてる」
右に左に曲がりくねった幹をしみじみ見つめて彼が言えば、明智はニコニコしたまま真新しい革靴でスニーカーのつま先を踏んだ。
「ぅ…ッ、き、今日は一日、探偵王子だって……!」
「ごめん、足がすべったみたい」
彼はコーヒーと一緒になんとか文句を飲みこんだ。白い息を吐きながらつぶやく。
「……それに、遠くで見るときれいなのに、近づいてみると思ったより小さくて丸くてかわいいだろ。それも明智っぽいなと思って」
明智はカフェモカを飲みながらすこし考えてみせて、今度はとがめないことに決めたらしい。彼はにこやかに続けた。
「あと、いい匂いがするのも一緒だ」
明智の革靴はまたすべった。前のめりになる彼の横で、新しい革靴はよくすべるのだとすました明智はうそぶいた。
大きな公園の反対側に出るとそこにはぽっかりと池が広がっていて、午後の日差しをキラキラ反射して水面がきらめいていた。眼鏡の内側の目をほそめ、彼は明智の横顔にたずねる。
「……乗りたいのか?」
「えっ」
桟橋の脇に停められたボートを見つめていた明智はハッと顔を上げた。
「うーん……でも、さすがに寒そうだよね」
ここで引くのはもちろん不正解だ。彼は小舟を指でさす。
「ちょっとだけ乗ろうか」
めずらし物好きの明智はパッと目をかがやかせて、大正解の顔をした。
片側の椅子に座った彼は両手に木のオールを持ってゆるやかに舟をこぎ、向かいにちょこんと腰掛けた明智はパンくずをちぎって鯉にやった。パチャパチャと水を跳ねさせ魚の大きな口がそれをパクリとやる。ときどき顔に当たる水しぶきに明智はきゃらきゃらと笑って、それを見るたび彼はきゅんと胸を痛めた。
寒いのでさすがに他のボートはなかったが、橋や岸辺に当たらないよう気をつけてゆるやかに水上を後ろへすすむ。
「なんだか慣れてるね」
空になった手をたたきながら明智が言った。
「女の子でも乗せたことあるの?」
うかがうような視線に彼はつかのま言葉に詰まった。明智はこうしてときどき昔の女の影を気にする。大学生になって口説き落とした明智と付き合い始めてから他の女に興味を持ったことはないが、中高の頃は同級生と出かけたことがまったくないというわけでもない。
どう言えば機嫌を損ねずに済むだろうと考えているうち時間切れで不正解になってしまったらしく、明智はそっぽを向いてしまった。
「明智、いや、あの、」
「……ねえ、僕も漕いでみたい。貸して」
君より上手に漕いでみせるからと言って、明智は不意に立ち上がった。彼はワッと声を上げる。
頼りない小舟は急な体重の移動にゆらりと揺らぎ、バランスを崩した明智を受け止めて彼は船底に尻もちをついた。膝の上に明智がもたれこむ。水面は激しくバチャバチャと跳ねて、それからゆっくり静かになった。
静寂のもどった舟の上で、くつくつと小さな音がする。それはやがてケラケラした響きになって、さっきまで拗ねていた明智はもう笑って彼の肩に小さな頭をのせていた。彼はやわらかに目をほそめる。季節の花よりも鳥よりもずっと、この男をきれいだと思った。
「はーーーーー、疲れた! やっぱりいい子ぶりっこって疲れるよね、こんなの一日で十分だよ」
リビングに踏み入れマフラーをはずしながら、明智はやれやれとぼやいた。凝った肩をほぐすように首を回している。
さっきまでの探偵王子から素の顔にもどった明智の背中を彼はドキドキしながら後ろから抱く。気だるげな視線が振り返った。
「? なに? 上着、脱ぎたいんだけど」
「……まだ、一日終わってないだろ」
「えっ」
明智は戸惑った声を上げた。彼はぐり、とジーンズを押し当てる。
「! ちょ、ちょっと、冗談でしょ……?」
「冗談じゃない、……ずっと、『今日の明智』にこうしたかった」
初々しい呼び方も寒さに染まる頬も、出会ったころみたいな話し方もいちいち彼を煽っては高ぶらせた。じっと見つめると恥ずかしいよと弱々しく首を振るさまなど、まるで誘っているようにしか見えなかった。
さんざんあてられておあずけを食らったのだ。もう待ちきれないと肩をつかんで寝室に連れようとすると、明智はジタバタ暴れるのでお姫さま抱っこをして有無を言わせずベッドに運ぶ。
興奮気味にコートの襟に手をかけると、明智はギャンギャンと吠えかかった。
「ちょ、ちょっと、やだよ、僕もうやだからね!? アレで抱かれるなんて、絶対無理……!」
「一日は一日だろ。……途中で投げ出すのか?」
彼が煽れば明智はギッと唇を噛んだ。負けん気の強いひとみが迷いに揺れている。彼は明智の白い首に鼻先をよせながら、かるく笑ってささやいた。
「べつに、明智の負けでもいいならもうやめてもいいけど」
「……!!!!」
負けず嫌いの明智はこれでもう引き下がれなくなった。待てを解かれたのを察して彼は手早く明智を脱がせ、明智は悔しさと羞恥に震えている。
「ねっ、ねぇ、ぼ、ぼく、恥ずかしいよ、……ゆ、ゆっくりして……?」
明智は往生際わるく粘ろうとしたが、無理、待てないと一蹴して下着を引き抜く。短くヒッと悲鳴を漏らして、明智はべそをかいた。
探偵王子はいつものふてぶてしい明智とは別人のようにうぶで、自分の言葉にすら恥じらって感じていた。
気持ちいいかと聞かれればうなずくほかなく、殺すぞと顔に書いた明智は気持ちいいと泣いて叫ぶ。時計の針が明日に回った瞬間殺されてもいいから今だけ高校三年の明智を彼は抱いた。たどたどしく苗字を呼ばれるたび、否が応でも気分は盛り上がった。
真っ赤な顔を見下ろしてどうしてほしいかたずねると、明智はぶんぶんと首を振る。
「い、ぃえないよ、そんなこと……!」
「……だめ。言って。明智の口からききたい」
「うっ、うぅ〜〜っ……!!」
明智はぐずぐずとぐずって彼にすがった。消え入りそうな声が言う。
「……き、キス……いっぱいして……」
「……!!」
彼は一日分の鬱憤をいたいけな体にぶつけて明智にめちゃくちゃをした。どこがいいとかどうしてほしいとか何度も言わされた明智は息も絶え絶えだ。それでも健気に王子を演じるさまがいじらしい。
すっかり満足した彼が泣き疲れた目もとにキスをすると、もう二度とやらないからなと死にそうな声が言った。彼はしょぼんと肩を落とす。
「……ダメ? こんなにかわいいのに?」
「! ダメ! ダメダメダメダメ絶対ダメ!」
「…………」
「オイ、その目やめろ殺すぞ」
「……………………」
「ッ……くそッ……!!」
彼は笑って明智に抱きついた。いつかきっとまたあの王子に会えるだろう。でも素直じゃないいつもの明智も、やっぱりたまらなく愛おしかった。