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白状

無防備

2024.02.25 05:12

 欅のテーブルの上に乗っていた妻の指が、覚えていたよりもふっくらとしていたのを発見した時に、わたしは野坂のことを思い出した。

 全身の細胞が一斉に揺らいで、その異質な振動を感じ取った妻が、そらまめの筋を剥く手を止めてわたしに視線をよこしてきた。灰色がかった丸い瞳が猫のようで、わたしは何よりも先にその目に惹かれて妻の手を取ったのだ。20年前の、今日のような世界が秋の存在に落ち着き始める時期。

 長袖が手首に擦れて少し痒い。それが今の感覚なのか、20年前の感覚なのか、蘇った時間軸が並行しているようでうまく姿勢を保つことができない。椅子に座ったままわたしは頭を抱えた。

 妻は何も言わない。窓の外でカラスが鳴く。その音は何千回も聞いてきたはずで、わたしの脳の中で幾度もすり減らされてきたものだ。いつの間にか消えなくなった目尻の皺や、白く浮きかけている爪の隙間や、強固になった足の指に生えた毛の根元に染み込んで、いる。

 反転する視界が、水の中を漂っているかのようにちらちらと揺れる。

 動かない妻と動けない私と、動いているのだか動いていないのだかわからない野坂。間違いなく二つと一つに分かれている。目の前にいる彼女はわたしの体の奥深くにある傷を知らない。種を隠し持ったわたしの体を知らない。古い箱のような空気は本当に古くなった。肌寒ささえ常のものとなるほどに。

 そうして、わたしはこの夏も、丘の上へは行けなかった。