#M018 決めすぎより「一抹の野暮ったさ」が いまどきジャケット成功のこつ
西 ゆり子(以下、西):
自分の中で「今日はジャケットの気分」という日があるんです。あれは何なんでしょう。
河毛俊作(以下、河毛):
それはありますね。ジャケットの気分かどうか。男の場合、もうひとつ分かれ道があって、タイを締めるか締めないか。
西:
襟を正す気持ちよさみたいなことかしら。
河毛:
ただ、ジャケットを着てタイを締めた時の気分の高揚は、昔ほど感じなくなった。それは歳を取ったからかもしれない。体力的にキツくなったということかも。
西:
この年齢になると快適が一番ですから。今日、私はたまたまタイを締めてきましたが、ボタンダウンシャツに合わせてもう少し手直ししようか考えたけど、タイが一度でうまく決まらないのは、気持ちが萎える。こらえ性がなくなりました。
河毛:
歳をとると手数(てかず)が多いのが、どうもね。
西:
そうなんです!
河毛:
この季節、ちょっと食事に出たりする時には、タートルネックにジャケットという格好が増えますね。シャツだとタイとかいろいろ考えどころがあるけど、黒のタートル1枚着ておけば、それでOK、というところがあるじゃないですか。
西:
心地よくて、さまになる。
河毛:
でも、セレクトショップのスタッフは、続けてそのコーディネートだと「さぼるな」と上司から叱られるらしいです。
西:
なるほど。でもなんとなくしゅっとしてフランスっぽいし……と感じるのは私たち世代だから?
河毛:
コーデュロイの少しくたっとよれたジャケットにタートルなんか、いかにもフランス風ですが、最近若い人たちにもけっこう見かけます。ちょっと野暮ったいテイストが今は人気ですよね。
西:
オンタイムで着ていた私たちは、好きだけど「今着るのは無理だろう」と思うけど、若い方たちは新鮮に感じて継承していくのね。
河毛:
コーデュロイとかツィードとか、西さんのお母さんが編んでおられたというミックス糸のセーターとか、少し前まで野暮ったいとされていたものに、今の若い人たちは温かみや人間味を感じ取っているみたいで。ある意味、シャカシャカ系や蛍光色バンザイのストリートカルチャーに疲れたのかもしれませんね。
西:
確かに。コロナもひと段落して、やっとコミュニケーションが取れるようになったのもあって、そんなに目立たなくてもよくて、やさしい感じがいいかなって。私も洋服を選んでいてそう思いますね。今まで「西さんは派手ですよね」と言われることが多かったけど、最近ワントーンも落ち着いてなかなか良い、と。河毛さん言うところの「手かず」が少なくて、自分が自然に違和感なくいられる服を着て過ごしたいなと思う。
河毛:
最近はカーディガンに近いジャケットとかコートに近いジャケットとか、幅が広がりました。襟のないメンズジャケットも普通にあるし。それもジェンダーレスの大きな流れの結果じゃないかと思います。
西:
みんな、ジャケットを着たからといって急に「気をつけ!」するのが嫌なのかな? 十年くらい前のサンローランみたいに細身でエレガントな感じよりはアンコンストラクテッドでカーディガンのように気楽に着ている感じの方が素敵に見えるということかしら。
河毛:
少なくとも今の時代、信頼感につながるかも。あまりにも決め決めのスーツを着たやつは信頼できないじゃないですか。騙されそうだ(笑)。
西:
ホントホント(笑)。だから、今は、決めすぎない、肩ひじ張らない、力まずに生きていきたい人たちの時代なんでしょうね。
河毛:
それは悪いことじゃないと思う。
西:
私もそう思う。
河毛:
ただ、70歳の俺と一緒でいいのかお前ら、とは思うけど(笑)。
西:
そうね。だから、「70歳の俺」が何か言っといてくれないと、方向性がわかんなくなっちゃうと思うの。行く方向は〝ゆったり″だけでいいのか。
河毛:
正直言えば、IT系の若者たちが判で捺したようにソフトな感じのジャケパンにニューバランスかナイキを履いて、髪はソフトモヒカンみたいな……あれは一種の放棄だと思う。ネクタイに堅苦しさを感じるなら、柔らかい素材、たとえばニットやウール、カシミアのタイなんかを取り入れるのもいい。柔らかいタイを一本二本持つと、世界が広がるから。
西:
前にアルマーニがウールのタイを出したわけ。グレーや茶みたいな自然色で、それを見た時はじじくさい!と思ってしまった。だってメンズの服の中ではネクタイだけが派手な要素だから、目立たないといけないって思ってたけど。トランプの赤ネクタイとまではいかなくても。
河毛:
俺は真逆かもしれない。
西:
どちらかといえばアルマーニ的考え方?
河毛:
そうですね。ただ、IVY系の場合は例外もあります。結構派手なレジメンだったりしますから。まあ、自分の場合紺ブレにタイ締めて軍パンだったりしますが。ジャケットの色柄も、今ならもうちょっと考えてもいいかもしれない。これまでファッション業界の人も含めて紺か黒至上主義でしたから。確かにまっとうでカッコよく見えるけど、ツィードなんかで遊ぶ表現をしてこなかったから。
西:
だから、若いうちに色々袖を通して経験して、最低限のことは知っていて欲しいですね。
河毛:
オーソドックスなジャケットを選ぶときは、一番考えるべきはその時にふさわしいサイズ感ですね。ウエスト回り、肩、腕の動き方がアップデートされているか。2000年代に入ってから長い間、タイトなサイズ感が主流だったけど、今は急に若い人がオーバーサイズになったので中年以上の人は困ってる。
西:
確かに、急にオーバーサイズにするのも難しい。
河毛:
そのせいか、おっさんのパンツのシルエットが細すぎるのが気になることがあります。車引きみたいな、よく入ったな、という人もいる。だから、アップデートするならいっそスーツごと新調する方がやさしいかもしれませんね。
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ジャケット:ナイジェル・ケーボン(Nigel Cabourn)
パンツ:visvim
マフラー:MARCEL LASSANCE(マルセル・ラサンス)
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