辺見庸著 『月』を読む
2024.02.22 22:22
2016年7月26日未明に神奈川県相模原市緑区で発生した津久井やまゆり園の事件から着想を得て書かれた小説。「重度障害者」のきーちゃんの空想と「虐殺犯」であるさとくんの思いが、物語の中で綴られていく。「重度障害者」のきーちゃんは、「わたしは無から生まれてきた。だから、あたしは無だ。なんのために、在るのか?なぜ、いるのか?ただひたすら、無のために、だ。無にむかって・・・・・・」と思いを述べる。
そして、最後にさとくんは、「あなた、こころ、ございませんよね?」と言って障害者らを次々に殺していく。
さとくんが胸に抱き始めるものは、まるで悪意ではない。だから手がつけられない。言葉にするなら、それはむしろ純情とか理想であって、そもそもさとくんが無駄(だと勝手に思うもの)を排除しようとする態度は、現代社会の基本的な考え方と何ら変わりはない。そのことの異常さと、異常さの中で生きる危うさについて考えさせられる。
さとくんが振りかざした包丁や鎌やナイフは、無邪気に読者へも向かっていく。そして、この暴力に対して限りなく無力な僕たちは、いとも簡単になぶり殺されるだろう。「障害者にまるで差別的な感情を持っていません」と軽率に口にできる自分の欺瞞も、同時に刺される。自分の存在そのもの、自分の曖昧な価値すらも切り裂かれる。噴き出す血には、紛れもなく自分の温もりと匂いを感じるだろう。僕は、そうだった。ただただ噴き上がる己の血を見ていた。
この本は「障害者」の思いと「虐殺犯」の心の中が、克明に描かれた優れたリアリズム小説だと言えるだろう。
皆さまも、是非、ご一読ください。
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