218) 2月のカベタマ文庫のテーマは ”真実”
2月のカベタマ文庫のテーマは
”真実”
◯『少量でおいしいフランス菓子のためのルセットゥ』
第1巻 基礎編―小さなレストラン、喫茶店、家庭で作る 弓田亨の嘘と迷信のないフランス菓子
◯写真集『あの海に見える岩に、弓を射よ』苅部太郎(Troublemakers Publishing)
◯『二番目の悪者』 林 木林/作 庄野ナホコ/絵
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二十歳の時に先輩に進められたレシピ本
”少量でおいしいフランス菓子のためのルセットゥ”で
ジェノワーズを焼いたとき
自分がこんなに美味しいお菓子を作れるなんてと衝撃をうけた。
東京に出てきて50件以上食べ歩いても
イル・プルー・シュル・ラ・セーヌより美味しいお菓子屋さんには
出会えなかった。
ここで働いた7年間のことは、私にとって、とても一言では話せない。
辞めたいと思う度、社長がつくるお菓子のとんでもない美味しさの前に
いつも心はひれ伏せるしかなかった。
弓田亨が作った”暖かく身を寄せ合うマンゴーとチーズ”という菓子を食べ
その絶対的な美味さに、
”本当に美味しい菓子を作るそれ以外のこと”は
全てが些末でどうでもよいことなのだと心の底から感じてしまう自分がいた。
会社を離れ、少しずつリハビリをし、ずっと疎かにしてきた”それ以外のこと”をした。
自分の人生を取り戻し、パートナーに出会い、たくさん重なった偶然の運命に導かれて
この素晴らしい手作りのお店に出会うことができた。
もともとここでお店をしていた大家さんが
使えるものがあったら使ってねと譲ってくれた
調理器具や本などを整理しにきたその日。
棚の上にあった本を引っ張りおろした私の手には
”少量でおいしいフランス菓子のためのルセットゥ”があったのだ。
(逃げられない)とゾッとするのと同時に、
(ここに私は導かれて来たのだ)と思った。
とてつもない遠回りをして、私はなんとか正しい場所にたどり着くことができた。
この場所でお店をして、我々にしかできない”真実”をつくり、
人々に、みなに出会うのだ。
11月6日に弓田がこの世界からいなくなった。
「ひとつの時代が終わったね」と
何人かの方が言っていた。
しかし“何ひとつ終わっていないのだ”と私は思う。
わたしたちの作る菓子ひとつひとつの中に、弓田の意志が引き継がれ
セーヌ川に降る雨のように
たくさんの、たくさんの人々の心に染み渡り広がっていく。
菓子作りの厳しさと喜びと
本当の美味しさとそこに含まれる大いなる喜怒哀楽が、愛が
あなたが人生をかけて取り組んできた事柄が降らす雨が今日、明日、未来へ
降り続き、
たくさんの私たちの心の大地を潤してくれます、これから先も。
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