母と私②『お』を付けてた・・
こんにちは~ユノです。
大人になって母親との関係で様々な心の葛藤を抱える人もいらっしゃると思います。
私は大人というか・・結婚して子供が自立しようとしている時に衝撃を受け
自分は何だったのか・・と葛藤を抱え思い悩んだ 遅い反抗期を迎えてしまった
ような・・・そんな感じの数年を過ごしました。
でも・・絡まった糸をほどく作業は大変でしたが・・・
どちらも遅くとも成長できたのではないかと思っています。
ここでは母との思い出を自分の整理の為に記しておきたいと思います。
占いとは関係ないので・・お時間がない方はスルーくださいね。
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私が幼い頃の母の印象は・・いつも早起きしてお化粧はきっちりと、
いつも動いてる人でした。
父とは貧しい結婚生活のスタートだったようですが・・・
私が物心ついたころには、ある程度落ち着き・・
お商売が軌道に乗り母は忙しい毎日だけど弱音は吐かず
何もかも器用にこなしていました。
コンビニとか便利なものがない時代
従業員のご飯やいろいろと大所帯のゴッドマザー的な存在でした。
この時まだ30代後半くらいだったと思います。
辛いからって泣いた母の顔は見たことなくって・・・
娘の私は泣き虫になったのは何故なんでしょうか・・・不思議。
母からは泣く子はキツイのよ~って当たってますが・・・
内心(今でも)キツイのはあなたよ~って‥思っています。
時代は昭和~
子供は親の言うとおりって事も多かったのと・・・
母にとってもは私は自分の分身だったかのように・・・
貧しかった自分が幼い頃にやってもらいたかった事を
私にやってくれたようです。
しつけというか・・・母の拘りなのか・・
全てに『お』を付けるのよって言われました。
福井の言葉がそうなのか・・・それが丁寧だと思っていたんでしょうね。
何でも・・お醤油、おソース・・
ある年齢までそれが普通と思っていたような。
何でも付けたらいいもんちゃうよ~って感じですが💦
何となく恥ずかしくなったのは
中学くらいからだと思います。笑
今でも無意識だとでる時もありますが・・・
それも良い思い出です。
続く・・・・