【後編】ふと思い出したけど、意外と深いんじゃないかって話【長文】
1時間かけて無事にバーさんを送り届けて満足し、やっと帰れるぅ!と帰宅モードに入っていた訳ですが。
「上がってき!上がってき!」
と、バーさんは自宅に上がるよう催促してきたのです。
いや、どんだけもてなせんだよバーさん。バーさんからすれば助けてもらったお礼に軽く茶でも出して、ついでに話し相手になってもらって暇潰せたらラッキーくらいに思ってるのかもしれないけど、こっちはN◯Tのエントリーシートがやべーんだよ。
この時の僕の葛藤たるや、それはもう凄いものでした。普通に無表情で立ち尽くした覚えがあります。
なにより嫌だったのが、僕が裸足だったこと。僕は裸足で人の家に上がるのが好きではありません。いや、嫌いです。なんか、汚いじゃないですか。僕の足が、ではありません。そいつの家がです。僕の足はキレイです。見知らぬバーさんの家だから汚いと思ってる訳ではなく、知人の家だとしても汚そうなので裸足では行きたくありません。銭湯とかも爪先立ちで歩きます。なんか汚そうなので。
ひとしきり考えましたが、やっぱり汚いバーさんちに裸足で上がるのは厳しかったので、断りました。
僕「すみません、せっかくなんですが他の予定もあるので帰らせていただきます」
バ「大丈夫、大丈夫。ちょっとだから上がってき」
何が大丈夫なのか。
こっちが帰りたがってんだから、素直に帰してほしい。正直に言ってやろうか。アンタの家が汚いから上がりたくないって。
バ「お礼の一つくらい、さしてくれよぉ」
こいつ、ここにきて泣き落としにかかってやがる。弱者の皮を被ったエゴイストだ。これだから嫌なんだ、ババアってのは。
バーさんがさしてくれよぉ、さしてくれよぉ、と懇願してる時、僕の中に声が響きました。
千原ジュニア「こないだね、知らないバーさんちに上がったんすよォ」
ドッカーン
人志「スベらんなー」
なんてこった。僕は初心を忘れていました。面白い経験をするためには、このくらいの痛みは必要なんだ。
ありがとう、ジュニア。
ありがとう、人志。
僕「そうですね、じゃあ、ちょっとだけ…」
こうして僕はバーさん宅に上がることになったのです。
バーさんはニマァと笑うと
「そうかい、そうかい。じゃあ、お茶がいいかい?コーヒーがいいかい?」
と言いながら僕を家に案内しました。
その時、入り口が玄関じゃなくて窓だし、鍵も開けっぱなしだったことに対して僕は何も言いませんでした。その家は唯一、バーさんにとっての何の気も遣わず過ごせる空間。いうなればバーさんの国。ここで水を差すのは無粋だと思ったのです。
色々言いたい言葉を飲み込んで、我慢に我慢を重ねて、僕はバーさんの家に窓から入りました。
家に入るやいなや、圧倒的臭さが僕を襲いました。
普通じゃない。
尋常じゃない。
公共の空間でこの臭いが発生したら異臭騒ぎで警察が来るし、夕方のニュースで事件として紹介されるレベル。イメージとしては臭いのタイプが公衆便所のそれに非常に近いものでした。
いきなりのおもてなしに面食らい、吐き気を催し、動揺を隠しきれずにいたのですが、その臭いの原因は僕の目の前に駆け寄ってきました。
「ワンッ!ワンッ!!」
犬。
この犬がくさいのです。見たら分かります。なんか毛がベトベトしてるし。あと、家のそこらじゅうにこの犬の糞尿の跡だと思われるシミがありました。
「ワン!ワン!」
文字通りクソ犬がそこにはいました。そいつは見知らぬ人間が突然バーさんの国に侵入してきたことに警戒し、ひたすら吠えていました。
「ワン!ワン!ワン!」
見上げた忠誠心です。日中、バーさんと二人きりでこの国で過ごしているだけあって、強い絆で結ばれているのでしょう。
「ワン!ワン!ワン!ワン!」
だが、クソ犬。さすが吠えすぎだ。そもそも俺は
「ワン!」
犬が
「ワン!」
好きじゃない。
「ワン!ワン!ワン!」
「ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!」
うるせええええええ!
まじで一向に鳴きやまないじゃねーか!!!バーさん。アンタの国だろ。この身勝手な猛犬を何とかしてくれ!
バ「あらあら、知らない人が来て興奮しちゃったのかな、よしよし落ち着いて」
犬「ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!」
バ「よしよし。静かにしな。」
犬「ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!ワン!」
バ「もう!静かにしろっていってんだよ!あっちいきな!」
国の主であるバーさんの怒りを買ったクソ犬は、バーさんに黄金の右足によって別の部屋にねじ込まれ、そして二度と姿を現しませんでした。彼らの間にあるのは絆ではなく、圧倒的な力の差だったようです。
1つ目の試練が去ったと同時に2つ目、3つ目の試練が襲ってきました。
バ「さ、コーヒー入れたから、ここ座んな」
僕は人んちで出された食べ物、飲み物を口にすることにかなり抵抗があります。しかも知らない人の家で出された黒々しい液体など、飲むことが出来る訳ありません。そして、バーさんが座れと指示したその場所は、おそらくクソ犬の厠と化したことがあるエリア。このまま先に進むかどうか・・・。かなりの葛藤がありましたが、ここで進まなければ家に上がった意味もないので決意して座りました。
30分。30分でこの家を出る。
そう心に決め、バーさんと昼下がりを過ごしました。正直、その時に何を話したがはよく覚えていません。とにかく、早く30分過ぎ去ってほしいということだけ祈っていたと思います。
ひたすら耐え、耐えに耐え、30分という時間を耐えきった僕は満を持してバーさんに言いました。
僕「そろそろお暇いたします。」
バ「あら。もうそんな時間かい?今日はありがとうね~。」
引き止められるかも・・・と、内心ビクビクしていた僕は胸をなでおろしました。これで帰れる。
バ「でも、お世話になったし、御礼がしたいねぇ。いくらほしいんだい?」
僕「!?」
バ「あ、でも勝手にお金あげると息子に怒られるからねぇ。住所をここに書いておくれ。」
僕「!!???」
このバーさん、最後まで楽しませてくれる。ただでさえ怖いと思ってる息子に家の住所がばれるなんて、そんな危険冒すわけがない。そもそもここで金をせびったら、ホントに詐欺事件になるじゃねーか。
僕「いえ、元々そういう目的じゃなかったので!無事におうちについてよかったですよ。これからは気を付けてくださいね。それじゃ!」
バ「そうかい。いいのかい。ここに電話番号だけでも・・・」
といって、何か語りかけてくるバーさんをしり目に、半ば強引に帰りました。家に着いたのは結局18時。だいたい3時間くらいバーさんの過ごしたことになります。この3時間で僕が得たのはクソ犬の残り香だけ。もちろん、エントリーシートは提出締切になって出せませんでした。本当に頭からお尻まで、生かした体験だったと思っています。
さて、これが大学の時に僕が経験した特別な一日の記録です。当時は、この話を如何に面白く周りのやつに話して聞かせようかとかなり考え込んだんですが、どうもしっくりくるストーリーが出来ないので、記憶の彼方に封印していました。
そして、先日この話を久々に思い出して思ったんです。今になって考えてみると、学べることがあるなーと。まぁまとめるとこんな感じです。
1.面白いことは、そこらへんに転がっていて、体験するかは自分次第
面白い体験って、ホントにそこら中にあるんですよね。それを掴むかどうかは自分次第で。当時の僕が面白いことに興味なかったら、きっとこのバーさんの家に着いていくことはなく、クソ犬に出会うこともなく、ただエントリーシートを書いてつまらない一日が終わっていたでしょう。だから、そういうチャンスを掴めるかどうかは、自分が求めているかどうかなんです、きっと。
2.面白いかどうかは語り手の腕が大事
前編後編にてお届けしたバーさんの話、読んでみてどうでしたか?無駄に長ったらしくて、多分面白いんだろうけど、ポイント抑えてなくてイマイチじゃなかったですか?僕は自分で読み返してみて、とてもそう思います。きっと、この話を千原ジュニアが体験していたら「スベらんなぁ」を人志からもらっているに違いないです。どんなに素材が良くても職人の腕がなければ、仕上がり悪いんですよね。逆に言えば、素材が多少悪くても、一流の職人なら仕上げてくる。面白さで大事なのは、語り手の腕。だから、面白い体験をしていないから、面白い話ができないんじゃなくて、自分の腕が足りないから面白い話ができないんです。
まじでしょうもない体験でしたが、今になって色々納得したので思わず長文書いてしまいました。
ふと思い出したけど、意外と深いんじゃないかって話。以上です。