【連載】(タイトル未定)#8
※こちらは、超絶遅筆な管理人が、せめてイベントに参加する毎には更新しようという、
若干他力本願な長編(になる予定の)連載ページです。
状況により、過去投稿分も随時加筆修正予定。
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「危ねぇ、来るな!」
鋭い制止の声に、駆け寄ろうとしたルークの足が止まる。そのフレイの声と視線を追うように、魔物がずるりと向きを変えた。立ち尽くすルークに、這うように向かっていく。
「待ちやがれ、この……っ」
行く手を遮ろうと炎を放ちかけて、くらりと視界が回った。思わず膝をつく。自分でも気付かないうちに、ひどく息が上がっている。
手をついた砂浜に、切り裂かれた傷から溢れた血が吸い込まれていく。体力も魔力も、一緒に流れていくようだ。体に力が入らない。
それでも、止めなければ。守らなければ。彼を。
立ち上がろうと、懸命に足に力を籠め、顔を上げる。
「……っ、ルーク……!」
逃げろ、と。叫びかけたそれは、声にならなかった。その目で見ているものが、信じられなかった。
ルークは、静かに立っていた。
両手を前に広げ、まるで目の前の存在を丸ごと受け入れるかのように。
魔物の胴からヒレにようなものが伸び、ルークに向けられる。
「――――」
『――――』
言葉として、理解することはできなかった。だが、フレイの耳には間違いなく、それは会話のように聞こえたのだ。
ルークが広げていた両手を下ろす。魔物はゆっくりと向きを変え、ずるずると、海の方へ這い出した。フレイや『船』のことなど、まるで眼中にないかのように、まっすぐに。フレイはそれを、呆然と見送った。
海と同化するように、その姿が完全に波間に沈んだ。一際高い波に砂浜が洗われる。
はっと我に返ると同時に、どさりと何かが倒れる音がした。
「ルーク!」
痛む足を引きずり、フレイはルークの元へ急いだ。倒れたルークの肩を揺すり、軽く頬を叩く。
「おい、ルーク! 起きろって! ルーク!」
何度呼んでも、ルークは目を覚まさない。が、呼吸や脈拍は正常だ。流血も毒に冒された様子もないので、ただ気を失っているだけだろう。
「……おい、フレイ」
震える声に呼びかけられる。そういえば、忘れていた。もうひとり、いたのだった。
腰を抜かしたまま、一部始終を見ていた男が、疑惑に満ちた目でルークを凝視していた。
「なん、なんだよ、そいつ。まさか、まも」
「しばらくこの浜には近付くな。他の連中にも伝えとけ。いいな」
男が言い切る前に、フレイは強い口調で釘を刺す。最初に気絶させておけばよかった、などと不穏なことを考えたのが顔に出たのだろう。男は怯えたように無言で頷き、それ以上は何も言わなかった。
フレイはひとつ息を吐くと、ルークを背負ってよろよろと立ち上がった。さすがに、以前のように抱えて連れ帰るだけの力は残っていない。
背中で寝息を立てている彼が、何者なのか。
そんなことは、フレイが一番知りたい。
声が、する。
遠くで叫んでいるのか、耳元で囁いているのか、判然としない。そんな声が。
呼んでいる。――否、呼ばれている?
『ここ――――、――所――ない』
『――帰――――い』
自分が言ったのか。それとも、誰かに言われたのか。
わからない。どちらも、かもしれない。
――ク
その呼び名は好きだ。まるで、最初から自分がその名だったように、耳に馴染んでいる。
だから、聞こえる。
――ルーク!
その名を呼んでくれる、声。炎の色を映した、烈しくも穏やかな瞳。
『……待っ、て』
縋れるものは、それしかない。彼しか、いない。
『おいて、行かないで――!』
ふ、と目が覚める。目尻から、冷たいものが一粒こぼれ落ちていった。