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十種神宝

2024.02.23 14:00

Facebook羽賀 ヒカルさん投稿記事【十種神宝】

本日は天皇誕生日。天長節。

むすび大学セミナーに少し顔出してました。色んな方がいて、楽しかったです。

ゆにわ塾では毎年テーマを取り上げて講座を行ってます。

2021年→平家と源氏

2022年→最澄と空海

2023年→聖徳太子

そして、今年は「十種神宝(とくさかんだから)」です。

十種神宝は饒速日命(ニギハヤヒ)が天孫降臨するときに地上界に降ろされたとされる神宝です。天長節にこんな事書くのもヘンなんですが、神武天皇以前に関西圏にいた王と考えてます。

十種神宝は、それぞれが何らかの働きを持った神具です。単なる祓の神具でなく、人が神と繋がるための神宝です。数年前にも十種神宝はテーマとして扱いましたが、今回は全く違った角度からお話していきます。

そして、私たち日本人のルーツを知るためにも、饒速日命と十種は重要です。

なぜ、今年、十種神宝なのか?

動画とったので興味ある方はコメント欄から。

https://www.youtube.com/watch?v=onA4PcEtUU0

Facebookいと きょうさん投稿記事  ホツマツタヱから十種神宝を紐解く

今日は舩井勝仁先生との講演会でした。

舩井先生から十種神宝を現代に活かす思考法を教えていただきました。

いくたま、ちかえしのたま、まかるかえしのたま、へつかがみ、これをどう活かすかがポイントです。ちなみに今日の講演はDVDになるそうです。

講演内容はカバラ思想(生命の樹)から量子論の世界にまで踏み込んだ極めて高度なものでしたが、とても分かりやすくお話いただきました。


Facebookいと 教さん投稿記事   ホツマツタヱ20アヤ皇孫十種得る綾

いたむこと あらは一二三四  五六七八九 十まで数えて ふるえただ ゆらゆらふるゑ

かくなせば ふるのことぞ

ここで言う皇孫とはオシホミミの皇子アスカホノアカリ・テルヒコのこと。もしテルヒコが十種神宝を使いこなしていたら、神武天皇の世には成らなかったのでは。

また後に古代ユダヤ人が渡来してから十種神宝は変容した可能性がある。


FacebookMutsmi Ikedaさん投稿記事 · 十種神宝方住相階層大結界孔雀曼荼羅✨🦚

願いを託し言霊を受け取る生玉は 神の音霊を心で感じ 神人合一する光の玉

右手に剣を持ち国家の繁栄を願う 足玉(たるたま)は 全ての願いを叶える術をもつ

国家の安泰を願い悪霊を払う神剣 八握剣(やつかのつるぎ)を翳し

太陽の分御霊とされる沖津鏡の 裏面に彫られた掟は道しるべとなる

己の我を映して自己を研鑽する 辺津鏡(へきつかがみ)を磨きながら

品々物比礼(くさぐさのもののひれ) を敷いて大切な物を魔物から守り

死反玉(まひるかえしのたま)を用いて 品々物比礼に死人や病人を置き

蘇生術を行う錬金術師達は ひとふたみよいつむななやここのたり ふるべゆらゆらとふるべ

そう唱えてこの玉を左胸に置き 手を翳してゆらゆらと回した 願いの代償として等価交換を求める 悪霊からは 道反玉(みちかえしのたま)を ヘソ一寸上に置いて

ひふみよいむなやこともちろらねしきるゆゐつわぬそをたはめくからおゑにさりてのますあせえほれけ と呪文を唱え 地から這い上がる魔物からは 8つの玉を記す蛇比礼を 下半身に巻いて身を護り

天空からの邪霊には 4つの玉を記す蜂比礼を振って 追い払い被せて魔を封じた

とくさのみづのたからをもちて ひとふたみよいつむななやここのたりやととなえつつ

ふるべゆらゆらとふるべ かくなしてはまかりしひともいきかえらむ 布瑠の神言(ふるべのかんごと)は 十種祓詞(とくさのはらい)を用いて その瑞宝を揺り動かせば 全ての願いが叶うとされている 十種神宝(とくさのかんだから)は かつてニギハヤノミコトが

高天原から降臨する際に 天津の大宮から授かった神宝で 布瑠御魂神(ふるみたまのかみ)と称し 大阪市平野区喜連六丁目にある楯原神社の神賓十種之宮に現物が祀られているそうです。

Facebook滝沢 泰平さん投稿記事

隠された"十種神宝"のエネルギーを受け取れる場所"ならまち"。

現在の奈良の基盤となった"ならまち"は、古来より陰陽師(土御門)の発祥の地であったり、古代出雲天皇祭祀の中核である"十種神宝"のエネルギーが封印されている地。

"都(くに)づくり"における重要なエネルギーを引き出す場所でもある。

これから始まる八ヶ岳ネオ縄文の国づくりにおいて、必要な(不足している)エネルギーを補うため、十種神宝を授かり、発動させる神社巡り。

しかるべき順番と作法が必要ではあるので、わかる人が同行しないと意味がないのだけど、一応主要な場所は

*漢國神社(この境内の中でも10ヶ所順番に巡る)

→十種神宝エネルギーを受け取る

*大國主命神社

→十種神宝を発動させる

*霊符神社

→十種神宝を隠した土御門発祥の地

などがある。

11.23の"新嘗祭"は、大和天皇家をはじめ、出雲も含めて最も重要な祀りであり、八ヶ岳もまた1年で1番大切な時。

これから出雲に集まりし神々も引き連れて八ヶ岳に戻り、新しい国づくりの宣言を。


滝沢Facebook滝沢 泰平さん投稿記事

また1人、この世ではお別れとなった師。七澤賢治先生。

8月29日、大変お世話になった七澤賢治先生が亡くなり、本日に葬儀に参列させて頂きました。かの船井幸雄会長が「天才、七澤賢治さん」と著者などでご紹介されていたのをきっかけに知り、とても憧れの大先生でした。

世にも珍しい言霊学の権威者であり、世界を驚かせたのは、この言霊の力をコンピュータで再現し、「QES」という言霊発生装置のようなものを作り上げた大発明家としても知られています。そして、七澤先生のもう1つの顔は「伯家神道の継承者」であります。

平安から幕末まで、長くに渡って天皇祭祀を司って来た白川家の「おみち」という、十種神宝を学ぶ秘儀を継承された数少ない1人であり、この天皇祭祀の秘儀を一般向けに学べる白川学館を再建されたことでも有名です。

ちょうど今から11年前の9月、初めて甲府にいる七澤先生のご自宅へ訪問しました。

無謀にも天皇祭祀を学びたいと。

訪問した際、ちょうど息子はお腹の中にいて、生まれる3ヶ月前でした。

「この子、名前の音だけ決まっていて、スバルというのですよ」と伝えたら、息子が先生にテレパシーを送り?突然、先生のもとに漢字が降りて来ました。

「統留(すばる)」と書に書き、そのまま七澤先生が息子の漢字の名付け親となりました。

そんなご縁もあってか、以来定期的に通わせて頂き、当時門下生はとってませんでしたが、おみちの修行まで行ってくださいました。

そして、311の直後に首都圏を飛び出した自分たちを快く迎え入れてくださり、2011年から先生のオフィスの一画に会社の事務所も構えさせて頂き、毎日一緒に食事も取りながら、様々な教えを頂いておりました。

今となっては考えられないほど贅沢で貴重な時間であり、おかげで20代後半の自分は、大きく成長出来たと思います。

ただ、2012年に入り、農業を学ぶと言って、甲府を離れ、河口湖へ移住してからは、いつの間にか疎遠になってしまい、一方で先生の周囲には大勢の人々が集まるようになり、組織も大きくなって、足を運びずらくもなりました。

今の八ヶ岳の生活、山梨の人生があるのは、七澤先生のおかげと言っても過言ではないほど、大きな人生の転機のきっかけを与えてくださった最初の師。

何度も逢いに行こうと思いながら、生きているうちにちゃんとお礼も言えなかったことは悔まれますが、生涯この感謝の想いは忘れることはありません。

まるで子供のように無邪気な一面もあれば、何事にも動じない豪快な一面もあり、本当に尊敬する大変な人格者でした。

七澤先生、どうぞ安らかにお休みください。