「せつなあのね」:/ 2期後劇場版 / 心が読めるくせに肝心なところに気が付かない男
来客を知らせるブザーが鳴ったのは、ちょうどシャワーを浴び終えて浴室を出たタイミングだった。
「髪、乾かしていい?」
部屋に入ってきた刹那にそう言うと、彼は無表情のまま、こっくりとうなずいた。バスルームで前よりも短くなった髪を手早く乾かしながら、私はちらりと鏡を盗み見る。部屋の中で制服のジャケットと黒いブーツを脱いで、適当にベッドサイドに放り投げている彼が映っていた。
「おまたせ」
部屋に戻ると、彼の腕が伸びてくる。腰を抱かれ、引き寄せられて、そのままキスされる。弁明をしておくけれど、これらは決して強引な仕草ではない。刹那が無性に『そういうこと』がしたくなっているのと同じように、私だって今日は体が疼いていた。そしてそれは、昼間ブリーフィングの最中に彼と目が合ったときに、おそらく簡単に見透かされていた。
ついばむような優しい口付けが、次第に深く甘いものに変わっていく。キスをしながら、急いた手つきで着ていたものを脱がされる。私も彼の黒いインナーに手をかけて、たくしあげて、その張りのある褐色の肌に触れる。あっという間に二人とも裸になって、ベッドの脇には脱ぎ散らかした衣類が散乱する。
「はぁ…、あ…」
ベッドに押し倒される。耳に、首筋に、胸に、唾液で濡れた彼の唇が押し当てられる。刹那は結構胸を触るのが好きだ、と思う。舐めるのも、揉むのも、たっぷり執拗に時間をかける。一度それとなく聞いてみたら、フェルトは好きだろう、みたいな返事が返ってきた。正直、しゃくぜんとしない返事。そんなことはない、と言ってくれた方がまだ面白みがあったのに。
「…ん…あっ…、あ…」
ぴちゃぴちゃと音を立てて胸を舐められたり、吸われたり甘噛みされたりする感触に、腰のあたりがじんじんと熱くなる。もう耐えられない、と彼の肩に触れる前に、迷いなく彼の右手が私の両足の間に伸びてきた。太ももの付け根を愛撫され、濡れた入り口を彼の指がかすめる。
「ひぁっ……」
刹那は何も言わず、目を細めるだけだ。もうこんなに濡れていることが、私は恥ずかしいのに、刹那はそのことについてなんとも思っていない。きっと触らなくても分かっているからなんだろう。
舌先で乳首を愛撫されながら、彼の長い指がゆっくりと中に入ってくる。私の好きなところを彼は知っていて、決まった道を辿るように、いつも同じようにしてくれる。敏感な浅い部分を擦るように何度も行き来して、ときどき最奥を、自分のものよりも質量のある中指が柔く叩く。あまりに気持ちよくて、すぐにイってしまいそうになるけれど、先に絶頂に達してしまうと私がへとへとになってしまうから、そのあたりは彼も自制している。ちょっとずるい。いや、ちょっとどころか、かなりずるい。
見下ろすと、彼の立ち上がったものが見えて、触ってあげたいな、と私は考える。刹那とこういうことをするようになってから、私だっていろいろと勉強をした。男の人は舐めてあげるとすごく喜ぶ、というのもインターネットの記事で読んで知っているから、できればやってあげたいと思っているのだけど、刹那はいつも頑なにそれを拒む。はっきりとノーを言うということは、彼自身のポリシーに反している、ということなのだろう。刹那のそういう自律心を動かすことはたいてい簡単ではないので、いつもそれ以上言うことができない。
刹那が腕を伸ばし、迷わず頭上の棚を開ける。前と場所を変えていたはずなのに。その手には新しいコンドームの箱が掴まれている。
ベッドの上で膝立ちになった彼が、アルミの封を破り、手慣れた仕草でそれを硬くそそり立った性器に取り付けるのを、私は静かに見守っている。
「……だめだ」
私はただ眺めていただけなのに、そんなふうに釘を刺してくる。
「なにも、言ってない」
「……」
「……こころ、読まないで」
本当はそんなものつけてほしくない、なんて考えていることを。
再び彼が覆い被さってくる。あやすようにキスをされて、入り口に彼のものが当てられる、待ちわびた感触。一瞬だけ鼻先をかすめる、彼の髪の甘い匂い。
「…ん…っ…あ……」
刹那が中に入ってくる。硬くて大きい存在に、自分が自分である、という当たり前の感覚が、どこか端の方に押しやられていくのを感じる。刹那が息を漏らす。中に入ったものが質量と硬さを増す。少しだけ垣間見える快感の証が、私は嬉しい。
「大丈夫か?」
私は小さくうなずく。気持ちいい、と涙ながらに伝えると、優しく髪を撫でてくれる。今日は明かりをつけたままにしているから、繋がっている部分がよく見える。その繋がりが、私がこの世界に一人ではないことを教えてくれる。
もちろん、彼だって一人ではない。
ゆっくりと動き出す。初めは慣らすように中をかき混ぜる。馴染んできたら、中を丹念に擦るように、抜き差し。決まった律動がもたらす快感の波が、私に襲いかかってくる。
「あっ…!あっ、ん…っ…せつな、あっ…!」
たっぷり濡れた結合部から、ぬちゅぬちゅといやらしい水音が絶え間なく響く。先ほど指で焦らされたこともあって、快楽はあっという間に山場を迎えて、私はすぐにオーガズムを迎えてしまった。腰を浮かせ、刹那のものを自分の気持ちいいところに押し当てて、ぎゅうっと彼の腕を掴む。
荒い呼吸のまま絶頂の余韻に浸っていると、彼が私を促した。四つん這いになれと言う。
言われた通りにするが、正直慣れない体位で、恥ずかしい。
「…後ろから、するの…?」
「してほしいんだろう」
有無を言わせないその言い方に、顔がかっと熱くなった。別にそんなことを考えていたわけじゃない。つまり、自分でも思ってもみなかった心理を見透かされていたということか。
枕に顔を埋めて、彼にお尻を突き出すような格好になる。何も分からない状態はただでさえ不安なのに、そこに刹那のものを押し当てられ、ぐっと腰を引き寄せられたと思ったら、再び硬くて熱いものが入り込んでくる。
「は…ぅ……」
「……狭い、な」
刹那はそう言って姿勢を整えて、両手で私のお尻をつかんだ。彼の親指が結合部を押し広げるので、私はますます顔が熱くなる。刹那からは、繋がっている部分が丸わかりだろう。
刹那の腰が打ち付けられる。今度はさっきよりも激しい動きだ。ぬちぬちという規則正しい音とともに、休む間もなく快楽の波が迫ってくる。
「はぁ……ん、これっ……!あっ…!」
正常位と角度が違うせいか、いつもよりも奥をダイレクトに突かれている。思わず口から声が漏れ出た。肌と肌がぶつかりあう小気味良い音と、ベッドが軋むギシギシという音が響く。
「せつ、な……あっ…深いよぉ…っ…」
「っ…もっと突いてほしい、のか?」
そんな声と共に、さらに激しく責め立てられて、膝がガクガクと震えた。
「ちがっ…あっ……あっあっ!」
いつのまにか後ろ手首を掴まれて、彼に拘束されているような格好になる。上体が海老反りになって、後ろから手荒に胸を掴まれる。激しく突かれながら、背後の刹那の呼吸が荒くなっていくのを感じる。
「あっ……! また、きちゃ…うっ…!」
刹那も夢中になって、何度も奥まった狭い場所に先端を擦り付けてくる。きっとその位置がお気に召したのだろう。彼の昂りに合わせて、私は二度目の絶頂を迎え、中はきゅうっと伸縮しながらさらに狭くなった。
「…っあ、…フェルト…!」
彼が突然動きを止めて性器を引き抜いた。あと少しで出してしまうところだったのかもしれない。
私は乱れた呼吸のまま、こっちがいい、と彼に懇願する。刹那に向き直って、その首に腕を巻き付ける。
彼はあまり納得していない様子だったが、黙って私の要望を受け入れてくれた。足を伸ばして、互いに向き合った状態で挿入する。
「どうした?」
甘くキスを繰り返しながら、彼がそんなふうに尋ねてくる。最後まであの体勢でもよかったのではないか、と暗に伝えていた。
「……顔、見たいの」
そう言うと、彼はきょとんとした目で私を見た。内心少し呆れながら、今度は私の方から動いてしまう。密着した状態で腰をくねらせると、さっきとは違う圧迫感があって気持ちいい。彼の体に密着して、キスをしながらそんなふうにしていると、なんだか夢のような気分だ。
「ん……せつな、…」
それなのにいつの間にかベッドに下ろされて、元の正常位に戻っている。別にいいけれど、もう少しあのままがよかった、とも思わなくもない。
それでも彼の腕の中に閉じ込められて、しっかりと体を固定されて抱かれるのは、やはり何度だって悪い気分ではない。そのほうが刹那が気持ちよくて、かつ早く終わるからだと分かっていても、それでも最後のこの瞬間はいつもたまらなく心が満たされる。
「あっ…あっ…ん…、ぁ…!」
腰の動きとともに、彼の呼吸が再び荒くなる。私を見下ろす赤茶色の瞳には、いつもの泰然とした光ではなく、どこか一点に焦点を絞り込んだような、熱いものが宿っている。
力強く躍動していた彼の腰が、ある一瞬を超えて、最奥に精を放つために、私の体に打ち付けられる。
「……っ…は、…ぁ…」
最後まで出し終わると、力尽きた彼が私にのしかかってくる。さすがに全体重をかけてくるわけじゃないけれど、それでも嬉しい。
吐き出された彼の精液は薄い膜に阻まれて、私の体内に残ることはないけれど、わずかな温かさは感じられる。私は彼のうなじを撫でながら、絶対にこの感覚を忘れまいと思う。初めの頃は射精しそうになると私の中から自身を引き抜いてしまっていたような彼だから、それを考えるとこんな時間が持てること自体が、奇跡みたいなものなのだ。
「……気持ち、よかった?」
彼の汗ばんだ肌を感じながら、私はついそう耳元で囁いてしまう。
聞く必要なんてないはずなのに。
「ああ」
彼が顔を動かして、疲れ切った目を私に向けながら言う、そのひとこと欲しさに。
「よかった」
私は彼の肩に頬を寄せる。
*
目を覚ましたのは、すぐ隣にあった温もりが消えたことに気付いたからだった。
ゆっくりと瞳を開けると、薄闇の中に裸の刹那が立っているのが見えた。あちこちに散乱した衣類を拾い上げている。
彼の引き締まった体を少しずつ衣類が覆い隠していくのを、私はぼんやりとした気分のまま見守っていた。目が冴えるような青色の制服は、まるでオーダーメイドのように彼の体によく合っていて、見慣れた姿でもあるけれど、本当はもっと見ていたいと思う。裸のままの彼を。私と触れ合い、優しくし合うことを許してくれる彼を。
最後にブーツを履きこむと、刹那は私に背中を向けて、ドアのロックを解除してそのまま部屋を出て行ってしまった。残された私は、つい先ほどまで彼が体を横たえていたベッドの温もりに身を寄せる。シーツに顔を埋めると、彼の体温と肌の匂いが、まだわずかに残っている。
ぎゅっとシーツを抱きしめて、私はひとり考える。
人の心が読むことができるあなたが、私のこの気持ちに気付いているかどうかは分からない。でも、たとえ気付いていても、そうでないとしても。
刹那、あのね。
こんなにも私、あなたのことが大好き。