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白状

わるいひと

2024.02.25 05:09

 14段ある階段のちょうど7段目のふちに土踏まずをかけた時に、僕の魂は食道を滑り降りていった。

 眼前に檻のように差すまばらなまつげと、少したるんだ皮膚を、遠い世界の止まった風景のように眺めた。

 前述したとおり魂は体内の奥深く、自分の体なのに知覚できないような暗いところで吹き溜まりに収まってしまっていたので、その風景に関してなんら実のある感想を持つことができなかった。

 耳殻に居残ったセミが消防車のごとく騒がしく這い回る音がする。わんわんと響きながら僕の頭を荒らしていく。どうしてそんなに暴れているのってきっとまだ生きていたいから。夏と命の死にかけ。だのに、僕の唇は生きていた。やわらかく、ぬれて。

「どして、」

 解放された息が渦巻く。

 わずかに離れた二つの切れ込みから、じとりとした黒い塊が顔を出して、空っぽだった僕を捕まえて塗りつぶした。余すことなく自分の色を失った僕の体は、彼の腕の中で体温さえ奪われていって、価値を見いだせないただの木片になってしまう。

「わるい……わるい夢を、一緒にみよう」

 いつもより掠れた彼の声は雨音と似(すぎ)ている。どうしてそんなに震えているのって、聞きたいのに僕はもう聞けない。ゆらゆら揺れる視界の端で世界中に白い線が降って、都合よくうまく見えないようにしていた。

 14段ある階段の真ん中で、誰もいないのに僕と彼だけがこうしていることはこの世の何よりも恐ろしくて、さみしくて、動けないままいつまでも目をつぶることができない。僕も。そしてきっと、彼も。