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たんとん占い カアラ(Karla)

母と私①

2024.02.05 11:25

いつもありがとうございます。

ユノです。

2024年も2月に入りましたね~

今年は年始からバタバタして・・・特に精神的に・・・

こういうタイミングで連絡をとりたい人とも、なかなか連絡がとれなくて

疎遠になっていくのかな~って思うこともあります。

そんな中でも繋がっていける人とは繋がるのかな~とも。

私は太陽星座・・・雑誌で書かれている星座でいうと水瓶座です。

ちょっと変わっているって言われると・・やった~!!頑張ってるやん自分って

そんな個性的なキャラクターの持ち主であります。

星占いでいうともっといろいろな面を持っているのですが・・・・

そんな水瓶座の私は今年は変化の星(天王星)が厳しい角度にあります。

これはどういう意味かというと 自分の人生が変化する。それくらいの事が起こりやすいという事です。そんな日々は誰にでも平等に訪れます。それは人それぞれ時期があります。

そうやって人生は始まり終わるんだなとそんな思いです。

さて・・ここからは

母との思い出を自分の整理の為にここに記しておきたいと思います。

占いとは関係ないので・・お時間がない方はスルーくださいね。


母は福井県大野市という雪深いところの生まれで、父親が幼い頃に亡くなっていたので

母の母。つまり祖母に女手一人で育てられ経済的には苦労したようです。

プライドが高かった祖母からはまあまあの家柄だったけど没落してしまったのよ~って話はたまに聞きました。

そんな母は同郷で大阪で働いていた父とは 父の兄弟の紹介で結婚しました。田舎から出てきた福井弁なまりが残る母は 同じく田舎から出て生きていくために必死でやんちゃな父。勢いのある父との結婚はそれは大変だったようです。

母に大阪に出てくるのは怖くなかったの?って聞いた事がありましたが、

とにかく都会にでたかったから嬉しかった。田舎は何でもすぐに噂になるから。

何をするのも人の目があるから~都会は自由があるのよって・・・

できたら ブラジルでも行きたかったのよ~て・・・時代ですね。

ブラジルで日本人が開拓した時代です。それも母には夢だった~って

よく話をしてました。

勝気な母だったので納得できました。

ワンマンな父との結婚は大変だったと思いますが、これも時代ですね。

その頃の愚痴を母はあまり言わなかったですし、誰も身寄りがいない都会で 父だけが頼りで父が全てだったのかもしれないです。その頃の苦労話はドラマのようなお話が沢山で、

私は面白可笑しくいつも 聞いていました。今も変わらないのは、母にとっての父は、父親であり、夫であり、子供でもあり、そして恋人であります。母は父に自分の夢を託した人生だったのかもしれません。

そんな母から良く言われた事は あなたは女の子だから・・って昔の考え方ですね。

そんなもんだと私も思っていたし、何の疑いもなかったです。

反抗期もなく大人になりました…私。💦

一つのエピソードとして 20代年頃の私は男女グループで遊園地に行った時、

ある素敵な男性とジェットコースターに乗りました。チャンス!!のはずが

あまりの怖さに・・お母さん~って涙声で言ってしましいました。

あえなく私の恋心は終わりました。

母はとにかく私と違い、お料理にお掃除、手先は器用で

何でもテキパキやりました。でも 正直者でありすぎて

社交性はあまり上手でなかったと思います。

もっと上手くやればいいのに~って大人になって思うことは沢山ありましたから。

心は少女のまま・・・・

でも弱音を吐けない性格だったんです。

そして 家族が生き甲斐だったんです。そこは大人になり母の元を離れようとする私と兄にはとても大変でした。

子供たちが巣立った後は二人でどこに行くにも一緒で・・・やんちゃな父をいつも見守りながら・・・夫婦漫才のような・・


続く・・・・