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白状

青年広告

2024.02.25 05:31

 そろそろ来そうだな、と、社員食堂でうどんをすすっている時に思いついた。新聞を引き寄せて日付と天気予報を確認すると、やはり月の第三週、しかも雨のち曇りだ。時機的にも環境的にも条件はそろっている。来るぞ来るぞと思い、水たまりを避けながら帰宅すると、案の定ヨシハラ君がおれの家の戸に張り紙をしているところだった。

 近づいて今回の内容を眺めてみると、すでに貼られた一枚目は新車のチラシである。流行りの似非外車風の形で、いかにもヨシハラ君あたりの年代が好みそうなデザインだ。おれの年頃でもちょっと金に余分があって代わりに品が無ければ持っていそうでもある。その下にいざ貼ろうとヨシハラ君が手で押さえつけているのは、ハウスキーピングの宣伝広告だった。精いっぱいのワードアートと全年齢向けのイラストがあたたかい。しかし今おれはそれが邪魔で家に入れないでいる。そういうキーピングに使われるとは作った方も予想だにしなかっただろう。

 ヨシハラ君は二枚の紙をずれなくきっちりと貼り終え、やがてするすると糸がほどけるように座りこんだ。おれは用意していた鍵を差し込み、彼の両脇に腕を通して家の中に運び入れる。意識のない人間の体は、持っている体重以上の重さを感じさせる。人の意志とか気力には半重力作用があるのではないかとおれは思う。それから、こうして家に引きずり込んでいる場面を他人が見たら、十割おれが悪人に見られるだろうとも。だがこれは善意だ。眠っている人間を屋外に放置するわけにはいかぬという思いやりである。ヨシハラ君の鼻から漏れる無防備な寝息を応援歌に、おれは疲れた体にムチ打ってベッドへと行進するのだ。

 ヨシハラ君が夢遊の果てにおれの家に着くのにはきちんと根源がある。

 一度目の遭遇は夜の公園だった。自動販売機に立ち寄った際、その横でヨシハラ君がフェンスにチラシを貼りつけていた。カブトムシを見つけた時のように気持ちが高ぶったのをよく覚えている。見知らぬ人間なら恐かろうが、顔見知り程度ならば奇行の発見は不思議な嬉しさがあるものだ。時代劇を好み、剣道の経験のあるというヨシハラ君の作業は迷惑行為ながら形式的に美しいものがあった。揃えてまっすぐに伸びた指先が貼付するはたしか不動産の広告であった。接触したもののまともに意識が無いことに気づき、家までそっと誘導した。

 二度目はおれの家からごく近い駐車場であった。月極の文字をチラシで覆おうとしていところを御用とし、やはりその晩も家に導いて寝かせた。

 彼は学習能力がすこぶるよく、過去二回の経験が無意識化に根を張った。三度目からはまっすぐ我が家に来るので面倒がない。本当は来ないのが一番面倒がないが、正常でない人間にこちらの思惑通りに歩かせるのは難があるのでまだマシである。ヨシハラ君はおれの家で目覚めるとソレはもう平身低頭して、大名を前にした農民のごとく態度でもって翌日の食事をおごってくれるので、薄給会社員にはむしろボーナスイベントといえる。

 ヨシハラ君は名を夢人という。いつまでも夢を持ち、希望を持って生きてもらいたいという願いでつけられたのであろう。願いと名は呪いである。やや硬い印象のあるヨシハラ君の持つ名として、始めこそ不似合なように感じたが、現に彼には立派な夢がある。精一杯働いて、ゆくゆくは所帯を持ち、週末にドライブに出かけるような家庭を築きたいという。そして定年を迎え、自然のままに命を全うしたいのだという。そう話した彼はひどく照れくさそうにしていた。若者だのに珍しく堅実だとおれが言うと、ますます顔を赤くして、当時食べていたうどんどんぶりに伏せてしまった。恥ずかしく思うことなどない、たいへん誠実なことだ。家庭を持たないおれに言われても褒められた気がしないだろうが、心の底から感心している。病中をかくまうのは何も食事にありつけるからではなく、彼の人となりが良いからだ。それから寝言に名前を呼ばれるのもそれほど悪い気がしない。これまでに三度、浅い呼吸がより合わさっておれの名前を形作ったことがある。おれは名を信三という。嫁もなく裕福でもないが、よき青年をそっと見守ることがささやかな楽しみである。